第34話 闘技場へ

 町を制圧した俺はジゼルが待つ娼館に戻って来ていた。


 ベッド脇に座りジゼルの手を握っていると、瞼が僅かに動くのが見えた。


 そしてゆっくり瞼が開くとそこには見た事があるアメジストの瞳ではなく、右目は橙色になっていた。


 ジゼルの体が急に大人になった事と関係があるのだろうか?


 そしてその唇が開き言葉が漏れた。


「ユニス・・・」


 問題は次に続く言葉だ。


 あれだけの事があったのだから、俺の事を拒否する言葉でもおかしくないのだ。


 だがそれは杞憂に終わった。


「また会えた」


 そう言うとジゼルは上体を起こすと俺に抱き着いてきたのだ。


 俺はジゼルの背中に腕を回ししっかり抱き締めると、救出に行って本当に良かったと思った。


 そしてテクニカルショーツのポケットの膨らみに気が付いたようだ。


 くんくんと匂いを嗅ぎながら、俺に教えて欲しそうな眼差しを向けてきた。


「なんだかいい匂い、これは何?」


 俺はポケットの中から、保存の大葉に包まれた霊木の実を取り出してジゼルに渡した。


「ジゼルに食べて貰おうと思って採って来たんだ。食べてみて」


 俺がそう言うとジゼルはガブリと霊木の実を一口食べると、口の中で咀嚼しながらその顔はとても素晴らしい笑顔に変化していった。


 俺もその顔が見たかったので、とても嬉しい気分になった。


 すると俺達だけの世界に分け入って来る声が聞えてきた。

 

「やれやれ、ジゼルは覚醒したようだね。それでこれからどうするさね?」


 その声を発したのはバンビーナ・ブルコだった。


 ブルコの話によると、辺境伯は魔眼が開眼したジゼルを絶対手放さないだろうし、この町は重要だから直ぐに奪回の兵がやって来るそうだ。


 最悪、ジゼルを連れて森林地帯へ逃げる事を考えていたが、ブルコがそれを許さなかった。


「お前さんが原因を作ったのに、この町を見捨てて逃げるのかい?」

「見捨てるも何も、私が居なくなれば元通りではないのですか?」


 するとブルコは首を左右に振って、頭の悪い子供に道理を説くように話し始めた。


 それによると、今回の騒動でパルラに居た客が皆逃げてしまったため、ドーマー辺境伯が受けた損失は膨大な額になるそうだ。


 それだけの事をした俺には、手足を切断して八つ裂きにするくらいの報復を与えないと腹の虫が収まらないだろうとのこと。


 そして怒りの対象が姿をくらませたとしたら、腹いせとしてパルラに居る獣人を一人ずつ処刑するくらい平気でするだろうと。


 ドーマー辺境伯をここまで怒らせておいて、1人だけ安全なところに逃げるのかと言われてしまうと、流石に勝手に出て行く訳にもいかなくなってしまった。


「では、どうしろと?」

「お前さんは、ジゼルが住めるこの町を死守しなければならないという事さね」


 どうやら俺はこの町に関わってしまったため、もう逃げられないらしい。


 それなら全力でジゼルの住む場所を守るだけだ。


「ところで、この町から辺境伯様の勢力が一掃されたのは本当かい?」

「ええ、追い出しましたよ」

「そうすると闘技場は大変な事になっていそうさね」

「闘技場?」


 俺はいきなり話題を変えたブルコの真意が分からずオウム返しに聞き返すと、ブルコが説明をしてくれた。


「ああ、フラーキの奴に聞いたんだが、闘技場では剣闘とか泥レスリングとかいう見世物をやるため獣人奴隷が檻に入れられているんだよ。皆逃げたんなら檻の中の連中は餓死しているかもしれないさね」


 俺は初めて聞く事実に驚いていた。


 それって俺のせいってことなのか。


 俺は今まで座っていた椅子から勢いよく立ち上がると、手を握っていたジゼルが驚いて手を離した。


 俺はジゼルに脅かしたことを詫びると、バンビーナ・ブルコに顔を寄せていた。


 ブルコもいきなり迫ってきた俺に若干引いているようだ。


「闘技場の獣人ってどれくらいいるのですか?」

「さ、さあねえ、あそこはあたしの管轄じゃないからね。多分4、50人じゃないのかい?」


 俺はそれを聞いて慌てて席を立つと食堂に走っていた。


 後ろからはジゼル達が追いかけて来ているのが足音で分かった。


 厨房では、女性の料理人が夕食の仕込みをしている所だった。


「すみません。急いで50人分の肉を用意してもらえませんか?」


 俺がいきなりそう言ったものだから料理人は一瞬驚いていたが、直ぐに首を横に振った。


「貴女は誰? そんな事いきなり言われてもこちらにも予算と言う物があるんだよ」


 おっと、やっぱり無理か、だが、このままでは餓死する人達がでてしまうのだ。


 すると後を追ってやってきたブルコが口利きしてくれた。


 だが、チェチーリアと呼ばれた料理人は首を横に振って抵抗していた。


「ブルコ様、アディノルフィ商会が逃げ出してしまったので、食料の仕入れが止まっています。今は倉庫に保管してある分で何とか賄っていますが、それもあまり長くは持ちません。予定外の出費は困るのですが」


 そのあまりの勢いに押されて、思わず後ろにじりじりと後退してしまった。


 知らなかった。


 料理人ってこんなに迫力があるものなのか?


 だが、ここで引き下がると闘技場の獣人が餓死してしまうのだ。


「そこを何とかお願いします。今にも餓死しそうな人達が居るんです」

「チェチーリア、いいから用意してやりな。きっとそこの雌エルフが何倍にもして返してくれるさね」


 え、ブルコさん、もしかしてまだ俺の事娼婦にしたいとか言うんじゃないだろうな?


「はぁ、分かりました」


 そう言うとチェチーリアさんは早速食料の準備に取り掛かってくれた。


 俺は食堂の入口に居るバンビーナ・ブルコに頭を下げた。


「ブルコさん、ありがとうございます」

「ありがとうお母様」


 後ろに居たジゼルもブルコにお礼を言ったようだが、お母様って何だ?


 俺は細めた目でブルコを見た。


 するとブルコはそれに気が付いたようで、少し恥ずかしそうな顔をしていた。


「何だい。何か言いたい事でもあるのかい? まあ、お前さんの持ち金が底を付けばすぐにでも娼婦にしてあげるよ。そうしたらお前さんにもそう呼ばせてあげるさね」


 どうしても俺の事を娼婦にしたいらしい。


 困ったお人だ。


 チェチーリアさんは手早く50人前の肉を用意してくれたが、流石に凄い量だ。


 それに水も用意するとかなりの重さになった。


 そこで運搬用のゴーレムを作成すると、その籠の中に収納した。


 そしてブルコとチェチーリアさんに礼を言ってから闘技場に向かった。


 俺とジゼルは運搬用ゴーレムに同乗していて、その後方にはジゼルを守るように命令していたゴーレムが付き従っていた。


 何だか町中を遊覧しているようにも見えるが、これでもれっきとしたレスキュー隊なのだ。


 獣人達は闘技場で剣闘士として戦っているが、それ以外の時は地下にある檻の中に入れられているらしい。


 そして世話をする人間が居なくなったら、檻の中の獣人は食事もとれずそのまま放置されている可能性が高いそうだ。


 やれやれ、俺の短慮で色々な所に迷惑をかけてしまったようだ。

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