第39話 領軍出撃

 コルンバーノ・ブリージの表の顔は、辺境伯領の領都ダラムにおいて領政を担当する執政官だが、裏では政敵を秘密裡に始末する仕事をしていた。


 そんな彼は、パルラから逃げてきた貴族や商人達に今夜の宿を手配するのに忙殺されていた。


 彼らは旦那様の大切なお客様であり、特別待遇をされることが当たり前だと思っている人達なので、その対応は慎重に行わなければならなかった。


 他の貴族とのちょっとした差で、直ぐに冷遇されたと言って文句を言ってくるからだ。


 そして当然ともいうべきか、突然遊興を台無しにされたと言って謝罪と賠償を求めてきたのだ。


 流石に賠償と言われると旦那様に了解を取る必要があるので、公都にいる旦那様に連絡蝶を飛ばしてその指示を仰ぐことになった。


 その内容はダラムに避難してきたお客様の対応についてであり、パルラに関する報告は省かれた。


 旦那様からの指示は、貴族達が満足するように取り計らえという内容だった。


 コルンバーノは自分の不幸を呪いながらも、パルラから逃げてきた貴族達のご機嫌取りと口止めを要請するため、お得意様の嗜好にあった贈り物を贈呈していった。


 おかげで蓄えていた貴重な商品がかなり浪費されてしまい、その損失額を計算して渋い顔になった。


 そしてパルラで何があったかを知るため、事情に詳しいはずの警備責任者のアルベルト・フラーキに連絡蝶を送ろうとしたのだが、用意した連絡蝶は相手に向かって飛んで行かなかった。


 それは相手がこの世に居ない事を示唆していた。


「あの馬鹿が、一体何をやったのだ」


 ようやく事情が分かったのは、パルラから売上金を持って避難してきた各店の支配人とそれを護衛してきた兵士達がダラムに辿り着いてからだった。


 支配人達は不測の事態が発生したら売上金を持って逃げるようにと旦那様から事前に指示されていたから良いとして、護衛のお前達が守るべき町を放棄して逃げてくるとはどういった料簡なのだ。


 コルンバーノは、戦った痕跡も無い綺麗な服を着た兵士達の姿を見て、思わず蹴り飛ばしていた。


 本当はこの場で殺してしまいたかったが、それをしないのは自分よりも不機嫌な旦那様の怒りの矛先を取って置く方が、自分への被害が減るだろうとの計算からだ。


 それでも迅速な対応をしなければ自分が旦那様に叱られてしまうので、何とか気を静めると事情聴取を始めた。


 兵士達の話を纏めると、突然やってきたゴーレム使いのエルフに領主館を乗っ取られたという事だった。


 その時出かけていた警備隊がどうなったのかは不明だそうだ。


 その話を聞くとコルンバーノの忍耐力は限界を超えてしまい、役立たず共を地下牢に閉じ込めておくように命じていた。


 パルラという町は旦那様にとってとても重要な場所だ。


 それを守る努力もせず逃げて来るような馬鹿は、二度と日の目を見る事は無いだろう。


 それに公式上あの場所は、ヴァルツホルム大森林地帯から現れる魔物から公国を守るための要塞となっているのだ。


 そこをあっさり落とされたとあっては、旦那様の権威が失墜する事が分からないのか?


