第45話 北門の戦い

 トラバールが北門に到着すると、作業服を着た獣人達が外側から門を叩く音を心配そうな顔で眺めていた。


「おい、お前達、外に仲間はいるのか?」


 トラバールがそう声を掛けると、集まっていた獣人達が皆首を横に振っていた。


「いいえ、全員避難しましたので、外に居るのは魔物か敵兵だと思いますが」

「そうか、北門の鍵を寄こせ後は俺達がやる。お前達は後ろに下がっているといいぞ」

「ありがとうございます。では、そうさせてもらいます」


 農作業をしていた獣人達が下がり、北門に集まった元剣闘士達が門を半円形に包囲すると、一人が門に近づき鍵を開けようとしていた。


 トラバールの隣には、いつの間にかオーバンが来ていた。


「本当なら俺とお前は、今頃どちらが強いか命懸けの決闘をしていたはずだが、もはやそれは叶わなくなったからな。どちらが多く敵を打ち取るかで勝負しないか?」

「いいぜ、姐さんへのアピールでお前が1ポイント先取したようだからな、次は俺の番だぜ」

「さて、それはどうかな?」


 オーバンのすまし顔に思わず舌打ちしそうになったトラバールは、北門を開けようとしていた剣闘士に合図を送った。


 合図を受けた剣闘士は、敵の攻撃が止んだ隙を突き北門を蹴飛ばすと、その扉に頭をぶつけた気の毒な兵士の悲鳴が聞こえてきた。


 そして一瞬の静寂の後、雄叫びと共に門から敵兵が姿を現した。


 トラバールは自慢のポール・アックスを一閃してその兵士を薙ぎ払った。


 その後、素早く動いたオーバンが後に続いていた兵士達を両手に持った短剣で次々と倒していくと、その場所はあっという間に敵兵の死体の山が出来上がっていた。


 その後、狭い北門から入って来た敵兵は、周りを取り囲んでいる剣闘士達によって次々と倒されていった。


 北門を守る37名の剣闘士にとって、押し寄せた2百の敵兵は数的に不利だったが、北門は狭く1人ずつしか入れないという構造と、彼らが一騎当千の強者ばかりだという点が数的不利を十分補っていた。


 戦いが有利に展開して気を良くした獣人達は、いつの間にかトラバールとオーバンが1隊ずつ率いる事になり、半数が敵を叩き、残り半数が休憩し、敵兵の死体はウジェ達が邪魔にならない場所に移動させるという流れが出来上がっていた。


 後は流れ作業のような感じで敵兵を次々と倒していった。


 敵兵を百以上片付けたところで、獣人達の耳がピクリと動いた。


 それはこの場にそぐわない音が聞えた事に対する反応だった。


 オーバンがトラバールの所にやって来た。


「俺が数名率いて様子を見てこよう」

「ああ、頼む」


 トラバールがそう言うとオーバンはいつも一緒にいる豹獣人達を連れて、軽快な走りで城壁の上に登っていった。


 +++++


 オーバン達が城壁の上に到着すると、そこには敵兵が投擲した鉤爪が引っ掛かっていた。


 ちらりと下を覗くと、そこにはロープを登ってくる敵兵の頭が見えた。


 素早くロープを切ると上っていた敵兵は悲鳴を上げて落下していった。


 他に登ってくる気配が無いか確かめながら、敵の様子を窺ってみると、敵兵が畑にある細い道に行儀よく並んでいるのが見えた。


 森の中では枝伝いに移動できる獣人の方が有利だったので、オーバンは敵兵に奇襲をかけて混乱させてやろうと考えた。


 +++++


 トラバールが北門を守りながらもう幾度目かの敵の突撃を撃退したところで、城壁に様子を見に行っていたオーバンが戻ってきた。


「上の様子はどうだ?」


 トラバールがそう尋ねると、オーバンがニヤリと笑っていた。


「敵は狭いあぜ道に行儀よく列を作っている。俺が数名率いて後方攪乱してこよう。敵が混乱したら、今度はお前が北門から打って出るというのはどうだ?」


 トラバールはそう言われて、その案に直ぐに同意した。


 それというのもこの流れ作業にそろそろ飽きてきたし、この有利な状況で敵兵を片付けているのが弱い者いじめに思えて、戦い好きなトラバールにはとてもつまらなかったからだ。


