第13話 ルーセンビリカ

 バンダールシア大陸には、人間達に伝わる御伽噺がある。


 バンダールシア大陸は五角形をした大陸で、北側は多数の魔物が生息する広大なヴァルツホルム大森林地帯が広がり、その更に北側には古竜が住むと言われる中央を弧の頂点とする三日月型をしたアマル山脈があった。


 大陸の南側には、ドワーフの住むコルタカ山脈とエルフが住むノール湖畔があった。


 そして大陸中央には人間達が興した唯一の国であるバンダールシア大帝国があり、人々は平和な暮らしを送っていた。


 人々の繁栄に嫉妬したヴァルツホルム大森林地帯を統べる魔女は、その富を奪おうと大陸西部に住んでいた獣人を唆して攻め込んできたのだ。


 人々は当初諍いを好まず魔女が満足するように贈物をしていたが、魔女の欲望は留まるところを知らず国の宝まで寄こせと言ってくるに至り、流石にこれ以上は無理と断わると、魔女はそれに怒り、大陸全土を戦場とする戦いが始まったのだ。


 人間達は、魔女の手下となった獣人達と一進一退の戦いを繰り広げていたが、それに焦れた魔女は、バンダールシア大帝国の帝都キュレーネにこの世界で最大の威力を誇る赤色魔法で壊滅させたのだ。


 人々はその所業を非難し、その魔女を「最悪の魔女」と呼んだ。


 そして人類は、最後に切り札である百人の聖騎士達を最悪の魔女討伐に向かわせた。


 帝都壊滅で家族を失った聖騎士達は、1人また1人と倒されていったが怯むことなく戦い続け、最後に残った4人が見事魔女を打ち取ったのだ。


 魔女を打ち取った聖騎士は、その証として魔女の装飾品を戦利品として持ち帰ると、人々はその勝利を称え4人を救世主と呼んだのだ。


 しかし帝都を破壊された大帝国には最早統治能力は無く、混乱した国内を鎮めるため4人の英雄は国を4つに分割して統治することにしたのだ。


 大帝国東部を大剣のバルギットが、北部を大魔法使いロヴァルが、南部を治癒術師のアイテールが、そして西部は槍術士ルフラントが自身の名前を冠した国を興した。 


 その時、分割を不服とした数人の貴族が自領を独立国にしていた。



 バルギット帝国の帝都ヌメイラの中心地にあるとある政府庁舎の最上階の部屋では、この建物の主であるソフィ・クリスティーン・フリュクレフ将軍が机の上の乗っている報告書に目を通していた。


 彼女は、バルギット帝国の始祖である大剣のバルギットが設立した情報機関ルーセンビリカを率いていた。


 組織上彼女の直接命令できるのは皇帝1人であり、その任務は3大公爵家の監視や帝国内の少数民族の動向調査、黄金館の管理、外国では齢百を超えても矍鑠としているロヴァル公国の女狐の長寿の秘訣調査や、ドーマー辺境伯領に集まる帝国貴族の動向監視まで多岐に渡っていた。


 元々は、始祖バルギットが最悪の魔女の討伐から持ち帰り、バンダールシア大帝国崩壊時の混乱の中、行方不明となった「不老の指輪」を見つけ出す事だった。


 それというのも、バルギット一族が皆若くして亡くなる事件が発生し、原因を調べていた呪術師があの指輪の呪いのせいだとし、指輪を破壊すれば解呪が可能だと進言したからだ。


 不老の指輪とは、最悪の魔女が持っていた4つのマジック・アイテムの1つであり、討伐から無事生還した4人の騎士が分け合った戦利品だ。


 ルーセンビリカでは、呪われたアイテムが見つからなかった時に備えて帝都に黄金館という場所を作り、そこに国の内外から広く魔法使いや錬金術師、呪術師、占星術師等を集めて解呪の研究をさせていた。


 そして黄金館から出てきた報告書には、エリクサーがあれば寿命を延ばすことが可能という意見もあったが、エリクサーの原料となるエクサル草は7百年前に姿を消してから新たな発見はなかった。


 一方、短命な皇帝一族の血を絶やさないようにするため王族の下にアブラーム、オーリク、レスタンクールというバルギットの血を引く3つの大公爵家を作り、皇帝が世継ぎを作る前に早逝した場合でも、大公爵家から皇帝を輩出できる体制を整えたのだ。


 ソフィが報告書から目を放し、テーブルの上に乗っているお茶に手を伸ばしたところで、当番兵が来訪者の存在を知らせてきた。


「将軍、レスタンクール様が来られました」


 ソフィは手に持ったカップをソーサーに戻すと、当番兵に来客を連れてくるように指示を出した。


 当番兵が部屋から出て行くと、それまで無表情だったソフィの顔には笑顔が浮かんでいた。


 アースガル・ヨルンド・レスタンクールはソフィの幼馴染であり、そしてソフィが今一番振り向かせたい相手なのだ。


 ソフィは椅子から立ち上がり姿見の前まで来ると、そこで服についたゴミを払い、裾を直し髪の毛を梳かしていた。


 そして彼女の思い人がやって来ると、柔らかい笑みを浮かべたのだ。


「ガル、良く来てくれましたね」

「ソフィ、実は君に聞いてみたい事があったんだ。邪魔をしてもいいかい?」


 ソフィは自分が公務中であることから嬉しい心のうちを気づかれないように注意して、アースガルをローテーブルがあるソファに誘った。


 そして当番兵に2つのお茶と焼き菓子を用意させると、早速来訪の目的を尋ねたのだ。


「それで知りたい事って何ですか?」

「最悪の魔女の外見を教えて欲しいんだ」


 ソフィは幼馴染が意外な事を聞いていたのに、少々面食らっていた。


 今更7百年も前に討伐された魔女の外見に何故興味をもつのだろう?


 だが、幼馴染の頼みなので分かる事なら教えてあげたいと思い、記憶を辿ると黄金館にいるドワーフ族のインデブランドとピエルマリコの2人が最悪の魔女について研究していて、その報告書が書架にあるのを思い出した。


 ソフィは座っている椅子から立ち上がると、書架から1冊の報告書を手に取った。


 そして幼馴染の隣に座り報告書を広げると、そこに記載してある記述を読み上げた。


「魔女に従った獣王ブリアックの記録によると、最悪の魔女は輝くような金色の髪を腰まで伸ばし、とても澄んだ赤い瞳をした美女で、その肉体はとても魅惑的であると書いてありますね」


 ソフィがそう言うと、幼馴染はじっと報告書の該当部分をじっと見つめて何か考えているようだった。


 その耳と頬はほんのりと赤くなっていて、特別な相手の事を想っている感じだった。


 そしてまさかと思ったが、どうしても聞いてみる必要を感じていた。


「ガル、もしかして貴方、その相手に恋でもしたの?」


 ソフィが公務中であることを忘れ普段の口調でそう尋ねると、顔を真っ赤にした幼馴染が驚いた顔で懸命にそれを否定していた。


 これは、どうやら当たりのようね。


 それにしても最悪の魔女に似た相手って気になるわ。


 ソフィに心の中には、好奇心と嫉妬の炎が同時に湧き上がっていた。

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