 コルンバーノは、旦那様がどれほどお怒りになるかを想像して背筋が寒くなったが、それでもこの状況を報告しない訳にはいかなかった。


 出来るだけ要領よく事実だけまとめた内容を連絡蝶で報告した。


 旦那様からの指示がまだなのでそれまでは動けなかったが、ようやく届いた命令は、「領軍を差し向けて可及的速やかに原状回復せよ」だった。


 コルンバーノは旦那様の怒りを鎮めるためにも、迅速かつ確実に、旦那様が喜ぶ形で問題を解決する事が必要だと感じていた。


 そこでアベラルド・タマロを呼び出したのだ。


「ブリージ殿、用は何だろうか?」


 アベラルド・タマロは公国軍の全軍指揮を執ったタマロ将軍の3男だ。


 彼は未来を嘱望されていたが、騎士団時代に同僚と酒の席で喧嘩となり相手を殺していた。


 それから国内を流れ、たどり着いたのがこのドーマー辺境伯領だった。


 旦那様はこの男を気に入っているので、この男が手柄を立てれば旦那様の機嫌も少しは良くなるだろう。


「パルラの町で騒動があった。タマロ将軍には領軍5千を率いてパルラでの騒動を収めてきて欲しい」

「ほう、それで相手は何だ? 魔物か?」

「雌エルフだ」

「雌エルフ? それでどれくらいの勢力なんだ?」

「雌エルフ1匹だ。そいつはゴーレム使いで、パルラの防衛隊を壊滅させている」


 アベラルド・タマロは信じられないと言った顔をしていた。


「コルンバーノ殿、俺はたった1匹のエルフを仕留めるのに5千の兵が必要な無能とでも言いたいのか?」

「そうではない。将軍も、パルラは旦那様にとってどれほど重要な場所だか分かっているだろう? 旦那様が可及的速やかにパルラを取り戻せとの仰せなのです、使えるモノは何でも使って旦那様の懸念事項を解消するのです」

「分かったよ。その雌エルフというのは俺の好きにしてもいいのか?」

「ええ、旦那様からは何も指示が出ていませんので、構いませんよ」

「そうかい。そりゃあいいや」



 アベラルド・タマロは、輜重隊の準備が整うのをイライラしながら待っていた。


 ダラムからパルラまではたった8リーグ(徒歩で8時間)の距離だった。


 騎馬や馬車で行けば3時間もかからずにたどり着くのだが、足の遅い重装歩兵が居るので、どうしても途中で野営しなければならないのだ。


 だが、敵にはゴーレムが居るので重装歩兵は必要な兵種だった。


 それが分かってはいても、待つ事や耐える事が嫌いなタマロは、他の事を考える事にした。


 今回預かった5千の兵の内訳は、騎兵5百、重装歩兵5百、軽装歩兵2千5百、弓兵千、工兵と輜重隊が5百だ。


 魔法兵が居ないのは、魔法を弾く盾であるフラムが広く装備されたためで、同伴するのは数名の治癒魔法師だけだった。


 そもそも1匹の雌エルフを仕留めるだけなのに、誰が怪我をするというのだ。


 そこで面白い事を思いついた。

 

「誰か」

「はっ」

「ネッシを呼んで来い」

「了解しました」


 ネッシはタマロが気に入っている男だった。


 元々はタマロが逃げるように騎士団を辞め、国内を流浪して居た頃に襲ってきた盗賊団の1人だった。


 こいつは他の盗賊とは違い腕もたしかで目端の利く男で、タマロと連れの男達をいいカモと思って襲ってきたが、敵わないと分かるとあっさり寝返ったのだ。


 それ以来俺の部下として汚れ仕事を担っていた。


 そっち方面では頼りになる男なのだ。


「ネッシ、お前に騎馬30を預ける。パルラまで強行偵察をして来い。手薄なら南門を確保しておくのだ」


 それを聞いたネッシの目が光ったようだ。


「逃げようとする奴がいたら?」

「殺せ。ドーマー辺境伯は一度口封じをしてから、また新たに奴隷を連れてくるだろう」


 するとネッシは残忍な笑みを浮かべた。


「それは楽しみです。ひょっとすると俺達だけの饗宴かもしれませんね。その雌エルフを捕まえてもいいのでしょうか?」


 タマロはちょっと顔をしかめて見せた。


「おいおい、俺の楽しみを全部奪うなよ」

「ええ、ちゃんと綺麗な状態にしておきますよ」


 ネッシの偵察隊が出発して暫くしてようやく準備が整った本隊がパルラに向けて進軍を開始した。

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