第12話 獣人の里

 戦闘が終わりやれやれと一つため息をつくと、未だに足枷で繋がれている獣人の少女がもぞもぞと動き、俺から離れようとしていた。


 俺に抱き付いた事を思い出して恥ずかしくなったのかもしれないな。


 先程までは怖がられていた事からしたら、少しはマシになったようだ。


 俺はより高感度を上げるため、盗賊が置いていった鍵を拾って娘の戒めを解除しようとした。


 だが、人間達が去った事で新たな危機が訪れたとでも言った感じでブルブル震えながら、何とか言葉を絞り出していた。


「た、食べないで」


 ああ、そう言えば、この子は俺をおびき寄せるための生餌だったな。


 そして俺は、先入観で俺に食われると思っている少女に何とか勘違いだと理解してもらう必要があった。


 俺は出来るだけ優しい声になるように注意しながら、ゆっくりと言い聞かせてみた。


「まず、私は人を食べません。私の食べ物はこれです」


 そういうとテクニカルショーツのポケットの中から、霊木の実を一つ取り出して見せた。


 獣耳の少女は、「すんすん」と霊木の実の匂いを嗅いでいたが、突然パクリと食いついたのだ。


「あ」


 思わず声が出てしまったが、少女は一口霊木の実を齧りその味を確かめると、後は俺の手から霊木の実を奪い取り夢中で食べ始めた。


 俺は仕方なく食べ終わるまで見守る事にした。


 影島あおいの日記では、この霊木の実は大量の魔素を含んでいるそうだが、現地人が食べるとどうなるかという記載は無かった。


 せっかくなのでその実験だと思う事にしたのだが、食べ終わった少女は美味しい物を食べてとても満足しましたと言いたげな顔をしていた。

 

「美味しかったようね。これで私が貴女を食べないと分かってもらえたかな?」


 すると、ようやく自分が差し出された物を勝手に食べた事に気が付いたようで、小さく「あ」と声を漏らすと、恥ずかしいのか顔を真っ赤にして俯いていた。


 俺はその隙に足枷の鍵を外したが、その間、獣耳の少女は大人しくしていた。


 どうやら霊木の実が効いたようで、敵意も恐怖も消えたようだ。


 そこで気が付いたのだが、捕まった時に足を捻っていたようで腫れていた。


 これでは家に帰るのも大変だろうと思い、家まで送ってあげる事にした。


「家まで送りましょう」


 俺がそう言うと獣耳の少女は驚いた顔をしていたが、自分の足首を摩りながら小さく頷いていた。



 自分の名前を「ボー」と名乗った獣耳の少女は、初めて見る上空からの景色にはしゃいでいた。


 あの後、重力制御魔法で少女の体重を軽くすると、そのまま飛行魔法で上空に舞い上がった。


 空の遊覧飛行はいたく気に入ったらしく、あちこち視線を移しては興奮したように暴れるので、危うく俺の両腕から転げ落ちそうになっていた。


 それから獣耳の少女が指を指す方向に、人々が住む集落のような物が見えてきた。


 だが、そこに近づくと突然家から火の手が上がりそこから1人飛び出してくると、その後を数人が追いかけていた。


 集落の周りには人が横たわっていて、中央にある広場には人が集まっていた。


 広場の集団は、体色が青いので明らかに別種族のようだ。


 状況から察するにボーの集落が、何者かに襲われているのは間違いないようだ。


 ボーを集落から少し離れた場所に下ろすと、集落の中に突入した。


 集落に入って最初に目についたのは、獣人の女性に襲い掛かる複数のゴブリンだった。


 泉に現れたオークもそうだが、この世界は種族とか関係ないのだろうか?


