第46話 力攻め1

 タマロは重装歩兵の具合を見るため、臨時の野戦病院となっている場所にやって来ていた。


 そこでは先程の戦闘で負傷した兵士達を治療するため数名の治癒魔法師が、治癒魔法を掛けていたが、負傷者数が多く既に魔力の限界に達していた。


 それはタマロが傷の治療に加え毒の治療も命じたためなのだが、その効果が全く現れていないのだ。


「重装歩兵の中には毒無効や毒耐性のマジック・アイテムや魔法を使える者もいるのに、何故エルフの毒煙を防げないのだ?」

「もしかしたら毒ではないのかもしれません」

「はあ、それじゃ何だと言うのだ?」

「分かりません。もしかしたらエルフ族の秘薬なのかもしれません」


 たった1匹の雌エルフを仕留める簡単な仕事のはずが、どうしてここまで苦戦するのだ?


 重装歩兵は雌エルフの放った毒煙にやられて目が腫れ上がり、咳が止まらず全く使い物にならなかった。


 使えるのは最後尾に居て毒煙をあまり吸わずに済んだ20名だけだった。


 重装歩兵の大半とそれを助けようとして敵ゴーレムの石礫を受けた弓兵が横たわっている姿は、兵士の士気に大きく影響していた。


 既に楽勝ムードといった雰囲気は何処にもなく、兵達の顔には疲れや雌エルフが使う毒煙への恐怖といった表情が見えるようになっていた。


 士気の低下は軍の崩壊に繋がるので、兵装を失った工兵や輜重隊それに軽装歩兵の一部で負傷兵とその武装をダラムまで後送することにした。


 残ったのは治癒させた重装歩兵20、騎馬約5百、弓兵約8百、軽装歩兵約2千の3千強にまで減っていた。


 そしてパルラの城壁前に敷き詰められている鉄の刺のような物も、思い通りに行かない要因の一つだった。


 重装歩兵のブーツも攻撃を想定していない足裏には装甲は無いので、踏みつけると簡単に足に突き刺さるのだ。


 そして足を怪我した兵は使い物にならないばかりか、足手まといになるので戦死するよりも厄介なのだ。


 兵達に命じて撤去しようとすると、それまで動かなかった敵のゴーレムが突然動き石礫を撃ってくるので作業が行えないばかりか、かなりの負傷者が出ていた。


 なんとか突破しようと軽装歩兵が持っている盾を刺の上に置いて、その上を歩かせてみたが、重みであの刺が盾を突き破って来るので全く駄目だった。


 そして鉄の刺が無い道路上には、あの忌々しい雌エルフが居て毒煙で攻撃してくるので、全くの手詰まり状態だった。


 そんな状況に腹立たしい思いをしていたタマロの元に、北門に向かった別動隊が負けたという知らせが届くと、更に不機嫌になった。


 この時になって初めてタマロの脳裏に「敗北」という文字が浮かんできていた。


 そしてそれが何を意味するかも分かっていた。


 ドーマー辺境伯様は負け犬を決して許さないだろう。


 タマロの背筋に冷たい汗が流れると、彼の内にある残虐性が頭をもたげてきていた。


 そして負傷者の数に比べて死者が少ない事に気が付いたのだ。


 もしかしたらあの雌エルフは意図的に死者を出さないようにしているのか?


 数的に圧倒的に不利な状況でそんな事ができるものなのか?


 だが、それが本当だとするとまだ使える手があった。


 いずれにしてもここで負けたら俺に明日は無いのだ。


 なら、損害等一切気にせず一気にかたをつけてやるしかないのだ。


 +++++


 パルラ南門の上から敵軍の様子を窺っていると、道路上には少数の重装歩兵が陣取り、その後ろには少数の重装歩兵を援護するためか弓兵が隊列を整えていた。


 そしてその両翼に軽装歩兵が隊列を整え始めていた。彼らは城壁を登るための長梯子と鉤爪がついたロープを持っていた。


 城壁に張り付いて登るつもりのようだが、彼らと城壁との間には、カルトロップを敷き詰めた危険地帯があり、その後ろにはスリープモードのゴーレムが控えているのだ。


 ちょっとでも頭が回れば相当な犠牲を覚悟しなければ突破出来ない事は分かるはずだ。


 もしかしたら正面の弓兵が俺を足止めしている隙に、カルトロップを除去して城壁を上るつもりなのだろうか?


