第49話 次の一手

 タマロ達を送り出した後、コルンバーノ・ブリージは彼の主人であるドーマー辺境伯様への報告書を作成していた。


 ダラムに避難してきたお客様への対応費用、パルラに送った5千の領軍の経費、パルラを占拠されたことによる損失額等どれもドーマー辺境伯様が怒り狂いそうな金額になっていた。

 

「やれやれ、これはでは旦那様がお好みのエルダールシア産の高級酒を用意しておいた方がよさそうですね。後は私用に少し胃薬でも用意しておきましょうか」


 コルンバーノ・ブリージが、主人への報告書と高級酒の手配を済ませたところで、部下の執事助手が部屋にやって来た。


「ブリージ様、パルラに向かった領軍が負けたようです」

「負けた? 確かなのか」

「はい、敗残兵がダラムに戻りましたので尋問いたしました」


 コルンバーノ・ブリージは旦那様の可及的速やかにという命令で、パルラを解放するため5千という通常ではありえない規模の軍を動かしていた。


 それが失敗したとは、一体どういう事なのだ?


 タマロは戦闘を知らない大馬鹿野郎なのか?


 次の手を考えるにも、何故負けたのかを知らねばならなかった。


「それでどうやったら5千の兵が、たった一人の亜人に敗れるのだ?」

「えっと、そ、それが、城壁の周囲に足を怪我させる罠を仕掛けられ、進入路を限定されたうえでエルフの秘薬で戦えなくなった所を、ゴーレムに仕留められたようです」

「エルフの秘薬? それにしても5千も居るのだぞ。何故負けて戻って来るのだ?」

「それが敵の罠で多数の負傷者が出てしまい、戦意を喪失したようです」

「何たる失態か、それでタマロはどうした? 何故、此処に居ない?」

「それがタマロ将軍は、行方知れずになっております」


 あの野郎、逃げやがったな。


 だがこの状況は拙い。


 旦那様のお怒りで、館が炎上してしまうかもしれない。


 いや、待て、敵は大軍を撃退して人心地付いている頃合いだ。


 今頃は気が緩んで酒を飲んで酔い潰れているかもしれないぞ。


 攻めるとしたら、今が好機だ。


 部外者には分からないだろうが、パルラの町には緊急脱出用の隠し通路があるのだ。


 そこから町の中に侵入して、寝首を掻いてやればそれで終わりだ。


「私が直接出向こう」

「はっ、お供いたします」


 そこでブリージは、町の中に居る奴隷獣人どうなったのか気になった。


 普通であれば、どんな馬鹿でもパルラの町に向かって奴隷獣人に雌エルフを捕まえるように命令すれば済むことだ。


 それが出来ないという事は声が聞えない場所に隔離されているか、最悪の場合、獣人が雌エルフに従っているという事もあるだろう。


「町中の獣人がどうしていたか知りたい。逃げ戻ってきた者を呼ぶのだ」

「はい、分かりました」


 そして連れて来られた兵士を見たブリージは眉を顰めた。


 北門で獣人と戦闘をしたという軽装歩兵の戦闘服は泥だらけで、こんな汚い恰好で館の中に入って来た事が気に入らなかったのだ。


 そして獣人が、隷属の首輪を外していたことを知ったのだ。


 厄介ですね。


 契約に従わずに首輪を外したという事は、その相手は橙色魔法が使えるという証明になるのだ。


 やはりエルフの魔法は厄介と言う事か。


 だがエルフは種族的に接近戦が苦手なので、近づいてしまえば何とかなるだろう。


 そこで目の前の兵士の服に、紫煙草の葉の破片が付いているのに気が付いた。


「お前、北門の戦闘で紫煙草の畑を荒らしたのか?」


 ブリージがそう指摘すると、目の前の兵士の顔色がみるみるうちに悪くなっていった。


 その顔色を見れば、答えを聞くまでも無く結果は明らかだった。


 素早い動きでその兵士の背後に立ち、そのまま頭を掴み猛烈な力で後ろに捻ると「ゴキッ」という鈍い音がして首の骨がへし折れた。


 紫煙草の畑は、お前の命より遥かに貴重なのだ。


 その罪は死を持って償うのは当然だ。


「死体を始末しておけ」


 エルフだけならフラムがあれば十分だと思ったが、獣人も敵側に回っているとなると少し準備が必要だった。


「紫煙草の香炉を用意しておけ」

「畏まりました」


 コルンバーノ・ブリージによって集められた影は12名だった。


「よいか。これからパルラに行って、ドーマー辺境伯様に仇なす雌エルフを始末するぞ」

「「「はっ」」」



 ブリージ達12人は、既に暗くなった石畳の道を2台の馬車に分乗してパルラに向かっていた。


 作戦は偽装した牧場から秘密通路でパルラの町に入り、紫煙草で眠らせた雌エルフの寝首を掻くという至ってシンプルなものだ。


 せっかくだから、この俺がその首をへし折っても良いか。


 暗闇の中馬車を操縦できるのは、馭者が暗視のマジック・アイテムを使っている事とここが整備された道路上だからだ。


 目的地付近で止まった馬車から降りてきた男達は全員黒の衣装を纏っており、馭者に一つ合図を送るとそのまま目的地に向けて音も無く走り出した。


 ここは捨てられた牧場跡といった感じだが、牧草を保管するサイロには秘密の入口があった。


 暗視を頼りにサイロに近づくと、周囲に人の気配がない事を確かめてから中に入っていった。


 そこには緊急脱出用の馬車が置いてあり、馬を繋げばすぐにでも出発できるように整備されているのだ。


 そして馬車の裏の干し草をどかして出てきた床を押し込むと「ガタン」という音と共に壁が開き、そこに地下に向かう階段が現れた。


 脱出路確保と馬車の管理のため2名残し、残り10名で通路の中に入っていった。


 地下通路から建物内に侵入すると周囲に人の気配を探るが、眠りこけているのか館の中はしんと静まり返っていた。


 ブリージは部下に命じて1階へ上がる階段に紫煙草を入れた香炉を置き、火を付けさせた。


 香炉から上がる紫色の煙はゆっくりと立ち昇り、周囲に甘い香りを漂わせながら上へ上へと上って行きやがて建物内に充満していった。


 館内に紫煙草の煙が充満すると、10人の暗殺者は口元を塞ぎ各部屋に突入していった。


「さて、旦那様の計画をぶち壊す愚か者の姿でも拝んでみましょうか」

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