第44話 南門の戦い

 南門に通じる道路上には6列縦隊となった5百人の重装歩兵が、将軍からの攻撃命令を待っていた。


 全身鎧に身を包んだ重装歩兵は、手に大斧や大槌を持っていて明らかに対ゴーレム戦を意識しているようだ。


 他の兵士達は戦闘には参加せず重装歩兵の戦いぶりを観戦するようで、こちらを遠巻きに地面に座り込み手に持った何かを飲んでいた。


 そして兜を逆さまに持った兵士が賭け金を集めていた。


 きっと何分で制圧できるのかを賭けているのだろう。


 俺も参加させて貰えれば総取りが出来ただろうに残念だ。


 やがて本陣からの合図の鐘が鳴り響くと、重装歩兵がゆっくりと前進を始めた。


 その一糸乱れぬ動きは、それがこちらを殺そうとする目的が無ければとても壮観で観閲式にでも参加しているように見えた。


 その時、隣に居たジゼルが俺の腕を掴んできた。


 その手は震えていた。


「ねえ、あれ・・・」


 そう言ったジゼルの顔は、隠しようも無い程動揺していた。


 重装歩兵達の統制の取れた同じ動き、ザッザッというこちらを威嚇するような足音を聞いていれば、恐怖を覚えて逃げ出したくなるだろう。


 俺だって何も手立てがなければ、今頃はジゼルを連れて森林地帯に逃げ込んでいるところだ。


「ああ、心配しなくても大丈夫だよ」


 俺はそう言うと、霊木の実と魔素水泉に自生していた水茎草で作った緑色の弾を摘まんで見せた。


「それは?」

「これは目や喉が物凄く辛くなる煙を出す玉なんだ。あの恰好だと煙を吸って大変な事になると思うよ」


 俺は重装歩兵のフルフェイスの兜を見て、これから起こる事を想像して思わずほくそ笑んだ。


 この状況で俺が笑っているのを見たジゼルは、呆れたような表情に変わっていた。


 城壁の縁まで移動してこちらにやって来る重装歩兵を見下ろすと、徐にスリングショットを構えタイミングを見計らって催涙弾を発射した。


 催涙弾は真っ直ぐ前方に飛んだ後、重力に負けて落下すると重装歩兵の隊列の中に消えていった。


 そして落下地点から白い煙がぶわっと噴き出すと周囲に広がっていった。


 完全武装をしていても呼吸や外を見るためのスリットがあるので、煙なら簡単に鎧の中に侵入できるのだ。


 フルフェイスの兜のスリットから入り込んだ催涙ガスは、装備者の目や鼻に襲い掛かり呼吸の度に喉を焼くのだ。


 その痛みにそう長く耐えていられないだろう。


 今頃はその強烈な刺激臭に目は開けられず、咳をしながら涙や鼻水で顔面事情は酷い事になっているはずだ。


 そしてその効果は直ぐに現れた。


 こちらを威圧するように一糸乱れぬ動きで行進を続けていた重装歩兵達は、突然剣を落とし盾を投げだすと、空いた両手で兜を掴み何とかそれを外そうとその場で腰を曲げたりくるくる回転したりと、それまでの統率のとれた行動が嘘のようにおかしな動きを始めていた。


 重装歩兵達からは、激しく咳き込む音や「目が、のどが」という叫びが聞こえてきた。


 全身鎧に留められたフルフェイスの兜はそう簡単に外すことができないらしく、籠手が付いた両手で何とか兜を外そうとする動きは、おかしな踊りをしているように見えた。


 兵達は兜が脱げないと分かると今度は籠手を何とか外そうとしたが、細いスリットから見える視界は狭く、催涙ガスで禄に目も開けられない状況ではそれも上手く行かないようだった。


 その間にもこちらから次々と催涙弾を撃ち込んでいるので、刺激臭のする煙が濃密になると重装歩兵達は狂ったように動き回り振り回した仲間を突き倒したり、他の仲間に蹴飛ばされて転がったりしていた。


