第47話 力攻め2
軽装歩兵がカルトロップで次々と負傷しているというのに、敵の指揮官は兵を前進させるのを止めなかった。
そして怖気づいて立ち止った兵は、後ろから剣で切り付けられていた。
とても正気とは思えない行動だが、確実にカルトロップ地帯に道を作りつつあった。
スリープモードになっていたゴーレムも起動して石礫を撃ち込んでいるので、敵の侵攻も遅れがちだが、てこ入れしておく方がよさそうだ。
そこで一度南門正面の道路上に居る敵を見ると、全く動く気配が無かった。
何を待っているのだ?
俺がここから離れるのを待っているのか?
それとも敵兵が城壁に辿り着けると本当に思っているのだろうか?
だが、ここで逡巡している暇はないのだ。
俺は南門を守るゴーレムの人数を増やすと、ジゼルを町中に避難させてから敵の軽装歩兵の方に飛んでいった。
敵の指揮官が前進しようとしない兵達を、後ろから剣で突き刺しているのだ。
俺はその胸糞が悪くなる行為を止めさせるため、敵の兵士達の前に茶色の弾を打ち込んでやった。
スモーク弾は地面で炸裂するとポンという音と共に周囲に白い煙をまき散らした。
それを見た敵兵は、重装歩兵に打ち込んだ催涙弾と勘違いしたようで「毒煙だ」と叫ぶと指揮官の制止を振り切り逃げ出していた。
よし、これでこれ以上の被害は出ないだろう。
スモーク弾は、催涙弾よりも煙の持続時間が長いのでこれで無謀な攻撃は止まるだろう。
ほっと一息ついていると、そのタイミングを見計らったかのように道路上の敵が一斉に南門に突撃を始めた。
先頭を走る重装歩兵はそのままゴーレム目掛けて突進しており、その後ろの続く弓兵はその援護射撃を行っていた。更にその後方には騎馬隊が続いていた。
しまった。完全に裏をかかれた。
急いで戻ろうとすると、弓兵がこちらに矢を放ってきた。
その意図は明らかで俺が南門に戻るのを阻止しようとしているのだ。
南門での戦闘は数で優る敵が優勢で、後ろに続く弓兵隊が列の中央を開けるとその間を騎馬隊が通り抜けようとしていた。
このままでは騎馬隊が町に突入してしまうだろう。
そこで俺は奥の手を打つことにした。
テクニカルショーツの中から今まで使わなかったホイッスルを取り出すと、それを思いっきり吹いた。
「ピー」
戦場の喧噪の中、突然鳴り響いた音に一瞬手を止めて何事かと周囲を探る敵兵が、その音の発生源が俺だと分かると次に何が起こるのかと身構えていた。
その合図に反応したのは南門の中でスリープモードになっている運搬用ゴーレムだ。
それは4本脚のゴーレムで背中に大きな籠があり、その中には山積みのカルトロップがあった。
起動して僅か数秒でトップスピードまで速度を上げると、予め決められた命令に従い南門の外まで突進していった。
途中、進行方向にある人や物を全てなぎ倒し吹き飛ばしていった。
吹き飛ばされた敵兵や騎馬は幸運な者は後方の道路上に放り投げられたが、それ程幸運でなかった者はカルトロップの中に落下していった。
そして道路上で急停止した運搬用ゴーレムは、「ぽん」という音と共に自壊して砂に戻った。
運搬用ゴーレムが自壊した道路上では、積んでいた大量のカルトロップが周囲にまき散らされ完全に道を塞いでいた。
それに慌てたのは敵兵だった。
突撃しようとしていた敵兵は、突然ばら撒かれたカルトロップのせいで南門までの道が危険地帯に変わり、先に進めなくなっていた。
その唖然とした顔は、まるで突然の鉄砲水で橋を流され目的地に行けなくなった通行人のようだった。
そして南門付近でゴーレムと戦っていた敵兵は、敵中に完全に取り残された事に気付くと、降伏か死かを選択しなければならない状況に追いやられていた。
最早味方の増援は望めず、敵は疲れを知らないゴーレムとあっては結果は見えていた。
反対側でも先程までカルトロップ地帯に突撃をしていた兵士達が道路上にカルトロップがばら撒かれた事を知ると、自分達がやらされている事が無意味だという事に気付いたようで前進を止めていた。
南門に辿り着き、町中を覗き込むとそこでは敵の騎馬兵と戦うジゼルの姿があった。
ジゼルは敵兵2人を相手に戦っていたが、元々戦闘訓練などやったことが無いのだから劣勢になるのは仕方がない事だった。
ジゼルは左右に居る敵兵に交互に攻撃していたが、どうしても隙が出来るのだ。
俺は急いで加勢しようとしたが、その前に敵兵がそんな隙を突いてジゼルの背中に馬上槍を振り下ろしたのだ。
「あ」
俺は届かないとは分かっていてもつい手を伸ばしていたが、その槍は確実にジゼルを捕えていた。
俺が敵に情けを掛けたせいで大事な人を失うなんて、こんなことがあり得るのか?
