第50話 夜襲
俺は遺跡の中に居て、隠し扉の仕掛けを動かしているところだった。
やがてカチリという音がすると、突然出口が閉じて地面が揺れ始めた。
しまった。
まんまと罠に掛かったようだ。
何とか逃げようとしたが、体が何か目に見えない物に押さえつけられて動かなかった。
焦ったところで誰かが俺を呼ぶ声が聞えてきた。
「ユニス、ちょっと、起きてよ」
突然目の前に現れたジゼルの顔を見て一瞬ここが何処なの分からなかったが、ジゼルの不安そうな声で危険を察知すると直ぐに聞き耳を立てた。
周囲は薄暗くまだ夜が明けていないようだが、そこに微かに床が軋む音が聞えてきた。
この暗闇の中、誰かが足音を忍ばせて歩いているのだ。
娼館に住んでいる人達がそんな事をする理由はないので、明らかに怪しい人物だと分かった。
「ねえ、ユニス、誰だと思う?」
「さあ、分からないわ」
ジゼルも、この足音を忍ばせている相手が娼館の人間ではないと分かっているようだ。
「なんだか怖いわ」
俺はジゼルの手を握り優しく摩っていると、床を踏む音は徐々に近づいて来ていた。
魔力感知で調べてみると扉の向う側に反応があった。
やって来た相手が害意を持っているのは明らかなので、ここは先手必勝だろう。
扉に向けて水弾を数発発射すると、扉には水弾が貫通した穴が開いていた。
そして扉の向う側からは、襲撃者のうめき声と何かが倒れる音が聞えた。
一瞬の静寂の後、突然扉が乱暴に開けられると襲撃者が部屋に乱入して来た。
こちらも迎え撃つ準備は出来ているので連続で水弾を打ち込んだが、襲撃者はフラムという魔法の盾を持っていてそのすべてを弾いていた。
全く厄介な盾だが、森の中でフラムを持っていた人間と戦った時に何発も受けると魔力が尽きて消滅することを既に学習しているのだ。
俺の前には複数の青色の魔法陣が現れては水弾を撃っては消えまた現れるを繰り返し、侵入してきた襲撃者達に連続して水弾を打ち込んでいた。
猛烈な勢いで水弾をぶっ放していたので、襲撃者もそれをフラムで受けざるを得ず完全に動きを止めていた。
本当は緑色魔法で一気に対消滅させてやりたかったが、威力が強すぎて館への被害が心配だった。
館を破壊したら、あのブルコがそろばん片手に大金を請求してくるのが火を見るよりも明らかなのだ。
そろそろフラムの魔力も尽きるだろうというタイミングで襲撃者が一斉に襲い掛かってきたが、水弾を受けて次々と沈んでいった。
そんな中、1人の襲撃者が仲間の体を盾にして俺の目の前まで接近すると盾に使ってきた仲間を投げつけてきた。
俺に向けて飛んで来る体を手で払うとその手を弾かれた。
その一撃は強烈で手が痺れて感覚が無くなっていた。
こちらの防御に隙が出来るとすかさずそこを突かれ脇腹に打ち込まれた。
その内臓をえぐるような一撃に息が止まると、男は俺の背後に周り羽交い絞めにしてきた。
「やはりエルフは接近戦が苦手か。このまま首をへし折られたくなかったら大人しく降参しろ。そして少しでも旦那様の損失の穴埋めに協力するのだ」
「協力?」
「ああ、こんなけしからん体をしたエルフを初めて見たぞ。お前ならお客様も大喜びで大金を出すだろう」
そう言うと後ろから保護外装の胸を掴んできた。
全くどいつもこいつも俺の事を娼婦にしたいらしい。
それに相手が女だと思って油断するのは男の性というやつか。
「断る」
俺はそう言うと、態と後ろに倒れながら常時発動している重力制御魔法を解除した。
男も直ぐに危険を察知したらしく、羽交い絞めを解いて逃れようとしていた。
俺は何とかこの男を下敷きにしてしまおうと体を捩ったりしたが、床に倒れた時男の体はそこに無かった。
だが男の押し殺した苦痛に声を聞いて、体のどこかの部位を潰してやったのが分かった。
この保護外装は高密度で魔素を集めるので、かなりの質量になるのだ。
それを重力制御魔法で軽くしているのだが、それを解除するとその重みで自分でも動けなくなるのだ。
