第29話 激怒
俺はパンパンに膨らんだテクニカルショーツのポケットを上から手で叩いてみた。
この中には、ジゼルに贈る霊木の実が保存の大葉に包まれて入っているのだ。
俺はジゼルがこの実を一口食べて、驚く顔から完食した後の嬉しそうな顔まで脳裏で想像することが出来た。
大森林地帯の先にパルラの城壁が見えたあたりで、俺は魔力感知を発動した。
円形の城壁の中にあるパルラの町で人々の反応が中央の広場に沢山現れると、北東側にある娼館には殆ど反応が見られなかった。
おっと、これは誰にも見られずにジゼルに会えるチャンスだ。
俺はこの幸運に感謝しながら城壁を飛び越えると、そのまま娼館の裏手に舞い降りた。
そこからジゼルが扉を開けて顔面をぶつけた扉を懐かしそうに手で触れてか、扉を引き中に向けて声を掛けた。
「ジゼル、居る?」
だが期待は外れて、そこには誰も居なかった。
きっと他の用事で別の場所に行っているのだろうと思い、中に入ると扉を閉めて魔力感知で人の気配を探ってみた。
娼館の中では1つの場所に10程度の反応がある他は、1つだけ単独で存在する反応があった。
きっとそれがジゼルだろうと当たりを付け、その反応がある部屋の前まで移動すると扉を開けて中に声を掛けた。
「ジゼル、そこに居るの?」
だが、現れたのは人間種のふくよかな婦人だった。
その婦人は俺の顔を見ると、一瞬驚いた後で睨みつけてきた。
「お前は・・・」
一瞬で浮かれた気分が萎み冷静になると、気を引き締めて改めて質問してみる事にした。
「失礼しました。ジゼルが何処にいるか教えてもらえませんか?」
するとその婦人は、眉間に皺をよせながら、ドスの効いた声で怒鳴りつけてきた。
「ジゼルは、お前のせいで処刑されたさね」
「え?」
俺の脳は今言われた言葉が理解出来なくて、上手く言葉が出て来なかった。
するとその婦人が、更に畳みかけるように俺を非難していた。
「お前に係わったせいで、あの子は今中央広場で処刑されているんだよ」
そう言って恨み言を言いながら、俺を指さしてきた。
先程魔力感知に現れた中央の人だかりはそれだったのかと理解した俺は、娼館を飛び出していた。
「嘘だ、嘘だ」俺は心の中でそう繰り返しながら、飛行魔法で上空に舞い上がると中央広場を遠見の魔法で覗き見た。
そこには半円形に集まった人たちが、中央の柱に向けて何かを投げている光景が映っていた。
中央の柱には人が括り付けられており、その顔は既に潰されて誰なのか分からなかったが、その頭には獣耳と見覚えのある茶色のちぢれ髪が見えた。
その瞬間かっと頭に血が上り、怒りの感情が沸き上がった。
ジゼルが括り付けられている柱の上空に向かう間、俺の頭の中では屑共をどうやって始末しようかという事しか考えられなかった。
人道主義? そんな言葉は知らん。
事前警告? 屑に掛ける慈悲は無い。
ジゼルの上空に到達した俺は、既に動かなくなっているジゼルがこれ以上傷つかないように空間障壁の魔法で保護すると、石を投げている屑共を睨みつけた。
正面では見覚えのある男が俺に指を突き出しながら何か叫んでいたが、何を言おうが既に処刑することが確定している屑の言う事など聞くつもりは無かった。
そして俺の目の前には、身長よりも大きな黄色の魔法陣が現れた。
それを見た屑共はこれから何が起こるのか悟ったようで、悲鳴を上げながら逃げようとしていた。
だがそんな暇を与えるつもりは無かった。
「大瀑布」
魔法が発動すると俺の前には大量の水が生み出され、全てを押し流す激流となって広場に集まった群衆に襲い掛かった。
その圧倒的な質量に抗える者など存在せず、全ての物や人を押し流し、悲鳴さえも飲み込んでいった。
あの激流の中では屑共が絡まり合い、ぶつかり合いながら命の灯を消している事は想像に難くなかった。
そして水が消えた後は、そこは平日昼間のような誰も居ない広場があるだけだった。
邪魔者が居なくなると、木柱に縛り付けられたジゼルの戒めを解き優しく抱き寄せた。
既にジゼルに意識は無く生きているのか死んでいるのかも分からなかったが、俺はそれでも彼女がまだ生きていると信じていた。
いや、そう信じたかった。
「ジゼル、死なせはしない」
俺はそう自分に言い聞かせると、テクニカルショーツの中から霊木の根を取り出し、ジゼルの首筋に突き刺すと中の薬液を注入した。
だが脈が弱いせいか、回復速度が遅く顔の腫れがなかなか引かなかった。
何か他に方法は無いかと考えていると、不意にダイビンググローブに目が行った。
エナジードレインは相手の魔力を吸収するのだが、逆は行えないのだろうか?
相手に魔力を与えることをイメージしながら、左手に魔力を集めてみた。
何回か失敗した後で、ようやく魔力を放出する感覚が掴めるようになった。
そして願いを込めてジゼルの体に左手を添えると、そのまま魔力を放出してみた。
感覚で俺の中から大量の何かが流出していくような感じがあった。
すると、その行為は効果があったらしく、ジゼルの潰された顔がみるみるうちに元の愛らしい顔に戻っていった。
そして痣だらけでどす黒かった肌も、腫れが引くと元どおりになっていた。
「ジゼル、もう大丈夫よ」
俺はジゼルの顔を覗き込んでいると、ふと、俺のせいでこんな目に遭ったジゼルが俺を避けるのではないかと不安になってきた。
娼館で会ったあの中年女性も、俺のせいだと言っていたのだ。
ジゼルだってそう思っても不思議ではなかった。
気が付いたジゼルが、俺に敵意の籠った目を向けて来たらきっと立ち直れないだろう。
それでも、この世界に来て初めて友達になってくれたこの娘が助かって欲しいのだ。
だが、そこから異変が起こった。
幼いジゼルの姿が、みるみるうちに成長を始めたのだ。
既にボロ切れの様になっていた衣服はちぎれ、大人に成長したジゼルの美しい肢体が露わになっていた。
俺はその裸体につい見惚れてしまったが、直ぐに我に返ると慌てて羽織っていたローブを脱ぐとジゼルの体に巻き付けた。
このままジゼルが起きたら、裸の自分と俺を見比べて要らぬ誤解をするかもしれない。
ここは娼館に戻って、あのふくよかな婦人に服を用意して貰った方がよさそうだ。
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