第51話 封鎖線

 彩花宝飾店の店員マウラ・ピンツァはオーナーの言いつけを守り、店に鍵をかけて籠城していた。


 そしてドーマー辺境伯軍が攻めてきたという話を小耳に挟んでこれでやっと自由になれると喜んだが、獣人達の勝利の雄叫びを聞いて戦慄したのだ。


 この店にある食料も残り少ない状況では、これ以上ここに立て籠る事は不可能だった。


 マウラは残った食料をかき集めると、夜明けと同時にこの町からの脱出を試みた。


 南門さえ突破出来れば、後はダラムまでは整備された街道を歩くだけなのだ。


 店を出て通りを歩いていても誰とも出会わなかった。


 そしてもう少しで南門という所で声を掛けられたのだ。


「おい、そこのお前」


 マウラはその声に飛び上がりそうになった。


 その声はとても低く威圧的に聞えたからだ。


 何とか体が震えるのを抑え込みながら首の上だけ声が聞えた方に向くと、そこには見たくなかった姿があった。


「お前、ここで何をしている?」


 声を掛けてきたのは武器を持った獣人だったのだ。


「あ、あの、わ、私は・・・」


 マウラは口の中がカラカラでうまく声を出せなかった。


 直ぐにでも殺されるかと思ったが、目の前の獣人は私が大きな袋を持っているのを見て何か納得すると私に手を振ってきた。


「ああ、南門はこのすぐ先だ。通路にはカルトロップという足を怪我させる罠があるから注意して歩けよ」


 マウラは獣人からそう言われて頷く事しかできなかった。


 南門にたどり着くと、そこには門を守る獣の姿は無く精巧な作りの石像があるだけだった。


 そして先程獣人が言っていたカルトロップとかいう先端が尖った物を注意して避けると、ダラムに向けて歩きだした。


 +++++


 アメデオはダラム近郊の農村の民だったが、ドーマー辺境伯領の住民には予備役兵という別の役目があり辺境伯の命令で即座に動員されるのだ。


 そして農閑期には兵士としての訓練を受ける義務があった。


 農作業を終えて家に戻ってきたアメデオは直ぐに村長の家に来るように言われ、そこで動員を命じられたのだ。


 荷馬車に乗せられてダラムに着くと、そこには他の村から集められた連中も居て皆突然動員されて面食らっているようだった。


「一体どうしたというんだ?」

「辺境伯様には常備軍ちゅう強い軍隊がいたはずなんだがなあ」

「ひょっとして戦争でも始まったんじゃろうか?」


 農民達が噂話をしていると、立派な鎧を着た兵士が現れた。


「お前達にはこれから武器と防具を支給する。それを身に付けて郊外の駐屯地に集合しろ」


 そう言うと兵士の後ろに沢山の荷馬車がやってきて幌を外すと、そこには大量の武器と防具が現れた。


 アメデオも列に並んで兵士から2mほどの長さの槍と皮製の胸当てを受け取ると、それを身に着け指示され場所に移動した。


 駐屯地では辺境伯領の各地から集められた農民兵達の班分けが始まり、アメデオも指図された列の後ろに並んだ。


 それからしばらくすると立派な鎧を身に着けた兵士が現れて、俺たちの隊長だと自己紹介した。


 自己紹介が終わると、それまで黙って聞いていた農民達が一斉に質問を始めた。


「俺たちはこれから何処にいくんですかい?」

「これから戦争ですかい?」

「敵は一体誰なんです?」


 周りの農民達も知りたい事は同じようだ。


 すると隊長と自己紹介した兵士が、意外にも情報を教えてくれた。


「いいかお前達、これから街道を遮断する。そしてダラムにやって来る人や獣人は問答無用で追い返せ。たとえやって来たのが女子供で、泣きながら助けてと言ったとしても決して通すな。通した者は親類縁者もろとも死罪になるぞ」


 それを聞いた農民兵達は皆驚いていた。


「無理やり押し通ろうとしたらどうするんで?」

「自分と家族の命が大事なら、殴ってでも追い返せ」


 アメデオは隊長に従って出発すると、行き先はダラムから北に伸びる街道だった。


 その道は石畳で整備されていたので、この先にあるのが辺境伯様にとってとても重要な施設なのだろうという事は推察された。


 そんな所から女子供が逃げてくるものなのだろうかと疑問に思ったが、命令は絶対だった。


 やがて隊長が右手を上げて隊に停止を命じると、そこで街道を封鎖するための柵を作り始めた。


 アメデオ達は柵が出来るまでの間、いくつかの班にまた別れてそれぞれの分隊で見回りを行うことになった。


 アメデオの班が見回りを行っている時に、こちらにやって来る1人の女性を見つけた。


 ここを通すなと厳命されているので直ぐに女性の前に立ち塞がった。


「止まれ、ここは通れないぞ」


 するとその女性は俺達の顔を見るとほっとした表情になった。


「ああ、辺境伯様の兵隊さんですね。よかった。町が獣人達に占拠されたの。助けに来た兵隊さんも負けてしまって、あのまま街に居たら殺されてしまうところだったわ」


 そう言うとその場にへたり込んでいた。


 その女性の話からするとこの先には町があり、獣人による反乱があったということになる。


 それには驚いたが、この女性を保護することは命令で出来なかった。


「ここは通れません。戻ってください」


 すると女性は、何を言われたのか分からないといった顔をしていた。


 俺は聞こえていなかったのかと思ってもう一度言おうとしたら、女性は真っ赤な顔をして怒り出した。


「一体どういうこと? 私に獣の餌になれとでも言うの?」


 アメデオは仕方ないのだと自分に言い聞かせていた。


「これも命令なんです。大人しく戻ってください」


 だがこんな事を言われたら俺だって納得出来ないのに、この女性が大人しく引き下がってくれるとは思えなかった。


 案の定、女性は逆上していた。


「このウスノロ、お前は私に死ねと言っているの? 上の者を出しなさいよ」


 ここで俺達が女と押し問答をしていると後ろから隊長がやってきた。


「この騒ぎは一体何事だ?」


 俺は後ろを振り返って敬礼すると状況を説明した。


「は、この女性がやってきまして戻るように言ったのですが、納得してくれなくて」


 すると隊長が大音声で俺を叱責してきた。


「この馬鹿者が、お前は簡単な命令も実行できんのか。誰一人通すなと言うのが命令だ。とっとと追い返せ」


 それを聞いた女性が今度は隊長に食って掛かろうとしていたが、直ぐに黙った。


 女性の目の前に剣の先が付きつけられていたからだ。


「女、黙ってパルラに引き返せ。さもないと頭と胴体が分かれるぞ」


 直立不動で固まっていた女性は青い顔をして小刻みに震えていたが、回れ右するとそのまま駆け出していった。


 俺はその後姿を目で追っていたが、直ぐに隊長から声がかかりそちらを向いた。


「いいか、問答は無用だ。見つけたらとっとと追い返せ」

「は、分かりました」


 今の問答で分かったのはこの先にはパルラという町があり、そこで獣人が反乱を起こした事を上の者は知っているという事だ。


 そしてあまり学の無いアメデオだったが、この事が広まったら拙い事になるという事は理解出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る