第40話 前哨戦
「ドーン」
南の方角から花火が炸裂したような音が鳴り響いた。
それは警戒用に設置していたゴーレムから敵の接近を知らせる合図だった。
どうやらお客さんがやって来たようだ。
俺が娼館を出て南門に向かって歩き出すと、異変に気付いたベインがやって来た。
「ユニス様、敵、ですか?」
「ええ、どうやらやって来たようです」
「私に出来る事はありませんか?」
「そうねえ、それじゃあ、戦闘後の跡片付けでもしてもらいましょうか」
俺がそう言うとベインは驚いた顔をしていたが、それ以上は何も言わず一礼するとそのまま離れていった。
南門に行くと敵はまだ来ていなかったが、暫くすると遠くから蹄が路面を叩く音が聞こえてきた。
そのリズミカルな音はかなりの速度で近づいてきている証拠だった。
騎馬の一団が姿を現すと、こちらの無防備さに罠を警戒したのか一度止まると伏兵を恐れて周囲を警戒していた。
まあ、パルラの南門は大きく開け放ったままだし、門の両側に居るゴーレムも動いていないから唯の置物に見えるだろう。
この世界に諸葛孔明は居ないのだから、空城の計なんて知る由も無いだろうに。
籠城戦も知らない馬鹿か、既に逃げ出してここには居ないと思ってくれるはずだ。
どうやら敵もそう思ってくれたらしく指揮官の号令一下、騎馬兵達が一気に南門に向けて駆け出して来た。
南門まで続く石畳の道路は幅が広く馬が駆けるのに何の障害も無いので、その速度は全力疾走に近いようだ。
そこで敵の指揮官が号令を怒鳴る声が聞えてきた。
「おい、門に一番乗りした奴には酒を奢るぞ」
「「「おおお」」」
その掛け声で更に加速した騎馬兵がゴーレムの警戒範囲に入ってくると、スリープモードだったゴーレムが起動し、警戒の声を上げていた。
あの声は俺が録音したので、それを自分で聞くのはちょっと恥ずかしかった。
「警告、直ちに停止せよ。さもなくば敵として対処します」
まあ、そんな事を言っても止まるはずもなく、これは一応事前に警告しましたよという口実作りなのだ。
ここは現代日本ではないから後で警察による事情聴取も無いだろうが、念の為だ。
そして先頭の騎馬が間合いに入る直前、ゴーレムが両腕を水平に広げたまま上半身をプロペラのように回転させた。
右側のゴーレムは時計回りに、左側のゴーレムは反時計回りに回転しているので、南門に突撃してきた騎馬兵はそのまま外に向けて弾き飛ばされるのだ。
ゴーレムの回転エネルギーと騎馬の運動エネルギーがぶつかり、質量的に優るゴーレムが勝ち、物凄い打撃音と共に騎馬が吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた騎馬は、直ぐ後ろを走っていた騎馬にぶつかり、絡まり合いながら路面に倒れた。
その後ろの騎馬もそれに巻き込まれて次々と衝突していった。
何とか味方との衝突を逃れようと左右に広がった騎馬は、そのままカルトロップを敷き詰めた場所に足を踏み入れた。
そこでカルトロップに蹄を割られた馬が棒立ちとなり、乗っていた騎馬兵が振り落とされていた。
敵の突撃が止むと、そこには人や馬が折り重なって倒れている光景が広がっていた。
敵の騎馬は気絶したように全く動かないか、蹄を割られて起き上がれないようだった。
そして騎乗していた兵達も体を地面に激しく打ち付けて倒れていたが、やがて1人また一人とふらふらになりながらも起き上がった。
馬の嘶きと人のうめき声しか聞こえない時、突然ゴーレムの声が周囲にこだましていた。
「警告、ここを通ることは出来ません。それでも押し通る場合は強硬手段に訴えます。それにより死者が出たとしてもそれは自らの愚行の結果だと諦めてください」
おっと、既にやってしまった後でこの警告は無いな。
後で調整しておこう。
30名の騎馬兵は落馬の衝撃から立ち直ると10列3段の陣形を組み、1列目は手に持った馬上槍を水平に構え、2段はやや前方に向け、3段目は垂直に構えていた。
そして指揮官の号令と共に1段目の兵達が攻撃のため前進を開始すると、それを感知したゴーレムから次の警告が発せられた。
「攻撃の意思を確認。これより殲滅します」
ゴーレムが敵の攻撃に備えて再び回転しだした所に、敵の指揮官が発した号令とともに突き出された馬上槍の穂先がぶつかると、稲刈り機が稲穂を刈り取るように簡単にへし折っていった。
一列目の兵士が武器を無くしてしまうと、直ぐに敵の指揮官から次の号令を叫ぶのが聞えてきた。
「あの金髪女に槍を投げよ」
おっと、どうやらゴーレムを無視して俺を直接攻撃するようだ。
武器を無くした1段目が後方に避難すると、2段目と3段目の20名が一斉に馬上槍を投擲した。
馬上槍は門を守護するゴーレムの頭上を山なりに越えると、俺に向かって落下してきた。
直ぐに「空間障壁」の魔法を発動すると、俺に向けて飛んできた馬上槍は空間障壁にぶつかって弾き飛ばされた。
その光景を見ていた敵兵達は信じられないと言った顔をしていた。
そして武器を無くした敵にこれ以上戦う力は無いので、後はゴーレムのちょっと威嚇してやれば逃げて行くだろうと思い、鐘を1つ鳴らした。
するとそれまでスリープモードだったゴーレムが起動し、丸腰の敵兵を取り囲むような動きをすると、腰が浮いた敵はそのまま逃げ出していた。
それでも敵の指揮官らしき男がこちらを振り返ると、よほど悔しかったのだろう、最後の捨て台詞を吐いていた。
「おい、そこの雌エルフ、俺達は唯の偵察隊だ。この後、5千人の本隊がやって来るぞ。大人しく降伏しろ」
そう言った男は勝ち誇った顔をしていたが、お前は唯の負け犬だからな。
それからどうせなら「覚えてろよ」という悪党の決まり文句を吐いてくれよ。
それでも俺がその言葉に無反応なのが気に入らないのか、顔を真っ赤にして怒っていた。
仕方がないので、こちらも一言言ってやることにした。
「今回は見逃してあげます。ですが、再び姿を現したら敵対的行為と見なして手加減無しで反撃します。死体の山を築きたくなかったら大人しく引き返しなさい」
男は驚いた顔をしていたが、ゴーレムがちょっと威嚇すると直ぐに逃げて行った。
やれやれ、やっとお帰り頂けたようだ。
傍にジゼルが居たらきっと突っ込まれていただろうゴーレムの警告は、なんだか間が抜けた感じなのでオフにしておこう。
そして南門前で倒れている馬を見て、後片付けをしないといけないなと思っていると、ベイン達がやって来てくれた。
ベインは俺が言った言葉を覚えていてくれたようで、後片付けに来てくれたようだ。
後は自分達がしますと言って、嬉々とした表情で後片付けを始めていた。
後で、猫獣人の一人が「久しぶりの新鮮な肉だ」と言っていたのは聞かなかったことにした。
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