第37話 戦準備1

 闘技場から戻ってくると早速ブルコに事の顛末を話し、闘技場の女性獣人用の服とついでに俺の分も頼むと、案の定代金を請求された。


 そして隷属の首輪を外した事で、剣闘士の獣人達もお尋ね者になってしまったそうだ。


 その責任は全て俺にあると指摘されてしまった。


 オーバンの男らしさについ絆されてしまったが、まあ仕方がない。


 毒を食らわば皿までという諺もあるしな。


 そして娼館の女性が服を持ってきてくれたのだが、俺を見た途端また固まっていた。


 俺は内心で、「おい、そんなに怖がらなくても朝食に取って食ったりしない」と突っ込んでいた。


 ブルコが用意してくれた服は客とのプレイ用だと言っていたのである程度は覚悟していたが、これでもシースルーじゃないだけマシなのだろう。


 試しに試着してみると、メイド服風なのだが、セパレートタイプの上着はノースリーブで胸元が開き臍も丸出しなのだ。


 そしてスカートは丈が短いパニエスカートなので、サーフパンツがスパッツのように見えていた。


 俺が服装を検分していると、ジゼルが手で顔を覆い、ブルコは呆れた顔でこちらを見ていた。


「全くエルフというのは、恥じらいってもんが無いのかい?」


 俺はその言葉にさっと顔が熱くなるのを感じていた。


「何を言ってるんですか。この服を用意したのはブルコさんでしょう」

「私が言っているのは、お前さんが人前で平気で着替えることさね」

「あ」


 拙い、良く中世物なんかで貴族が付き人に着替えを任せているから同性しかいない人前なら問題無いと思ってしまったが、どうやら違ったらしい。


 俺は日本人が標準装備している「笑って誤魔化す」を発動した。


 だってしょうがないだろう。


 まだ、この世界のマナーとか全部把握していなんだから。


 だが、そこで同じように着替えを頼んだジゼルの服が普通なのに気が付いた。


「ちょ、ちょっと待って、どうしてジゼルの着替えは普通なのに、私のはこれなの?」


 俺はそう言ってパニエスカートの裾を摘まんで見せた。


「ジゼルの服はビルギットの私服さね」


 何だと、それでは俺の分もと言ってみたが、何人分も服を寄こせと言えるかと断られてしまった。


 この世界の女性達は殆ど肌が露出しない服装なのを目撃しているので、流石に無いと思いブルコに抗議したのだが、「娼館に普通の服があるとでも?」と言われ、嫌なら裸でいなとまで言われてしまうと、流石にこれ以上の抗議は無理だと気付かされた。


 ま、まあ、闘技場の人達も殆ど裸同然だから問題ないだろう。きっと。


 でも一応は俺の趣味じゃないという事は強調しておいた方がよさそうだな。


 そしてジゼルさん、そんな嬉しそうな顔をして、手に持ったホワイトブリムを俺の頭に付けようとするのは止めてね。


 それから娼館の獣人達が俺に怯える事も何とかしたかった。


「ブルコさん、獣人達が私に怯えているので仲直りと言っては何ですが、この果実を振舞う事で何とか取り持っては貰えませんか?」


 そう言ってテクニカルショーツのポケットから霊木の実を取り出した。


 その時領主館で拾った紙がポケットから零れて床に落ちた。


 ブルコは霊木の実を見た事が無かったのか、なんだか胡散臭そうな目で見ていたが、ジゼルが急に喜びの声を上げたので警戒心を解いてくれたようだ。


「あ、これ、頬っぺたが落ちるほど美味しいんです」

「ほう、そうなのかい。それじゃ、チェチーリアの所に持って行くがいいさね」


 ブルコはそう言ってから床に落ちた紙を拾い、それを読んでいた。


「何だい、お前さん、既に賞金首じゃないか」

「それには何て書いてあるんです?」

「大森林の悪魔と呼ばれる金髪のエルフ、豊満な肉体が特徴、討伐報酬百万ルシア、カルメ冒険者ギルド。カルメというのは東隣のバルギット帝国の北部にある町さね」


 それを聞いて最初に近づいたあの町だというのが直ぐに分かった。


 俺の事を「最悪の魔女」と呼んでいたはずだが、いつの間に「大森林の悪魔」になったのだろう?


