第33話 取り残された人々2

 パメラ・アリブランディは、領主館で雇われているメイドだ。


 今日は、先日取り逃がしたエルフの逃亡を助けた犯人が処刑されるらしく、館の護衛達が誰も居なかった。


 旦那様が不在で、護衛達も居ないとなると仕事にも余裕があるので、厨房でちょっとしたお菓子を作り暇なメイド達とお茶を楽しんでいた。


 そんなまったりとした昼下がりが、突然慌ただしくなったのだ。


 厨房から様子を窺うと、外に出ていた護衛達が何かを叫びながら扉を補強し武器を用意しているのだ。


 すると外から轟音が響き、それから誰かがここから出ていけと言っている声が聞えてきた。


 パメラは嫌な予感を覚え、状況が分からずオロオロしているメイド達を連れて1階のメイド部屋に避難した。


 予感は当たり、物凄い衝撃と轟音と共に1階の扉が破壊されたのだ。


 仲間のメイドは悲鳴を上げてベッドに潜り込んでいたが、パメラは扉に耳を当てて戦いの状況を観察していた。


 やがて護衛達の悲鳴が一方的に聞えて来ると、直ぐに静かになっていた。


 それから侵入者があちこち調べている音を聞えてきたので、メイド部屋からこっそり様子を窺うと、数体のゴーレムを従えるエルフの姿があった。


 パメラも訓練によって相手の強さをある程度は判断出来るのだが、その必要も無い程、そいつはヤバイ存在に見えた。


 その姿を見てメイド部屋に来たらあっさり降伏するつもりだったが、襲撃者はひと通り館内を捜索し、地下から金貨や酒を運び出すとそのまま帰っていった。


 敵の気配が消えてからメイド部屋を出て館の状態を調べてみると、破壊された館にはそこら中に死体が転がっていた。


 とてもじゃないがこんな場所には居られないので、パメラは泣き崩れて床にへたりこんでいるメイド達を連れて館から逃げることにした。


 パメラが目指しているのは七色の孔雀亭だ。


 食料があり、安心して眠れる場所となるとどうしても限られるのだ。


 あいつは無力なメイドは襲わないだろうと踏んで態と堂々と道を歩いていたが、その姿はとても場違いで目立っていたため、置き去りにされてどうしてよいか分からない人達が私達の後を付いて来ていた。


 合流した人達の中に賭場の従業員も居て、客達が皆逃げた事を教えてくれた。


 そんな彼にこれから七色の孔雀亭に避難するつもりであることを話すと、彼もそれに同意した。


 そして私達は、七色の孔雀亭に到着する頃には20人位に膨れ上がっていた。


 幸いにも七色の孔雀亭では、直ぐに宿の従業員が出迎えてくれた。



 パメラは七色の孔雀亭の食堂で、集まってきた人達を眺めていた。


 みな働いている職場からそのまま避難してきたようで、着ている制服でどの店の従業員か直ぐに見分けがついた。


 ここに居るのは料理人、店舗販売員、商会の従業員それと賭場の関係者だったが、その中に支配人等の管理する側の人間は一人も居なかった。


 避難してきた人はこれからどうして良いか分からず不安そうな顔をしていて、その視線が私に集中しているのが分かった。


 この中で領主に近い存在が私達領主館にいた3人のメイドなのだから、これは仕方なかった。


 パメラは座っていた椅子から立ち上がると、自分が考えている事を皆に話すことにした。


「皆さん、この町で何が起こっているのか分からない方もいるでしょうから、私が分かる範囲でお伝えします。補足がある方はその後で情報提供をお願いします」


 パメラはそう言うと後ろに腰掛けている賭場の会計士だと言ったピアッジョ・アマディと名乗った男を見た。


 補足があれば彼が話してくれるだろう。


「私は領主館で働いているパメラ・アリブランディです。領主館は、金髪のエルフに襲撃されました。護衛達は勇敢にもこのエルフに戦いを挑みましたが、皆返り討ちに合いました」


 そこで言葉を切ると、周りからはどよめきの声が起こった。


 パメラが会場を見回すと、みな顔を青くして震えていた。


 恐らくこれから起こるだろうエルフによる虐殺を恐れていることは一目瞭然だった。


 するとピアッジョ・アマディが立ち上がり、私を見たので一つ頷くと彼が話し始めた。


「俺は賭場で会計係をしているピアッジョ・アマディだ。賭場には兵士がやって来て客達に亜人の殺人鬼が現れた事と、一部の獣人の反乱があったと言って急いでここから脱出するようにと叫んでいた。それを聞いた客は当然として、賭場の支配人まで逃げ出した」


 ピアッジョがそう言うと、周りからは再びどよめきが起こった。


 恐らくは他の店でも支配人が皆逃げたのだろう。


 これで自分達が、自分の判断で生き残らなければならないという事実を受け入れてくれるだろう。


 パメラは館から七色の孔雀亭に来るまでに獣人を見ていないので、それを他の人達に確かめてみることにした。


「誰か獣人を見た人は居ますか?」


 するとどこかの店のコックが立ち上がった。


「俺が働いている店には獣人の給仕がいるんだが、昼に行われた公開処刑に強制的に参加させられて、それから戻ってきていない」


 他の者達も誰も見ていないと言っていた。


 これでは首輪が外れて反乱したのかどうかが分からなかった。


 すると他の男が立ち上がった。


「娼館には人間種の娼婦もいるはずだが、ここには居ないのか?」


 パメラは周りを見回したが、それらしい服装の女性は居なかった。


 すると先ほどの黒服が提案してきた。


「誰か娼館に様子を見に行かせた方が良いんじゃないか?」


 だがその提案には、直ぐに否定的な回答が返ってきた。


「あそこは獣人が多い場所だ。既に獣人に殺されているに違いない。行っても無駄だよ」


 するとそれに賛同する声が多数あがったため、先ほどの男性はこれ以上主張しなかった。


 誰も獣人が待ち伏せしていると思われる場所に、のこのこ行きたくはないだろう。


 パメラは領軍が奪還するまでの時間稼ぎが目的だったので、先にこの宿を補強しておくことを提案した。


「ドーマー辺境伯様がこの町を手放すはずがありません。直ぐに大軍を率いて反乱の鎮圧にやって来るでしょう。私達はそれまでの間生き延びるのです。それにはこの宿を要塞化して殺人鬼が入って来れないようにするのです」


 すると周りの人達はやる事が出来た安堵と救援がくるという希望で、強張っていた顔が次第に緩んできたようだ。


「そうだ、直ぐに辺境伯様が助けに来てくれる。殺人鬼なんか恐れることはない」

「奴らの侵入を阻むため急いで補強するんだ」


 パメラは何とか時間稼ぎが出来そうだと安心すると、この状況を自分の上司に知らせるため急いで連絡蝶の準備を始めた。


 連絡蝶とは魔力が蝶の形に具現化した物だが、相手が何処に居ても魔力を感知して飛んでくので、連絡を取るには非常に使い勝手が良かった。


 パメラは皆が作業に忙しくこちらに注意を向けていないのを確かめてから、この状況を相手に伝えるためそっと連絡蝶を空に放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る