第30話 娼館の女主人
大人の体に成長したジゼルは、まだ意識を取り戻さなかった。
俺はジゼルを守るためゴーレムを作ると、ジゼルをお姫様抱っこさせた。
空を飛んで娼館まで行けば簡単だが、翼竜やら丸太やらで攻撃された嫌な思い出があったので、魔力感知で周囲を警戒しながら地上を移動することにした。
広場は黄色魔法で一掃したので敵の反応は無いが、ここから娼館までの道すがら植え込みに隠れた狙撃者がいる可能性もあるのだ。
広場から娼館までは広い道が続いており、道の両側には目隠し用の植え込みが続き、こちらを狙う狙撃手に隠れる場所を提供していた。
だが魔力感知は優秀で、目に見えなくてもそこに狙撃手が居る事を教えてくれた。
魔力感知に反応があった場所に向けて水弾を打ち込むと、直ぐに男の悲鳴が聞えてきた。
時折、先手を取られて木陰から矢や魔法弾が飛んでくるが、それは魔力障壁で簡単に防ぐことが出来た。
ジゼルもゴーレムが身を挺して守っているので問題はなさそうだ。
俺達が道を歩いていると時折、豪華な装飾を施した馬車が全速力で走り抜けていったが、馭者は何かに追い立てられるように必死な形相で馬を操り、こちらには目もくれなかった。
娼館の入口に到着すると、扉の両側と上にこの館の娼婦と思しき女性がとても煽情的な姿で、男に媚びを売るような眼差しを向けていた。
娼館から飛び出した時は気づかなかったが、ここはこのような看板が堂々と掲示されていても問題にはならないようだ。
春画のようなデザインの下には、娼婦の名前と人気の順位が書かれていた。
俺を狙う捕縛隊がやって来る可能性もあったので、2体のゴーレムを作成して入口を警備させた。
「すみませーん。どなたか居ませんかあー」
玄関から中に入り声を掛けてみると、廊下の奥の方からくぐもった声が聞えてきた。
「はーい、ただいまぁー」
奥の方からぱたぱたという足音が聞えてきたのでそちらを見ると、店の入口から奥に向けて床が水で濡れているのに気が付いた。
それはまるで、いたずらっ子がずぶ濡れのまま中に入ったような感じだった。
ようやく出てきた人は慌てて服を着たような感じでやや着崩れていたが、俺と目が合うとその笑顔が引き攣ったまま固まっていた。
動かなくなった女性の頭上には獣耳があり、尻尾はピンと上向きに立ったまま固まると毛が逆立っていた。
「あのう」
俺が声を掛けると、その女性は「ひっ」と小さな声を上げ、そのままじりじりと後ずさりしていた。
「い、いらっしゃいませ・・・、い、今、ぶ、ブルコ様を呼んできますぅー」
そこまで言うとそのまま踵を返すと、脱兎のごとく逃げ出していた。
俺はそのまま茫然と立ち尽くしていると、やがて見た事があるふくよかな女性がやってきた。
「全く化け物に殺されるって逃げ込んできたから、何事かと思ったらまたお前さんか。うちの従業員を怖がらせるんじゃないよ」
そう言って呆れているようだったが、どうして初対面でいきなり殺人鬼と思われなければならないのかさっぱり分からなかった。
そこで後ろを振り返りゴーレムを見上げてみたが、特に怖そうな顔でもないのを確かめていた。
「怖がらせているのはその人形じゃなくて、あんたさね」
え、俺が怖がられている?