だが、目の前では実際にジゼルが地面に倒れ込んでいた。
畜生、こんな事ってありなのか。
そして止めを刺そうとする敵兵が槍を構えていた。
俺はその敵兵に向けて魔法を放とうとすると、それよりも先にその兵はトラバールのポール・アックスで仕留められた。
もう一人の敵兵はその後直ぐにオーバンに仕留められていた。
「貴方達、どうしてここに?」
「北門が片付いたのでこちらの応援にきました」
「ああ、こいつ等がこの嬢ちゃんに危害を加えようとしていたんでな、ちょいと懲らしめてやったぜ」
俺は直ぐに倒れているジゼルの元に行くと、その背中は槍による傷がぱっくりと開いていた。
ジゼルを優しく抱きしめ、こちらを向かせるとその顔色は青白く血の気が無かった。
だが、霊木の薬液を注入すると、直ぐに赤みが差してきた。
ようやく一息ついたところで、同じようにジゼルの顔を覗き込んでいる2人の獣人にジゼルを助けてくれたお礼を言った。
「2人ともジゼルを助けてくれてありがとう」
俺が2人に礼を言っているとジゼルが意識を取り戻して、俺と目が合った。
「ユニスごめんね。私失敗しちゃったね」
「大丈夫よ、敵は撃退したわ」
+++++
タマロは目の前の光景を、信じられない思いで眺めていた。
軽装歩兵と騎馬の一部を囮にして、雌エルフが動いた隙を突いて一気に南門に突入したというのに、囮はあの毒煙で追い払われ、本命の南門は突然現れたゴーレムによってあの刺のような武器で道を塞がれてしまっていた。
これ以上の攻め手が見つからなかった。
そして配下の兵達にも既に大量の死傷者を出し、士気が危険なほど低下していた。
「将軍、最早我が軍に戦意はありません。撤退すべきです」
撤退だと? そんな事をしたら俺は投獄されたうえで処刑されてしまう。
「ふざけるな。そんな事は許さん。もう一度兵を纏めて突撃させろ」
するとそこに連絡兵が慌てた様子でやって来た。
「ほ、報告します。一部の兵が逃亡しました」
「なんだと、指揮官は一体何をしているのだ?」
そこで周りにいる兵達の顔を改めて見直してみると、そこに戦意は無く、既に負けが確定したと書いてあった。
最早命令しても誰も動かないだろう。
タマロは手に持っていた指揮棒を叩きつけると、大声で撤退を命じていた。
馬車に乗らず馬に跨っているタマロは、項垂れ、足を引きずりながら歩く兵隊の姿を見て、まるで葬列だなと思っていた。
そしてダラムで待ち受けている事を想うと、このままダラムに帰る訳にはいかなかった。
タマロは少しずつ隊列から遅れ始めると、やがて誰にも気づかれることなくそっと隊列から離れるとそのまま南西の方角に馬を走らせた。
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