だが、それは床も同じだったようで俺の体重を支えることが出来ずメリメリという嫌な音がするとそのまま床が抜けて1階に落下した。
あの男も巻き込まれたようで一緒に落下していた。
俺が落下した1階には、2人の人物が居て1人がもう1人の襟首を掴んでいた。
その襟首を掴まれているのがブルコで、掴んでいるのは一緒に落下した襲撃者と同じ恰好をしていた。
「ブリージ様?」
ブルコを掴んでいた男がそう言って一瞬隙を作ったので、俺は直ぐに重力を制御して動けるようになるとすかさず水弾を放った。
男の意識は負傷して転がっているもう一人の襲撃者に向いていたらしく、俺の攻撃をまともに食らうと後ろに吹き飛んでいた。
その隙を突いて、一緒に落下した男はそのまま窓をぶち破って外に脱出していた。
「ブルコさん、奴は何者です?」
「あれはコルンバーノ・ブリージと言う男さね。ドーマー辺境伯様の影だよ」
「そう、それでどうしてここに居るの?」
「私が全て知っている訳ないさね。それよりも一体何をしたんだい?」
そう言ったブルコは天井に空いた大穴を見ていた。
「襲撃されたのよ。これは不可抗力よ」
そう言って俺は天井の穴を指さした。
「全く、お前さんと関わってから災難続きさね」
「それはご愁傷様?」
「あんたに言われたくないさね」
すると騒ぎを聞きつけてオーバン達がやって来てくれた。
「ユニス様、一体何事ですか?」
「娼館に賊が入ったのよ」
「すると先程娼館から出て行った人影がそうですね」
「それは何処に行ったの?」
「領主館の方に行ったようです」
領主館? あそこは俺が襲撃してから無人になっているはずだが?
まさか。
「娼館の護衛に何人かお願い。それからオーバンは一緒について来て」
「勿論です」
オーバンはそう言うととても嬉しそうな顔をしていたが、俺はその顔を見ていなかった。
領主館は俺が襲撃した後死体は片付けたがそれ以外は放置していたので、扉は破壊されたままだった。
中の様子を魔力感知で調べてみると、幾つかの輝点が地下の金庫室に居るのが分かった。
急いで地下まで行ってみるとそこには前に来た時には気付かなかった扉があり、何処に繋がっているのか分からない暗い通路があった。
敵は既に脱出した後だったので、ゴーレムを使って通路を破壊しておいた。
+++++
パルラの領主館から秘密通路で脱出したコルンバーノ・ブリージは、今回の失敗を雌エルフの居場所が分からなかった事だと気が付いていた。
領主館に居るものと思い込んでいたので、そこで香炉を使ったのだが館は無人だったのだ。
その後あちこち探し回りようやく見つけたのが娼館だった。
まさか娼館に居るなんて想像もしていなかったので襲撃が遅れてしまい、結果的に敵に感づかれてしまったのだ。
秘密通路を通り、打ち捨てられた農家まで戻るとそこで旦那様から連絡蝶が届いた。
連絡蝶による指示は「女狐にバレた。静かに対処せよ」だった。
女狐というのは、引退してもなお絶大な権力を持つ前大公ソフィア・ララ・サン・ロヴァルの事だ。
そして静かに対処とは軍事力以外で対応するという意味だ。
パルラは旦那様が金儲けと接待のために造られた町なので、食料の自給が出来ないのだ。
町を封鎖して物資の補給を止めれば直ぐに干上がるだろう。
森育ちのエルフに人間の町の構造的問題等分かるはずも無く、気が付いた時には手遅れになっているはずだ。
それにしてもパルラが雌エルフに占拠されてからまだそれ程日が経っていないのに何故ばれたのだろう?
そこで連絡蝶に続きがあるのに気が付いた。
そこには「パルラにいるネズミを狩れ」との命令があった。
成程、前大公のネズミが潜り込んでいたのですか。
こうなってくるとパルラに1人残してきたのは正解でしたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます