第19話 捕獲作戦1

 大陸西部のルフラント王国に拠点を置く奴隷商人のムルシアは、商談のためロヴァル公国北部にあるドーマー辺境伯領の領都ダラムまで来ていた。


 彼は王国内に獣人の繁殖施設である獣人牧場を持ち、ドーマー辺境伯は大量購入してくれるお得意様なのだ。


 そんな彼を訪ねてドルロバという男が1枚の依頼書を持って現れた。


 テーブルの上に置かれたその依頼書には、発行元がカルメの冒険者ギルドで依頼料は百万ルシアとなっていた。


 だが、ムルシアにとって百万ルシアははした金だ。


 そんな物に興味は無かったが、それよりもその依頼書にはムルシアの興味をそそる事が書かれていた。


 その「大森林の悪魔」という魔物の外見的特徴が、貴族達が大金を払うエルフ種と同等かそれ以上の美人顔に、エルフではありえない豊満な肉体をしていると書いてあるのだ。


 エルフを高値で買う貴族共は、皆「顔は良いんだが、抱き心地が悪い」という不満を持っていた。


 だが、この情報が本当なら貴族達は狂喜乱舞するだろう。


 オークションを開けば皆金に糸目は付けないはずだ。


 それを考えたら思わず口角が上がりそうになっていた。


「ブレトン」

「はい、こちらに控えております」


 ムルシアが名前を呼ぶと、いつの間にか現れた男が目の前で跪いていた。


「捕縛部隊を率いて、この大森林の悪魔とやらを生け捕りにして来い」

「承知いたしました」


 +++++


 俺はバラシュを大森林地帯の外まで送って、ビルスキルニルの遺跡に向けて帰る途中だった。


 バラシュの話では、この大森林地帯には凶悪な魔物がうようよしていてとても危険な森だと言っていたが、上空を飛行している分にはとても平穏だった。


 そんな平穏な空気を切り裂くような咆哮を上げてこちらに突進してくる、ジュ〇シックワールドに出てきそうな翼竜が現れたのだ。


 影島あおいの忠告に従って大きな翅を具現化していたおかげで、今まで襲わるという経験が無かった。


 そのため真っ直ぐこちらに突撃してくる光景は、危険というよりもかえって新鮮だった。


 それでも餌と間違えて食われる訳にはいかないので、方向を変えて回避することにした。


 すると今度は、森の中から短い丸太が回転しながら何本もこちらに飛んで来たのだ。


 丸太の両端は尖っていないが、何かを詰めたような膨らみがあった。


 俺が丸太を回避しようと方向を返ると、先ほどの翼竜と軽く接触していた。


 すると俺の体と翼竜の体がくっ付いたのだ。


 翼竜の体を見ると羽毛には何かが塗られており、それが強力な接着剤になっているようだった。


 それが何なのか指で摘まんでみるとトリモチに似た物質だった。


 おい、俺は鳥じゃないぞ。


 翼竜とくっ付いて体の動きが鈍くなると、森の中から襲って来た丸太を避けきれず、絡まった俺と翼竜の体にくっ付いた。


 丸太にはロープが付いていてそれを強引に引っ張られると、こちらの高度も徐々に下がっていった。


 そして樹木の高さまで降下するとそこでは何人もの獣人がロープを持って待ち構えており、俺と翼竜の体に張り付いてきた。


 するとますます地上へ引きずる力が増し、そのまま地上まで落下していった。


 地上では俺と翼竜それに獣人がくっ付いた肉団子が出来上がっていた。


「ブレトンさん、捕獲に成功しました」


 男がそう言う言葉が聞えてきた。


 理由は分からないが、狙いは俺で間違いないらしい。


 ひょっとしてサーカスか動物園にでも売られるのか?


 冗談じゃないぞ。


 だが、そうは言ってもトリモチでくっ付かれて身動きが取れない状態では、抵抗も出来なかった。


 そこで気が付いたのは、森の中でバラシュに教えて貰った生活魔法だ。


 そう、奴は体や服を綺麗にする「洗浄」という魔法があると言っていたのだ。


 俺は何度も「洗浄」を発動させると、その度に体の自由が利くようになってきた。


「おい、そいつの足を引っ張り出せ。隷属のアンクレットを取り付けるぞ」


 なんだと。


 そんな物を取りつけられたら非常に拙い事態になりそうなのは、俺にだって分かる。


 もぞもぞと体を動かしていると、突然足首を掴まれて引っ張られた。


「ほう、綺麗な足だな。それに形もいい」


 そう言って足を撫でられたのが分かると、途端に俺に体に鳥肌が立った。


 俺は魔力感知で見えた敵の居場所に向けて石礫を連発すると、途端に周囲から被弾したうめき声が聞こえてきた。


「おい、こいつには俺達の位置が分かるようだぞ。フラムを使え」


 うん、フラムってなんだ?


 魔力感知ではまだ3つの反応が動いていたので、それに向けて石礫を放ったが効果がないようだ。


 そこで青色魔法の水弾に切り替えた。


 これも効果は無かったが時間稼ぎは出来た。


 体に張り付いたトリモチの除去が出来たので、獣人と翼竜にくっ付かれた肉団子から抜け出すことが出来たのだ。


 そして周囲を見回すと、こちらに向かってくる3人の男のが確認できた。


 その左手には魔素で出来た盾が現れていた。


 もしかしてあれがフラムという物なのか?


 試しに緑色魔法の爆炎弾を撃ってみると男の前に緑色の魔法陣が現れ、爆炎弾と対消滅していた。


 防衛手段が無くなった相手の対処は簡単だった。


 再び石礫を放つともんどりうって倒れたのだ。


 これで終わりか? 


 そう思ったところで、肉団子の後ろから突然4足獣が現れ猛烈な勢いて突進してきた。


 魔力感知では、肉団子の集団とシグナルが干渉して分からなかったのだ。


 逃げる暇もなく激突されてそのまま大木の幹まで弾き飛ばされていたが、魔力障壁は優秀で、怪我一つ負っていなかった。


「そいつはスクイーズという魔物だ。獲物に強烈なタックルをして動けなくしてから食らうんだ」


 見るとその4足獣の頭部には、大きな重りのような突起物が付いていた。


 あれでぶつかって来られたら骨も簡単にへし折られそうだな。


 それにしてもこの男は何故俺を狙うんだ?


「私に何か用でもあるのですか?」

「喋るのか。お前は人化出来る古竜なのか?」

「エルフよ。新種のね」

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