 だが、これではっきりしたのは、そのバルギット帝国と言う場所には行かない方が良いという事だ。


 それから食堂に行くと、娼館の娼婦達が勢ぞろいしていた。


 そこで俺は闘技場で言ったのと同じ提案を娼婦達に行った。


 それを聞いた娼婦達は一斉にブルコの方を見ていた。


 どうやら、女主人の命令が重要らしい。


 そしてブルコは隷属の首輪を外して、引き続き娼館で働くように命じると皆それに従うようだ。


 隷属の首輪を外した後で、俺が提供した霊木の実を食べた娼婦達は皆とてもいい笑顔になっていた。


 するとその中から一人の獣人女性が俺の元にやって来たのだ。


 どうしたのだろうと思っていると俺に一礼してきた。


「私はビルギットと言います。それでは失礼します」


 そう言うといきなり平手で俺の頬を張ったのだ。


 そこで俺が考えたのは、魔力障壁は攻撃を無効化するのに、こういった人体には全く影響の無い、叩くとか掴むという行為には全く防御機能が働かないのは何故なのだろうという事だった。


 目の前の獣人女性の瞳は俺をしっかりと見据えていたが、その体は小刻みに震えていた。


 どうやら俺に恐怖しているようだ。


「こ、これは広場で犠牲になった仲間達の恨みよ」


 ああ、そうか。


 ブルコもあの広場には娼館の女性も居たと言っていたな。


 彼女達からすれば嫌々命令に従ったのにその結果がアレだったのだ。


 これは仕方がない事だろう。


 俺は座っていた椅子から立ち上がり、周りの従業員達を見回してからペコリと頭を下げた。


「犠牲になった方にはすまないと思っています。ですが、皆さんはこれで自由意思を取り戻しました。これからは賢明な行動をする事を願っています。そうすれば私も嫌な事をしないで済みますから」


 俺がそう言うと皆青い顔をしていたが、理解してもらえたと思いたい。


 俺はこれからドーマー辺境伯と一戦交えるので、弱みを見せる訳にはいかないのだ。


 従業員達を解散させた後で、ブルコの部屋に寄らせてもらいドーマー辺境伯の情報を教えて貰う事にした。


 その時、ブルコからよくビルギットに手を出さなかったねと感心された。


 娼館の獣人達は俺に怯えていたので、俺が怖くないのだという事を知らしめるためあのような行動に出たようだ。


 ビルギットはまとめ役をしているので、彼女の言う事なら皆信用するんだとか。


 これで獣人達が俺を怖がらなくなってくれるのなら、平手打ちされたのも安いものだ。


 それから辺境伯という爵位は、ロヴァル公国では外敵からの脅威に迅速に対応するため、現代で言う所の自治領と同じ権限を持っているらしい。


 そのため、パルラに兵を差し向けるのもそれ程時間がかからないそうだ。


 そして辺境伯の兵力は1万を超えるが、今回は領都ダラム周辺の兵で集めて来るだろうからおおよそ5千だろうとのことだった。


 全くたった一人に大げさな事で。


 兵種は騎馬、弓、重装歩兵、軽装歩兵、城攻兵器やバリスタ等を扱う工兵と言う事だった。


 打ち合わせの後で闘技場に着替えを持って行くと、想定通り獣人女性達からは白い目で見られたが、俺も同じ服を着ているので何も言っては来なかった。


 それから檻の中で生活させる訳にも行かないので娼館に連れてくることにした。


 そしてニヤニヤ顔のブルコから宿泊代をたっぷりふんだくられたが、領主館で見つけた大量の金貨があったので問題は無いだろう。

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