「ああ、いいぜ。それでいこう。合図はどうする?」

「なに、敵が混乱すればお前だって直ぐに分るだろう?」

「それもそうだな」


 するとオーバンは、先程の豹獣人を連れて再び城壁を登っていった。


 トラバールは直ぐに北門に現れた敵兵に向けて剣を振るっていた。


 +++++


 オーバンは再び城壁に登ってくると、そこから乗り移れる木を探していた。


 それは直ぐに見つかり、そこから敵の列には枝を伝って移動できそうだった。


 仲間達に身振りで付いてこいと命じると颯爽と城壁から飛び目的の木に飛び移り、そこから枝伝いに敵の裏側に移動していった。


 オーバンの耳には、後ろから付いてくる仲間の足音が聞えていた。


 敵の頭上にある枝に到達すると再び身振りでこれから奇襲をかける事を伝え、そのまま敵兵の列に向かって落下していった。


 オーバンは敵の背後に降り立ち両手に持った短剣を横に一閃して2人の首を断ち切ると、素早くその場を離れ森の中に姿を消した。


 仲間も同じ動きをすると、後にはこと切れた十数人の敵兵が倒れていた。


 オーバン達は直ぐに場所を変えると再び敵兵に襲い掛かると、敵の行列が突然崩れ敵兵は「敵襲」と叫びながら殺戮から逃れるため畑の中に入って行った。


 その姿を見た敵の隊長らしき人物が「畑に入るな」と叫んでいたが、既に恐怖にかられた彼らにその声は伝わっていないようだった。


 皆、自分が助かるために必死で、そこには既に統率の取れた軍隊の面影はなかった。


 オーバンは先程目を付けた敵の隊長に静かに近づいて行くと、その首目掛けて切り込んでいった。


 そしてそうはさせじと反撃してくる配下2人を切り捨てると、その隊長と目があった。


 すると敵の隊長はオーバンに向かって怒鳴り声を上げていた。


「自害しろ」


 オーバンはその言葉に直ぐにピンと来ていた。


 こいつは俺が奴隷の首輪を付けていると思っているのだ。


 しかも、その首輪に命令できる権限を持った奴であることもその一言で分かった。


 すると一人にやけ顔をしていた。


「全く聞く気がありませんな」

「なんだと、そんな事があるか。自害しろ」


 オーバンは笑いながら、敵に見えるように襟を下げて自分の首を見せてやった。


「私の主人はユニス様ただお一人だ。貴様のような糞野郎ではない」


 オーバンがそう言うと、その男は顔を真っ赤にして怒り狂っていた。


「そんなの信じられるか。何処に奴隷の首輪を外せる奴が居るというのだ」

「実際に見ただろう? それでも理解出来ないのか」


 そう言うとオーバンは男に向かっていった。


 男は自分の剣を構えて俺に切りかかって来たが、長年剣闘士として戦ってきたオーバンにはそんな男の間合いを簡単にかいくぐるとそのまま敵の首に切りつけていた。


 男は信じられないと言った顔をしながら自分の首を押さえ、切り裂かれた喉からゴボゴボという空気が抜ける音を発しながら地面に倒れた。


 それを見た敵兵は「ネッシ様が殺られた」と言って逃げ出して行った。


「後はトラバールのために取っておいてあげましょう」


 オーバンがそう言うと、すかさず北門からトラバールと剣闘士達が姿を現していた。


 トラバール達は楽しそうに敵を蹂躙していた。


 獣人達にとってドーマー辺境伯の大事な紫煙草畑は無価値でしか無いので、所構わず暴れ回った後は酷い有様になっていた。

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