第43話 降伏勧告

 敵の先行部隊を撃退した翌日、敵の本隊がやって来た。


 昨日の敵将の捨て台詞で5千という数字は知っていたが、延々と続く人の列は壮観だった。


 先頭は偵察部隊のようでその後に続く部隊は南西側にある小高い丘に向かっていて、彼らは武器ではなく様々な荷物を持っている事からどうやらあの丘の上に本陣を築くようだ。


 後続の兵達は、道路上に重装歩兵が並び、その両翼に軽装歩兵が陣形を整えていた。


 そして騎馬隊や弓兵は後方に陣取るようだ。


 丘の上では、兵士達が忙しく作業を行っており、瞬く間に陣幕が現れ、その中に簡易テーブルやら椅子やらが並べられていった。


 軍議でも開くのかと思っていると、そのテーブルの上には料理や飲み物が並べられていた。


 その光景には呆れたが敵からしてみれば相手は俺一人だという事を思い出して、既に勝ったつもりでいるのだと理解した。


 俺が敵軍を観察していると、城壁に繋がる階段にジゼルが姿を現した。


 その手にはバスケットを持っていた。


「ねえユニス、ちょっと早いけどお昼にする?」

「そうだね。敵さんも陣地を作るのに忙しいみたいだし、本格的に攻めて来たら食べている暇もないだろうし、今のうちに食べておこうか」


 俺がそう言うとジゼルは持って来たお弁当を広げていた。


 実際はチェチーリアさんが作っているのだろうが、直ぐに食べられるようにパンの間に肉や野菜を挟んでサンドイッチにしてくれていた。


 俺はサンドイッチを一口噛むとその味を味わっていると、ジゼルがポットに入れて来た温かいスープをコップに注いでくれた。


 スープには野菜が入っていて塩で味付けされていた。


 それを味わいながら、そっとジゼルの橙色と藍色の瞳を見ていた。


 ブルコの話ではこの瞳は辺境伯が欲しがった魔眼だと言っていたが、その眼にどのような機能があるのか教えて貰っていなかった。


 ジゼルも目の事を何も話さないので、無理やり聞くのもどうかと思いそのままにしているのだ。


 そんなジゼルの横顔を眺めていると、ジゼルは敵陣の方を指さしていた。


「あれを見て」


 そう言われてジゼルが指さす方向を見ると、騎馬が1騎大きな旗を持ってのんびりと道路を歩いてくるところだった。


 たった1騎で、武器を持たず旗だけ持っているその姿を見れば、交渉に来たのだと直ぐに分かった。


 騎馬はこちらのゴーレムを警戒して余り近寄っては来なかったが、声が届く範囲まで来ると俺に向けて声を張り上げていた。


「そこのお前、お前がパルラを占拠した首謀者か?」

「そうよ。何の用?」


 騎馬兵は、俺が首謀者だと確認を取ると、敵将の命令を伝えてきた。


「ではタマロ将軍の言葉を伝える。今すぐ降伏しろ。さすれば命だけは助けてやろう。抵抗するのならお前に手を貸す連中もまとめて皆殺しだ。返答は?」


 ほう、この世界にも降伏勧告があるのか。


 そうはいっても俺は奴隷になるつもりはないし、俺の事を信じて味方してくれるジゼル達をむざむざ殺らせはしないのだ。


 俺は一度だけジゼルの顔を見て、そこに恐れとか恐怖が無いのを確かめてから返事をした。


「返答は否よ。大恥をかきたくなかったらさっさと帰りなさい」


 俺の返答を聞いた騎馬兵は信じられないといった顔をしていた。


 まあ、普通に考えたらこの戦力差でまともに戦えるとは思わないよね。


 騎馬兵はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、自分の役目を思い出したのか、回れ右をするとそのまま帰っていった。


