第11話 黄色冒険者

 ガスバル・ギー・バラチェは、冒険者チーム「十字剣」に所属する黄色魔法を使う冒険者であり、そして現役の男爵でもあった。


 この世界の虹色魔法の威力は、魔法発動時に現れる魔法陣の色で識別される。


 色は虹と同じ7色で、最弱が紫で最強が赤だ。


 そしてこの世界の人々は体内魔力量によって瞳の色も変わる。


 普通の人々の瞳は紫色や藍色をしているが、魔法使いの素質がある者は青色の瞳をしていた。


 そして優秀な魔法使い、つまり私のような者の瞳の色は緑色なのだ。


 噂では、皇帝の懐刀ともいえる情報機関ルーセンビリカを率いるフリュクレフ将軍も、緑色の瞳をしているそうだ。


 そんな緑色の瞳を持っていること自体魔法使いの誉れであるのだが、世の中には体内魔力量が膨大で全ての虹色魔法を使えるという赤い瞳を持つ者がいた。


 それは7百年前に現れた最悪の魔女で、魔法使いは皆その赤い瞳に強い憧れを抱いていた。


 その強い憧れは、瞳の色を変える事が出来る偽色眼というマジック・アイテムを作りだした。


 魔法使い達は、自身の魔力量を他者に偽る為だと言っては、好んで瞳の色を変えていた。


 ガスバルは瞳の色を変えたりしないが、社交の場でも緑色の瞳は人気で、ご婦人達から盛んに声を掛けられるのだ。


 だが、彼には好みの女性を目にすると緊張のあまり言わなくてもいい事までぺらぺら喋ってしまうという悪癖があり、おかげで余計な事を喋っては幾度となく貴族間の揉め事に巻き込まれていたのだ。


 良く周囲から貴族家の当主が何故冒険者をしているのかと聞かれるが、そんな時は必ず魔物討伐は貴族の責務だとうそぶくが、本当の所は貴族の社交が嫌いで逃げ回っているだけだった。


 そんな訳で今回も、ギルドのリクエストボードに貼ってあった「大森林の悪魔の討伐」という依頼を見てカルメまでやって来ていた。


 カルメの冒険者ギルドで既に交戦していた冒険者の噂話を聞くと、それは上空を素早く移動するため矢や魔法弾が全く当たらないというものだった。


 そこで考えられたのが、生餌を使っておびき寄せるという案だった。


 そして奴はやって来て、狙い通り餌を食らう為舞い降りてきた。


 だが、予定通りだったのはそこまでで、理由は分からないが生餌の周りに仕込んでいた罠が発動しないのだ。


 このままでは取り逃がしてしまうと焦り始めると、それは仲間達も同じだったようで心配そうにこちらを見ていた。


 そこで攻撃開始の合図を送ったのだ。


 複数の矢が放たれ真っ直ぐ標的に飛んで行くと、確実に奴を捕えていた。


 だが、命中したと思った矢は、突然見えない壁に当たり跳ね返ったのだ。


 最初に思ったのは古竜の固い鱗だった。


 それなら矢は通らないので、魔法攻撃に切り替えたのだ。


 奴の反撃は藍色魔法の水弾粒だけだったが、それをありえない速度で連射してくるのだ。


 いくら藍色魔法でもあれだけ連発すれば体内魔力が枯渇するはずなのに、その素振りは全く見えない。


 青色魔法による魔法攻撃が全く効かない事で、ようやく標的が緑色魔法の魔力障壁を展開している事に気が付いた。


 緑色魔法に対抗するにはそれよりも強力な魔法を撃つ必要があったので、試しに奴が上空に上がったところで緑色魔法を撃ってそれを確かめた。


 魔力障壁を打ち破るにはより強力な黄色魔法をぶっ放す必要があるが、この魔法は範囲魔法になるので一度仲間達を避難させる必要があった。


 そこで奴の注意を引いて時間稼ぎをするため、姿が見える位置まで移動したのだ。


 そして標的である大森林の悪魔を間近で見て、衝撃が走った。


 ガスバルの男としての部分は、その美しく整った顔に目を剥き、その豊満な胸に釘付けになり、そしてすらりと伸びた形の良い素足に目が離せなくなった。


 そして魔法使いの部分は、その赤い瞳に嫉妬していた。


 相手が人であれば、それは偽色眼というマジック・アイテムを使っているだけの偽物と直ぐに気付くが、目の前に居るのは魔物だ。


 そんな便利道具を持っているはずが無い。


 ガスバルは、言葉が通じる女性的見た目の魔物ともっと話がしたいという欲求が湧き、黄色魔法を発動させるための時間稼ぎだと自分に言い聞かせて会話を楽しむ事にしたのだ。


 自分でも喋りすぎているのではないかと思っていたが、それも味方の冒険者を避難させるためだと自分を納得させていた。


 そのせいで自身の最大魔法である黄色魔法を防がれたのだが、全く気付いていなかった。


 そしてその悪魔は、またあの甘い声で俺を誘惑してきたのだ。


「貴方凄いわ。随分魔法が得意そうだけど他にも使える魔法はあるのでしょう? お願い、それも見せてくれないかしら?」


 そう言って小首を傾げて人差し指をその愛らしい唇に当てると、にっこりと微笑んだのだ。


 それからの事は記憶が曖昧だ。


 まるで弟子が師匠に魔法の出来を見てもらうように、藍色魔法、青色魔法そして緑色魔法と順番に魔法を披露していたような気がした。


 はっと我に返ると、目の前の魔物はとても満足そうな顔をしているが、仲間達の顔色はかなり悪かった。


 そして大いに満足した相手は、俺に向かって最後の提案をしてきた。


「どうもありがとう。貴方の魔法の知識は凄いわね。この娘の足枷の鍵を渡してくれるのなら、このまま見逃してあげますよ」


 その言葉に反論しようとしたところで仲間の盗賊がそれを手で制すと、生餌の足枷の鍵をそっと石の上の置いたのだ。


 そこでこの会合も終わった事を知ると、慌てて疑問を口にした。


「待ってくれ。お前は本当に古竜なのか?」


 すると魔物は、首を横に振ってそれを否定していた。


「私はエルフよ。この耳をみれば分かるでしょう?」


 そう言うと自分の耳を両手で引っ張っていたが、その姿はとても滑稽でとても愛らしかった。


 それを見たガスバルは、心臓が早鐘のように打つのが分かった。


「俺は、黄色冒険者のガスバル・ギー・バラチェだ。名前を、名前を教えてくれ」


 すると自称エルフはちょっと考えてから、一つ頷くと挨拶を返してきた。


「私はユニス・アイ・ガーネットよ。よろしくね、冒険者さん」



 その後の事は良く覚えていなかった。


 気が付くと、カルメの冒険者ギルドに併設された酒場にいて、白ビールを飲んでいた。


 仲間たちは討伐が失敗したことで気落ちしていたが、ガスバルは運命の人の姿と名前を知ったことでとても満足していた。


 彼が考えている事は、次はいつ会えるだろうかという事だった。

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