「お前達、何をしている」


 俺がそう叫ぶと、今まで獣人の女性を押し倒していたゴブリン達が動きを止め、一斉にこちらに振り向いた。


 その瞳は金色に輝いていた。


 そして俺の事を見ると口を大きく開き、威嚇するように咆哮を上げると襲い掛かってきた。


 俺は流れ弾で被害者を傷つけないように、最もコントロールしやすい水弾粒で襲い掛かって来るゴブリン達を仕留めると、暴行を受けていた女性の傍に行った。


 女性は酷い有様だった。


 そこでテクニカルショーツの中に入れっぱなしになっていた霊木の根の事を想い出すと、それを女性の腕に刺し薬液を注入した。


 それから数回同じような事をしてから広場に辿り着くと、そこでは一際体格が良いゴブリンを中心に沢山のゴブリンが集まり、捕らえた獣人達を嬲っているところだった。


 広場にやって来た俺に気付き一瞬固まると、それまで弄んでいた獣人を放り投げると俺に向かって咆哮を上げてきた。


「おお、上玉だ。そいつを捕えよ」


 どうやらこの世界では種族は関係ないようだ。


 俺は捕まらないように上空に舞い上がると、そこから襲い来るゴブリン達を狙い撃ちにしていった。


 すると今度は後ろにいるゴブリン達に、別の指示をだしていた。


「馬鹿め、空中では身動きが取れまい。矢を放て」


 すると俺に向かって周囲から複数の矢が飛んできたが、飛行魔法で飛んでいる俺は、空中での運動性能もかなり高いので矢の雨を簡単にかいくぐった。


 矢を射ているゴブリン達の傍には獣人は居ないので、あのお喋りな男に教えて貰った爆炎弾を試してみる事にした。


 俺の前に緑色の魔法陣が現れるとゴブリン達の集団に向けて火球が飛んで行き、焼き尽くしていった。


 敵のリーダーは俺の魔法を見て直ぐに自分の周りの獣人を掴むと、それを盾代わりにした。


 どうやら俺が獣人は撃たないという事を理解しているようだ。


 だが、俺には奥の手があるのだ。


 テクニカルショーツの中からスリングショットを取り出すと、そこに白色の玉をセットしゴブリンに向けて放った。


 白色の玉は、ゴブリンの手前で着弾するとそこで強烈な閃光が走った。


 俺以外の者は皆目が見えなくなったところで、背後に回るとそいつを仕留めてやった。


 生き残ったゴブリンは瞳からあの金色の輝きが消えると、怯えたように逃げて行った。


 人質にされていた獣人達は酷い有様だったので霊木の根の薬液で治療していくと、直ぐに体から痣や切り傷が無くなっていった。


 被害者達は意識がはっきりしてくると、その目の焦点が合ってきたので安心させるように声を掛けていった。


「もう大丈夫よ」


 すると俺の事をじっと見ていた獣人はやがてその顔に怯えの表情を示すと、ブルブル震えだしていた。


 俺が再び声を掛けようとすると、「イヤ」と叫び俺の腕の中から脱出して脱兎のごとく逃げて行った。


 何故だろうと不思議がっていると、今度は生き残っていた獣人達が武器を持って俺の方に来るのが見えた。


 すると先頭の獣人が俺に話しかけてきた。


「最悪の魔女、これもお前の仕業か?」


 まただ。


 人間の町に行った時もそうだったが、何故、俺の事を「最悪の魔女」と呼ぶのだ?


「私は貴方達を助けてあげたのよ」


 そう言うと、俺に話しかけた雄は目を細めていた。


「そんな事頼んだ覚えはない。ここから今すぐ立ち去れ、さもないと俺達にも覚悟がある」


 そう言うと男達は俺に武器を向けてきた。


 周りには何処に隠れていたのか子供達も出てきて手には石を持ち、俺を睨みつけ罵声を浴びせてきた。


「この裏切り者め」

「俺達がこんな目に遭うのはお前のせいだ」

「死んでしまえ」

「最悪の魔女は俺達の敵だ」


 理由は分からないが歓迎されていないことだけは痛いほど分かったので、撤退することにした。


 それにしても、この世界は俺に優しくないのは何故なんだ。

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