 騎馬兵はそのまま敵の本陣に駆けて行くと、馬を降りて彼がタマロ将軍と言った人物に俺の言葉を伝えているようだ。


 そしてそれを聞いた鎧を着た男は、手に持った木製ジョッキを地面に叩きつけていた。


 その後、敵の本陣では慌ただしい動きがあり、何人もの人物が出入りを繰り返していた。


 やがて、2百名程の軽装歩兵が本隊を離れて森林地帯に向かって行くのが見えた。


 恐らくは北門に向かった別動隊だろう。


「ねえ。あれは大丈夫なの?」

「北門は剣闘士達に任せましょう。彼らにも活躍する場面が必要だしね」


 俺がそう言うと、ジゼルはじっと俺の事を見ていたがやがて納得したように頷いていた。


 状況が状況ならジゼルと一緒に昼食している姿は、土手にレジャーシートを広げた花見客にようにしか見えなかった。


 だが、今はこれから戦いが始まろうとしている場面だ。


 仮に俺が負けたら、隣で笑っているジゼルにはどのような危険が及ぶか分からないのだ。


 ブルコから聞いたドーマー辺境伯の人となりは、酷薄で情け容赦がないのだから。


 俺はこの世界で初めて友達になってくれたジゼルを守るためなら、鬼にだってなれるだろう。


 俺達が昼食を終えて片づけをしていると、ようやく敵に動きがあった。


 どうやらこちらを攻めるのは予想通り重装歩兵のようだ。


 +++++


 タマロは遠見のマジック・アイテムで南門を観察してみると、ネッシが言った通り門は開いていて両側に人形が配置されていた。


 そして城壁の上に、それは居た。


 パルラの娼館で遊んだ事のあるタマロは、その服に見覚えがあった。


 最初に思ったのはこちらを馬鹿にしているのかと言う事だったが、直ぐにその考えを改めた。


 なんだ、随分と準備がいいじゃないか。


 そんなに俺に抱かれたいのか。


 遠見のマジック・アイテムから目を放すと、傍に控えていた当番兵に降伏勧告をするように命じた。


 内容は、「大人しく降伏するなら命だけは助けてやる」だ。


 最早勝ったも同然と思い、当番兵に酒を持ってくるように命じていた。


 そして再び遠見のマジック・アイテムでその美しい姿を覗き見ながら、一杯引っかけるのだった。


 その視界の中に降伏勧告をする騎馬兵の姿が映ると、城壁上のエルフと言葉のやり取りをするのが見えた。


 そして直ぐに騎馬兵が戻って来るのを見て、こちらの軍事力にビビってあっさり降伏したのだと理解した。


 そして、今晩の楽しみを想像して思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。


 そんな妄想をしていると連絡兵の声が聞えてきた。


「将軍、報告します。敵は我が軍の降伏勧告を拒否しました」

「なんだと、それは誠か?」

「はい、即答でした」


 タマロは自分がせっかく降伏勧告をしてやったのを突っぱねた相手への怒りで、手に持った木製ジョッキを地面に叩きつけていた。


「お、おのれぇ、唯じゃ済まさんぞ」


 タマロは直ぐに各隊の指揮官とネッシを呼ぶように伝えると、どうやってあの雌エルフにお仕置きしてやろうかという妄想に浸るのだった。


 タマロは集まった指揮官達を前に、敵のゴーレムを破壊すため正面から重装歩兵5百をぶつけることを伝えた。


 元々5千の兵はオーバーキルなのだ。


 重装歩兵で敵のゴーレムを破壊した後は、1匹のエルフを捕まえるだけなので、その役目は騎馬隊に任せる事にした。


 そして他の部隊は今いる場所で待機し、パルラが解放された後で町の治安維持を軽装歩兵隊が行い、逃亡者が居た場合は騎馬隊が捕まえる事を伝えた。


 そしてネッシにも雪辱のチャンスを与えるため、軽装歩兵2百を与えて、南門で戦闘は始まったら北門を攻めさせることにした。

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