第42話 オーバン
豹獣人のオーバンが入れられている檻には、同族の獣人が4人一緒入れられていた。
オーバンは剣闘士として毎日無理やり戦わされ生き延びてきただけだというのに、いつの間にか無敗の戦士と呼ばれていた。
そんな時、近々同じように連戦戦勝のトラバールとのタイトルマッチが組まれているという噂を聞きつけた。
どうやらそいつが俺の最後の相手になるかもしれないな。
これでやっとこの禄でもない人生から解放されるのだと思っていた。
だが、気が付くと檻の外には人の気配が無くなり、食事を運んで貰えなくなっていた。
それから今まで何とか耐えてきたのだがもはや限界だった。
周りを見ても他の仲間はもはや動いていないようだ。
オーバンは何とかここを出る方法は無いかと鍵を弄ってみたりしたのだが、器用なオーバンでも鍵を開けることは出来なかった。
そんな時、突然扉が開き誰かがこちらに歩いてくる足音が聞えてきた。
それは円形になった檻の一つの前で足を止めると扉を破壊して中に入って行き、その中にいた獣人に何かをしているようだったが、直ぐに食べ物の匂いを嗅ぎとってどうやら助けが来たのが分かった。
オーバンは同じ檻の中でぐったりしている獣人達に助けが来たことを告げてやると、他の獣人も最後の気力を振り絞ってその光景を眺めていた。
助けに来てくれた者の姿は、その長い耳からエルフという種族の雌ともう一人は獣人の様だった。
エルフは初めて見る種族だが、その凛とした立ち姿はとても魅力的で思わず見惚れてしまいそうだった。
その姿をずっと追っていると、やがてオーバン達が入れられている檻の前までやって来た。
そして散々苦労しても駄目だった鍵をいとも簡単に壊し中に入ってくると、俺に優しく微笑んでくれたのだ。
その瞬間、自分が汚れで酷い匂いを発している事に気が付きとても恥ずかしくなったが、そのエルフはそんな事は意に介さず水と肉を差し入れてくれたのだ。
久しぶりの食事は、今まで食べた事が無いほど美味しく感じた。
「ありがとうございます。貴女が新しいご主人様なのですか?」
俺がそう尋ねるとエルフは小首を傾げていたが、やがて何かに思いついたのか可笑しそうに微笑みながら答えてくれた。
「私は助けに来ただけですよ」
エルフはそう言うと檻の中に居る他の獣人にも水と食料を配り始めた。
オーバンは食事をとりながら、同房の獣人達に食事を配るエルフの姿をじっと目で追っていた。
それから今まで俺に関わってきた人間共の事を思い返していた。
牧場と言われる場所では、こん棒を持ったガタイの良い人間達が俺を怒鳴りつけ暴力を振るっては、俺に命令をする屑だけだった。
俺は何故命令されなければならないのか、何故両親が居ないのか分からなかった。
だが、命令に反抗すると気を失うまで殴られ食事も抜かれることからいつしか黙って従うようになっていった。
それから俺は従順な下僕のように命令には素直に従うようになっていた。
そこには獣人としての誇りも矜持も何もなかった。
それから暫くして俺は奴隷の首輪を掛けられ、人間の貴族という者に買われていった。
貴族の館はとても大きく驚いたものだが、奴隷の俺は、地下のじめじめした部屋に他の奴隷たちと一緒に入れられ、主人が外出する時に護衛や汚れ仕事をするのを命じられた。
俺は自分で言うのもなんだが、与えられた仕事は完ぺきに熟してきた。
そのため主人からの覚えも良い物とばかり思っていたのだ。
それが一変したのが主人の嫡男が外出した時の事だった。
あの時俺は勝手に町に出て行こうとする嫡男を御止めしたのだが、所詮は奴隷、嫡男が言う事を聞いてくれなければ止めようも無かった。
それから護衛として付いて行きますと申し出たが、それも断られてしまったのだ。
その夜突如主人に呼ばれて急いでいってみると、そこには怪我をした嫡男が居て主人はとてもご立腹だった。
主人は嫡男が外出するのを見ていたのに護衛することもせず放置したというのだ。
俺は驚いて嫡男を見たが、嫡男は俺に罵声を飛ばしていた。
今回の嫡男の怪我は全て俺のせいにされ、俺はその後、集団リンチを受けたのち剣闘士として売られたのだ。
もう二度と誰かのために戦うことは無いと思っていたが、このエルフの為ならもう一度戦いたいという気持ちが膨れ上がってきた。
そういえば主人の子供を護衛していた時、家庭教師が話す御伽噺を聞いた事があったな。
それは人間と魔女の間で発生した戦争で、負けた魔女に獣王ブリアックが味方していたので、それから獣人達は奴隷として虐げられるようになったという内容だった。
その話を聞いた時、オーバンは何故獣王ブリアックが種族の違う雌に味方したのかが分からなかったのだ。
だが、今ならその気持ちが分かる。
そしてそのチャンスが来たのだ。
俺は急いで闘技場まで武器を取りに行くと、トラバールという奴が何か言っていたがそんなものは無視して、自分の最後の願いを叶える事にしたのだ。
ようやく目的の人物を見つけると、直ぐにその前に跪き俺は一世一代の言上を告げた。
「ユニス様、是非私に貴女様の背中を守る権利をお与えください」
そして顔を上げるとそこには驚いて目を見開いた顔があったが、それはやがてとても優しいまなざしに変わっていった。
その顔はとても美しく目を逸らすことも出来ないほどだった。
ああ、俺はこの人の為ならば命を捧げても悔いはない。
ユニス様の手が俺の肩にそっと置かれると、まるでそこから電流が走ったような衝撃を感じていた。
俺は思わずその手を取ると、その甲に口づけをしていた。
この行為は貴族達の間では敬愛を示す行為だというのを思い出すと、これは恐れ多いと感じたので直ぐに手を放し足元に近寄ると隷属の証である足の甲に口づけをした。
それからトラバール達が到着して次々と似たような事を言い出したが、ユニス様からは北門の守備を依頼された。
他の獣人と同じく俺もそれには反論したかったのだが、その顔は負けると思っていない事が読み取れた。
それなら俺の仕事は頼まれた北門を死守することだと理解して、そちらに向かった。
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