第35話 闘技場の獣人達1

 闘技場は周囲を高い壁で囲われ入口の門は固く閉じていて、開けてもらおうにも人の気配は全くなかった。


 念のため魔力感知で周囲を調べてみたが、反応が無いので本当に皆逃げてしまったようだ。


 仕方なくゴーレムに命じて門を強引に開けさせて中に入ると、広大な敷地の先に大きな建物があった。


 無人の敷地を通り抜け建物の入口に到着すると、そこには施設の案内図があった。


 闘技場は五角形のペンタゴンのような形になっていた。


 闘技場と言うのだから俺はてっきりローマのコロッセオをイメージしていたが、その想像は見事に裏切られた。


 五角形は入口と受付がある正面が「一の角」と言う名称で、そこから時計回りに「二の角」から「五の角」まであった。


「二の角」は各剣闘士や泥レスラーのスペックやオッズを掲示する情報コーナー、「三の角」が泥レスリングの会場、「四の角」にはメイン会場や泥レスの会場を映したスクリーンが何面も設置されており、客は観戦しながら客同士で交友や密談が出来るようになっていた。


 そして、最後の「五の角」は食事が出来るレストラン街になっていた。


 剣闘士達が戦うメイン会場は、五角形の建物の中心部分の中庭を掘って作られており、周囲には観戦のための階段状のスペースも設けられていた。


 流石に公の案内板には、獣人達が閉じ込められている地下施設の記載は無いが、メイン会場には地下からせり上がって来るエレベータが2ヶ所設けられてあった。


 最悪、あそこから地下施設に侵入することになると考えていたが、幸いにも従業員用区画に作業スペースを示す見取り図があり、それによると三の角の外側に地下への搬入口があった。


 搬入口は、建物側からは小高い丘にしか見えないように偽装され、反対側から来ないと分からないようになっていた。


 俺達は搬入口の鉄製の扉を見ていた。


 考え無しに扉を開けて、中に居る魔物等が飛び出して来て襲われるかもしれないのだ。


 俺とジゼルは戦闘用ゴーレムが扉を開けている間、運搬用ゴーレムの上に乗って不測の事態に備える事にした。


 施錠された扉をゴーレムが力まかせに引っ張ると、最初は変化が無かったが、やがて扉が圧力に屈して悲鳴を上げ始めると、最後には断末魔のような音を立ててぐにゃりと変形した。


 扉が開いても中から何も飛び出してこなかったので、運搬用ゴーレムから降りて中を覗いてみた。


 そこは真っ暗な空間があるだけだったが、微かに饐えた匂いがした。


 暗闇の中を暗視すると、そこは緩やかな下りスロープになっていて、その先にはまた扉があるようだ。


 俺は再びジゼルのオッドアイになった瞳を見て、暗闇が見えているのか判別しようとしたが、僅かに怖がっているようなそぶりが見えたので、明かりを灯すことにした。


 誰だって暗闇には嫌なイメージが湧くのだ。


 態々暗闇を進むよりは、こうやって明るくした方が気分的にも良くなるのだ。


 スロープの先にある扉は施錠されていなかった。


 そのまま中に入ると、俺の鼻腔に強烈な匂いが襲いかかってきた。


 思わず顔を背けたまま、生活魔法にある「浄化」を何度も繰り返し発動させていたが、やはり元を断たなければ駄目だという事に気付くと、諦めて口で呼吸することにした。


 ジゼルも辛いようで涙目になっていたが、身振りで大丈夫だと伝えてきた。


 扉の中は円形の空間が広がり、中央には太い柱とその周りに腰掛けがあった。


 そして壁側には沢山の檻が並んでいた。


 そしてどの檻の中にも、床に倒れたり、壁に体を預けたまま動かない獣人達が入れられていた。


 最初の檻に目をやると、そこには獅子のような鬣のある獣人が一人入っていて、頭を垂れたまま動く気配が無かった。


 それはゴーレムに檻の鍵を破壊させても同じだった。


 獣人の傍に膝を付き、俺が項垂れた頭髪を掴み上を向かせると、反動で開いた口に中にジゼルが少量の水を含ませていた。


 すると今まで死んだように動かなかった獣人が突然動き出すと、ジゼルの手からコップを奪い取り、中の水をうまそうに飲み干した。


 これなら直ぐにでも回復するだろうと俺がジゼルに頷くと、ジゼルは運搬用ゴーレムの荷台から肉を取り獣人に差し出した。


 獅子獣人は差し出された肉を掴むと、夢中になって噛みついた。


 空腹以外に異常が見えなかったので、浄化の魔法で体を清めると次の檻に向かうため立ち上がった。


 すると獅子獣人は食べる動作を止め、俺とジゼルに頭を下げてきた。


「どこの誰だか知らないが礼を言う。俺はトラバールだ」

「私はユニスと言います。こちらはジゼル。それからこの状況を招いたのは私ですから礼は不要ですよ」

「どういう意味だ?」

「私がこの町からドーマー辺境伯の手下を追い出しました」


 俺がそう言うと獅子獣人は目を大きく見開き口をあんぐりと開けていたが、次の瞬間には豪快に笑っていた。


 まあ、迷惑をかけられた方が笑っているのだから良しとしよう。


 檻の中の獣人達に水と食料を配り浄化をして最後の檻から出てくると、生気が戻った37名の獣人達が檻から出てじっと俺達の事を見ていた。


 その中で最初に助けたトラバールと名乗った獅子獣人が立ち上がると、俺に質問をぶつけてきた。


「ユニス殿が俺達の新しい飼い主なのか?」

「違います。私は貴方達が檻の中で餓死しそうだと聞いたので助けに来ただけです」

「だが、この町からドーマー辺境伯の手下を追い出したのはユニス殿だろう?」

「ええ、それは事実です」


 トラバールが困ったような顔をしていると、横から豹に似た顔をした男がその後を継いで俺に質問してきた。


「ユニス様、私はオーバンと言います。助けて頂いてありがとうございます」


 俺が礼はいらないともう一度言うと、オーバンはその先を続けた。


「私の知識では、ドーマー辺境伯はなにより侮られるのが嫌いな方だと聞いています。それにこの町はドーマー辺境伯の大切な資金源となっております。遠からず大軍を持って奪還にやって来るはずです。ユニス様は直ぐにでもここを立ち去るのでしょうか?」


 ほう、このオーバンという獣人はなかなか賢いではないか。


 それならこの先の事を教えてあげてもいいかもしれない。


 だが、今はそれよりもまだ助けなければならない人達が残っているのだ。


「オーバンさん、まだ救わなければならない人達がいます。その質問には全員がそろった後で答えることでよろしいですか?」


 それを聞いたオーバンは直ぐに自分のミスに気が付いたようだ。


「自分の事ばかりで申し訳ございませんでした」

「いいえ、いいのです」


 俺はそう言うとまた、魔力感知に反応のある方向を見るとそこは扉があり、鍵がかかっていた。


 俺はゴーレムに命令して扉を破壊すると、その先に進んで行った。


 そこも先ほどの部屋と同じような作りになっていたが、広さは先程の物よりも小ぶりだった。


 檻の中には獣人の女性達が居て状況は同じだったが、問題は彼女達が皆裸だった点だ。


 まあ俺の外見は女なので問題ないかと中に入ろうとするとジゼルに止められた。


「ユニスはここで待っていて、水と食料は私が配るわね」


 急にどうしたのだろうかと思っているが、ジゼルに迫力に押されて俺はこの場で見守る事にした。


 だが、このままでは外に出せないのも確かなので、戦闘用ゴーレムを護衛に付けて、後で服を調達することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る