第17話 坑道調査2
鉄の鉱脈を確かめた後で先程の分岐点まで戻り、今度は右側の通路を進んで行くと、また魔力感知に反応があった。
理性的かもしれない相手にいきなり攻撃も出来ないので、まずは対話を試みようとしたのだが、相手からは熱い抱擁ならぬ熱い噛みつきがあった。
交渉は失敗、しかも対話も出来ない相手と分かったので、魔力障壁に噛みついたままの無防備な姿をさらしているので思いっきり殴りつけてやった。
その後やってきたバラシュは、その残骸を見て嘆息していた。
「畜生、こいつらまだ居るのか」
どうやらバラシュはこの魔物を知っているようだった。
「バラシュ、この魔物の事を知っているのですね?」
「・・・・」
どうやらこの魔物とは何やら因縁があるようだが、俺に話したくはないらしい。俺も他人事なので深入りするつもりはないのだ。
この場所ではコンクリートで固めた坑道の壁や天井のあちこちに穴があけられており、ここがこの魔物達の巣になっている事は一目瞭然だった。
それにしてもこれだけしっかりしたコンクリートに穴を開けるとは、相当強い顎を持っているようだ。
バラシュはガックリと肩を落としていたが、もう少し先まで様子を見たいというので、俺達は坑道の中を進んでいた。
俺達が坑道の先を進んで行くと、俺の足元が突然崩れてそのまま落下してしまった。
あまりにも突然だったので飛行魔法を唱えられなかったが、何やらネットのような物の上に落下したらしく怪我はなかった。
だがそのネットは蜘蛛の巣にしか見えなかった。
上方ではバラシュが穴を覗き込みながら大声で叫んでいた。
「お~い、大丈夫かぁ~」
この場から逃げようとしたが、粘着性のある横糸がべったりと張り付いていて姿勢を変えるのも一苦労だったので、バラシュには戻るまで少し時間がかかる事を伝えた。
俺達が大声で話していると巣の主にも感知されてしまったようで、沢山の足を持った魔物が近づいてくるのが見えた。
蜘蛛の巣に引っかかった時点で何が来るかは想像できたので、毒を持っている奴だと先手を打たないと拙いことになりそうだ。
虹色魔法は別に腕を広げて方向を定める必要は無いので、このように手足を拘束された状態の時は便利だった。
そしてやって来たのは、上半身が人で下半身が蜘蛛のアラクネだった。
人型の顔の部分に4つの宝石のような眼があった。
残りの4つの目は何処にあるのだろうかと余計な事を考えながらも、人の顔があるのでどうしても会話を試したくなってきた。
「あのお、見逃してもらえませんかねえ」
俺がそうお願いしてみると、アラクネは上半身を少し捻り、肘の部分を顔の前に持ってくる所謂「げっ」というポーズをしたと思ったら、回れ右をしてこちらに尻を向けると、そこから糸を投網のように放射してそのまま逃げて行ってしまった。
そして俺は糸まみれになったまま放置されていた。
この世界の蜘蛛は放置プレイなのか? とか馬鹿な事を考えてみたが、上ではバラシュが魔物に怯えながら待っているのだという事を思い出して、この糸を調べてみる事にした。
放射された糸はべたつかず伸縮性があり、なんだかナイロンのような素材だった。
これでストッキングでも出来るんじゃないかとまた益体も無い事を考えてしまっていた。
何と言っても外見上は女なのだ、少しは装いも楽しんでみたいと思ったっていいじゃないか。
そこでべたつく横糸を炎系の魔法で焼いて、それ以外は糸玉にしていった。
そして元の場所まで這いあがって行くと心配そうな顔をしたバラシュが迎えてくれた。
「おお、やっと戻ってきたか。肝を冷やしたぞい」
バラシュの言葉が俺の事を心配しての発言なのか、俺が居なくなって自分の身が危なくなったことに対するものなのかは聞かないでおくことにした。
更に先に進むと今度は広い部屋のような場所に来ていた。
そこの柱が白く輝いていたので、もしやと思って指で壁の表面を擦り、ちょっと舐めて見るとやはりしょっぱかった。
どうやらここは岩塩が埋蔵されている場所らしく、塩の柱が何本も床から天井まで伸びていた。
地球では大陸移動により閉じ込められた海水が岩塩となるが、どうやらこの世界でも同じなのだろう。
貴重な調味料なので、拳大のブロックを切り取り持ち帰ることにした。
「坑道の調査はこれくらいにしてそろそろ帰ろうかの」
バラシュがそう提案してきたので俺も了承した。
坑道から外に出ると今まで嗅いでいた黴臭い匂いが消えたので、大きく深呼吸をして肺の中に入り込んだ汚れを吐き出していた。
「やれやれやっと外にでられたわい。もうすぐ日も落ちるし、近くで野営していかんか?」
俺は別に急いで帰る必要の無かったので、その提案に乗ることにした。
少し開けた場所に焚火を作り寝床を整えると、バラシュが何も言わずに夕食の支度を始めたので、俺は石を組んで竈を用意することにした。
そこで火を熾すのにライターを持ってこなかった事に気が付いた。
バラシュに尋ねると、また気の毒そうな顔をされたが生活魔法を教えて貰った。
紫色魔法は着火、給水、洗浄、乾燥等の生活に便利な魔法なのだそうだ。
俺達が何杯目かの酒を飲んでいると、バラシュが昔話を始めていた。
この大陸では7百年前に魔女と人間達の間で戦争があり、ヴァルツホルム大森林地帯に住むエルフ族から使いが来て魔女に味方しようと誘ってきたらしい。
ドワーフ族はこの戦いは小さな紛争で終わると思っていたので、エルフ族を言いくるめて中立を保ったそうだ。
だが、戦いは予想に反して人間種が勝利し、負けた魔女は消滅したそうだ。
そして魔女が消滅すると突然森林地帯の魔物達が暴れ出し、ドワーフが住む地下王国まで攻め込んで来たのだとか。
ドワーフ達も勇敢に戦ったのだが抗いきれず、国を追われたドワーフ達は南部のコルカタ山脈に移住したらしい。
その時エルフ達も一緒に逃れてきたが、戦争の時魔女に味方しなかったことで諍いになりそれ以来不仲だそうだ。
その後、大陸南端のコルタカ山脈に定住したが、広大なアマル山脈とコルタカ山脈では産出される鉱石の種類や量に大きな違いがあり、昔の繁栄を懐かしみながら酒を飲むのが今のドワーフの姿なんだとか。
昨夜しこたま飲まされたはずなのだが、朝の目覚めは良好だった。
俺は上体を起こして周囲の状況を確かめてみたのだが、見張りもおかず二人で眠りこけていた割には、周囲は平和そのものといった感じだった。
やがてむっくりと起き出してきたバラシュに朝の挨拶をしながら、昨晩は見張りも置かず眠りこけていたことを話したが、バラシュは笑いながらやっぱりなと言って軽く受け流していた。
朝食を済ませると早速バラシュに錬成術を教えてもらうことになった。
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