 そんな姿を見たジゼルに顔には先ほどまでの恐怖心は既に無く、面白い見世物でも見ているかのような笑顔が浮かんでいた。


 そんな中、重装歩兵がこちらを蹂躙する姿を見物していた他の兵達が、顔を真っ青にして叫んでいた。


「毒煙だぁ」


 動揺した兵士達は、風下になり催涙弾の煙が自分達の方に流れて来ると慌てて逃げ出していた。


 最早戦意を失い烏合の衆となりはてた重装歩兵達は、今度は接近してくるゴーレム達が巨大な両腕を打ち鳴らす音に反応して、何とか逃れようとしていた。


 今までその威容と整然とした姿でこちらを威嚇していた兵達が、逆にゴーレム達に威嚇され怯えている姿は滑稽だった。


 目が見えない重装歩兵達は、生き残るため逃げ道を探ろうとしきりに空間を手探りしていた。


 そんな重装歩兵に向かって、まるで処刑人のように味方のゴーレムが近づいていった。


 催涙弾の煙の中であってもゴーレムは呼吸をしないので、その影響は全く受けないのだ。


 そして戦意を失った重装歩兵をその巨大な腕で、次々と後方に殴り飛ばしていった。


 ゴーレムに殴られ空を飛んでいる重装歩兵は、その完全武装で死ぬことは無いだろうが鎧が凹んでいる事から骨折位はしていると推察できた。


 なんだか目の前の光景が、トイトブルクの森でゲルマン部族の罠に嵌りなすすべも無く惨殺されていくローマ兵のようにも見えた。


 だが、固い鎧をぶっ叩いているゴーレム達も次第に耐久度が落ちてくるので、予備のゴーレムと交代させて殴り飛ばす作業を休みなく続けていた。


 耐久度の低下したゴーレムは、土の地面に移動させてそこで素材を吸収し魔宝石の魔力で自動修復させていった。


 目の前で5百の重装歩兵がなすすべもなく叩かれていく姿を見せられた敵兵は、皆唖然とした顔で立ち尽くしているが、こんな光景は全く想像していなかったはずなのでそれは当然だろう。


 そんな中、いち早く我に返った弓兵の指揮官が、俺を指さしながら指揮下の弓兵に大音声の号令をかけていた。


 どうやらこの事態を発生させた元凶が俺だと気付いたようだ。


 俺は手に持った鐘を3つ鳴らすと、南門から少し離れた位置に居た2体のゴーレムが、弓兵が集合している地点に向けて胸の扉を開いた。


 そして敵指揮官の号令一下矢の斉射が行われるのとほぼ同時に、2体のゴーレムが交差射撃を行った。


 俺はジゼルを抱き抱えるとそのまま上空に舞い上がり、矢の斉射から逃れた。


 地上ではゴーレムが発射した400発の石礫が弓兵の陣形に到達し、被弾した弓兵が後ろに吹き飛んだり、その場で回転しながら倒れたりしていた。


 後方に吹き飛ばされた重装歩兵は、救助に来た敵兵に引きずられて戦場から脱出していったので、一方的な戦闘もやがて終息に向かっていた。


 重装歩兵の救出作業が終わろうとする頃、敵側に次の動きがあった。


 道の向う側に台車に乗せられた4台のバリスタが現れたのだ。


 台車の乗ったバリスタはボウガンを大きくしたような形をしており、装填される矢も通常の矢の数倍はあった。


 そしてその先端に取り付けられた鏃も頑丈そうで、城壁を突き崩す程の強度があるようだ。


 装填が完了したバリスタから次々と大型の矢が放たれ、南門から前に出ていたゴーレムに命中していった。


 被弾したゴーレムはその場で崩壊し、砂に戻るとそこには核となっていた魔宝石だけが残された。


 俺はゴーレム達を南門まで後退させると、テクニカルショーツの中から赤色の弾を取り出し、次弾を装填しようとしている敵のバリスタに狙いを定めた。


 赤弾はぶつかった衝撃で爆発するグレネート弾だ。


 バリスタまでは少し離れていたが、こちらは城壁の上に居るので足りない距離を高さで補えたので有効射程内だ。


 スリングショットから放たれた赤弾は装填作業中のバリスタを捕えた。


 被弾したバリスタから真っ赤な炎が上がると、破壊された部材が周囲に弾け飛んでいた。


 作業中の兵員も何人が吹き飛んでしまったが、これはやむを得ない損害だと思って貰おう。


 バリスタの装填よりもこちらの方が圧倒的に早いので、発射した赤弾が次々と敵のバリスタを破壊していった。


 敵陣の後ろでは、負傷した兵士達が数名の魔法使いに治癒魔法を掛けられていた。


 その光景を目撃したジゼルが、とても残念そうな声色でポツリと独り言を言っていた。


「あ~あ、ユニスの負傷者を沢山出すという作戦が台無しね」


 この世界では、魔法で簡単に怪我を直せるのを失念していた。


「だけど、あの様子だとそろそろ魔力切れね。これ以上の治癒は出来そうも無いわよ」


 俺はジゼルの言葉で敵陣を見ると、治療していた魔法使いがぐったりしている姿があった。

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