 こちらは1人なのだから、捕まえてしまえば勝ちとでも思っているのかもしれないな。


 そして騎馬隊は3隊に別れ両翼の軽装歩兵の後ろと正面の弓兵の後ろに待機しているが、あの位置では遊兵になっていないか?


 対して味方は10体のゴーレムが起動しているが、残り15体はスリープモードだ。


「ねえ、これって総攻撃って感じじゃないの?」


 ジゼルは不安なのか俺の腕をしっかり掴んでいた。


 俺はその手を軽く握ると、これからが本番だという事を伝えた。


「どうやら一気にかたを付けに来たわね。これを凌げば私達の勝ちよ」


 俺がそう言うとジゼルはじっと俺を見つめてきた。


 そしてにっこり微笑んだ。


「呆れたわ。貴女楽しんでるわね」


 そうなのだ。


 俺は確かにこの状況を楽しんでいた。


 これで一気に叩いてしまえば、暫くは敵も大人しくなるだろう。


 10体のゴーレムは南門を中心に展開させると、スリープモードのゴーレムは敵兵がカルトロップを除去しようとしたら、直ぐに石礫を発射するのだ。


 敵軍はパルラの町を半円形に包囲する形で展開していた。


 そして準備が整ったようで、先程まで聞こえてきた鎧が擦れる音や足音がぴたりと止み、将軍からの号令をじっと待っているようだった。


 それはまさしくこれから血で血を洗う決戦を前にした、嵐の前の静けさというやつなのだろう。


 やがて、この静寂を引き裂くように太鼓の連打音が敵の本陣がある小高い丘から発せられた。


 その音に呼応するかのように敵の軽装歩兵達から大きな雄叫びが上がると、一斉に前進を開始した。


 そしてその後ろに居た騎馬隊が軽装歩兵の後ろを更に外側に向けて走り始めた。


 敵兵が上げる雄叫びや鎧が擦れる音、馬の嘶きや蹄の音が一斉に響き、数千の兵が一斉に動く様はまるで巨大な竜や魔物が獲物に襲い掛かるような迫力があり、大勢で地面を踏み鳴らす足元は地面が揺れているような感じがした。


 成程、これが訓練された軍隊の動きなのだろう。


 これが俺を殺そうとしている軍隊でなければ、とても見ごたえのある光景だった。


 それだけに考え無しに突っ込んでくる兵隊たちが残念でならなかった。


 だが、最初にカルトロップに突っ込んできたのはそれまで軽装歩兵の後ろに居た騎馬隊だった。


 いつの間にか軽装歩兵の後ろを迂回して正面に出るとそのままカルトロップの中に飛び込んできたのだ。


 直ぐに先頭の騎馬が蹄を割り棒立ちになるとその後ろに後続の騎馬が激突していった。


 更に迂回した騎馬もその先にあるカルトロップに蹄を割られると騎馬兵を振り落としていた。


 次にカルトロップの犠牲になったのが軽装歩兵だった。


 第1列目の兵士達がカルトロップ地帯に足を踏み入れるとそれまでの歓声が悲鳴に変わり、足を抱えて立ち止ったが、後ろから押されるとそれを避けようとして半回転して後ろに倒れ込んでいた。


 そして事情を知らない後列の兵がまた同じようにカルトロップの罠にかかり同じように足を抱えて倒れ込んでいた。


 その薄い皮のブーツでは、カルトロップの鋭いスパイクから足を守ってはくれないだろう。


 それは後方の兵が異変に気付いて立ち止るまで続いたため、かなりの数の兵士が負傷し、現場は惨憺たる有様になっていた。

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