そして水浸しの床。
という事は、大瀑布から生き延びた屑が居るという事か。
「それを知っているという事は、ジゼルに石を投げて殺そうとした輩が居るという事ですね」
俺が避難がましくそう言うと、婦人は「はあ」とため息を漏らすと首を横に振っていた。
「店の子達は、隷属の首輪に逆らえないさね。アルベルト・フラーキに石を投げろと命令されたら逆らえないんだ。許しておやり」
そう言う事だったのか。
多少やり過ぎたきらいはあるが、これはやむを得ない事だったのだ。
「そうですか。ですが、私は謝ったりしませんよ」
「まあ、お前さんからしたらそうだろうさね」
「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私はユニスと言います。貴女も何とか伯とやらの手下なのか?」
「ああ、そうさ、あたしはバンビーナ・ブルコ。ドーマー辺境伯様に雇われてここで娼館の管理運営を行っているさね」
やはりこいつも敵の一味か、だが、その割に扱いがやさしいよな。
「ジゼルにひどい目に遭わせるような連中の仲間にしては、従業員とかいう獣人にやけにやさしいじゃないか?」
「当然さね。あたしの役目はこの館に遊びに来る客に満足してもらう事と、ドーマー辺境伯様へ利益を献上することなんだ。そのための道具を大切にするのは当然さね」
成程、最もな答えだ。
だからと言って、ジゼルを殺そうとした連中の仲間には違いないので、警戒はしておいた方がよさそうだ。
「ジゼルが目を覚まさないのです。休める場所と服を貰えませんか?」
俺がそう言うとブルコは、ゴーレムがお姫様抱っこしているジゼルに目を向けた。
「これは驚いた。覚醒してるじゃないか。でも、一体どうやって?」
覚醒? それとジゼルがいきなり成長した事と何か関係があるのか?
「救命中に突然成長したのです。ジゼルが目覚めない事と何か関係があるのですか?」
「良くは知らないが、狐獣人が大人になるには覚醒する必要があるさね。恐らくはその反動だろうね」
「成程ねえ。それじゃ目覚めるまで安静にさせてあげたいので、部屋を貸してもらえますか? それと着替えも」
「部屋は一泊5千ルシア、服は2千ルシアさね」
千ルシアとは大銀貨1枚のようで、それを7枚も要求されていた。
「え、お金取るの?」
「私は商売人だよ。無料で提供する物なんてないも無いさね。それよりもお前さん、ジゼルの隷属の首輪を外したのかい?」
そうだった、ジゼルが急激な成長を始めた事により隷属の首輪が締まり窒息しかかっていたので、慌てて首輪を外したのだ。
「ええ、やむを得えずの措置でした。それが何か?」
「あれはドーマー辺境伯様の持ち物であることを示すタグでもあったんだよ。それを解除したとなると、あんたは他人の財産を奪った犯罪者になったという事さね」
俺はじっとブルコの顔を見つめていた。
そこには敵意は無かったが、好意も無かった。
「私を捕まえると?」
俺がそう聞くと、ブルコは首を横に振っていた。
「それはアルベルト・フラーキの仕事さ。直ぐにでも領軍を率いて、お前さんを捕まえに来るさね」
ジゼルが目覚めるまで出来るだけ安静にしてやりたかったので、ここでの荒事は避けたかった。
なら、結論は一つだ。
「それでは、こちらから出向いてやりましょう」
俺はテクニカルショーツのポケットの中から魔宝石を取り出してブルコに渡した。
「これで宿泊費とジゼルの着替えを頼みます」
ブルコは受け取った魔宝石に光に当てて本物かどうか調べた後で、俺の胸を掴んできた。
「きゃっ」
俺が思わず情けない声を出してしまうと、ブルコは満足そうな顔をしていた。
「へえ、あんたの胸は本物かい。言動があまりにもかっこよかったから男かと思ったさね」
あんた鋭いよ。
俺は胸を摩りながら、どうしてこの保護外装は掴まれた痛みをそのまま俺に伝えてくるのか不思議に思いながらも、女主人に念を押した。
「ちょっと、代金を受け取ったんだからちゃんと部屋を用意しなさいよね。騙したら後で酷い目に遭わすわよ」
「ちゃんと用意するさね。でも、残念だね。お前さんなら直ぐにでもこの店一番人気になれただろうに」
こいつは俺が金を持っていなかったら、本当に娼婦にするつもりだったのか。
全く、油断も隙も無いな。
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