第28話 共犯者狩り
アルベルト・フラーキは焦っていた。
あれだけの騒ぎを起こしてしまっては、いずれドーマー辺境伯の耳にこの事が伝わってしまうだろう。
そうしたら俺は間違いなく破滅だ。
そうなる前に、どうしても雌エルフを捕まえる必要があった。
そこで気になっていたのは、雌エルフは空を飛べるのに簡単に逃げずに態と見つかるように町中を移動しながら逃げ去った点だ。
これはあたかも何かからこちらの注意を逸らせるための行動に似ていて、十中八九、隠したい物がある場所を指し示していた。
俺を舐めるなよ。
アルベルト・フラーキはパルラの地図を広げて、領主館と目撃情報があったリーズ服飾店に印を付けた。
そこで考え込んだ。
雌エルフを領主館に連れてきたのが昼過ぎで、逃走した後、再び見つけたのが夕刻だった。
牢から脱走して再び見つけるまでに随分時間が経っているのだ。
その間、雌エルフは何をしていた?
人間は小さい頃から最悪の魔女の御伽噺を聞かされるので、亜人を怖がっている。
見かけたら直ぐに通報するだろう。
すると通報をしない可能性があるのは、獣人奴隷くらいだ。
そこで目に付いたのは娼館だった。
そこは目撃地点からも離れており、何より逃走経路からも離れた場所なのだ。
それは逆に言うと意図的にそこを避けたとも考えられた。
きっと何かあるに違いない。
+++++
ジゼルは、ユニスが帰った後もいつも通りの生活を続けていた。
そこで突然、食堂に集まるようにと指示を受けたのだ。
獣人奴隷は命令には忠実に従うように躾られているので、言われた通り食堂に行くとそこには既にジゼルがお姉様達と呼ぶ獣人達が集まっていた。
お姉様達のまとめ役であるビルギットさんと目が合うと、軽く会釈をしてから目立たない場所に向かった。
すると細い目に薄い唇をした線の細い人間の男がやって来た。
この男はこの町の治安全般を任されていて、客との間で何かトラブルが発生すると客の言い分に従って問題を処理するのだ。
彼のいつもの口癖は、「客を不快にさせない」だった。
その顔を見た途端、食堂の空気に緊張が走ったのは仕方がない事だった。
誰もが彼に恐怖を抱いていたのだから。
「この中に雌エルフが逃亡するに手助けをした者が居る。素直に名乗り出ろ」
その酷薄そうな細い目が集まった獣人達を睥睨すると、誰も名乗り出ないのにイラついたのか、手近の獣人に顔を殴りつけていた。
「お前か?」
「ち、違います」
「それなら、誰が手を貸したのか言え」
無茶苦茶だが、彼らの手口は単純だ。
ああやって誰でもいいから痛めつければその内、良心の呵責に耐えられず名乗り出てくるだろうという事だ。
黙っていたら逃げられるかもしれない。
けれど、ジゼルにそんな事が出来る訳もなかった。
ジゼルは一歩前に出ると、じっと男の目を見つめていた。
「私が助けました」
すると男の細い目が見開いて、じっとこちらを見て来ると薄い唇がニヤリと笑っていた。
それから町の奥にある辺境伯様の館にある地下牢まで連行された。
そこで両手を拘束されると、細い目の男は手に鞭を持ったまま質問してきたのだ。
「雌エルフの行き先は何処だ?」
「知りません」
「雌エルフが次にお前に会いに来るのは何時だ?」
「知りません」
「雌エルフを呼び寄せる合図は何だ?」
「ありません」
私の答えが不満だったのだろう、答える度に鞭が飛んできて肩や腕、足に熱い痛みが走った。
尋問は延々と続き、相手が満足する答えを知らない私はその度に打たれていると、その内感覚が麻痺したのか痛みを感じなくなっていた。
気が付くとジゼルは牢屋の中に居た。
長い間暴行を受けていたので、体中がヒリヒリ痛み考える事も難しかった。
ジゼルは物心ついた頃から、同世代の友達はいなかった。
貴族に売られてこの町の娼館に連れて来られてからは、周りには同じ境遇の奴隷が沢山いたがお互いに親しくなることを禁じられていたので、顔見知り以上の関係になる事は無かったのだ。
そんな時ユニスが現れたのだ。
ユニスは外の世界の人間で、私の知らない事を沢山知っていて、そして私の事を初めて友達と呼んでくれたのだ。
それは私にとって、とっても嬉しい出来事だった。
私は処刑されるかもしれないが、それでもユニスを恨んだりしない。
それよりも私が死んだ後、私の事を思い出して懐かしんでくれる相手が出来た事が嬉しかったのだ。
どの位経ったのだろう男達がやってくると首に縄をかけられ、そのまま連行されていった。
連れて行かれた先は広場で、そこには沢山の獣人達が集まっていて皆こちらを見ていたが、その眼には何も感情が浮かんでいなかった。
その横を通り過ぎて中央に行くと、そこには台座と1本の柱が立っていた。
ジゼルは柱の前に立たされると、そこで荒縄で柱に括り付けられた。
自分の人生はここで終わるのだと思うと、今までの短かった人生を振り返っていた。
ジゼルの狭い世界は、薄汚れた石壁の建物と小さな庭だった。
そこで数年過ごした後は、馬車に乗せられ何日も移動して人間達が住まう豪華な屋敷に連れて来られた。
そこでは地下室に入れられ、外に出してもらえなかった。
この町の娼館に連れて来られてからも、娼館の外には出してもらえなかった。
そしてようやく外に出してもらえた。
柱に括り付けられてはいたが、見上げるとそこには青い空があった。
目の細い男が集まった獣人達の方を向いて何か叫ぶと、獣人達は皆しゃがみ込み目の前にある石を拾い再び立ち上がった。
それから目の細い男がこちらに振り向いて目を見開くと私を指さし、大声で叫んでいた。
「投げよ」
集まった獣人達は機械のような動きで一斉に投擲する動作をすると、私に向かって石が飛んでくるのが見えた。
その石は顔や胸、腹と体中に当たり、石が当たる度に鈍い音と痛みが走った。
最初は体に当たる石の傷みがあったが、それも次第に麻痺してくると、意識が朦朧となり、やがて途切れた。
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