第10話 対人戦闘3

 眼下に居る剣士はこちらに攻撃手段が無いと思っているようで、堂々と身を晒していた。


 俺はその考えが間違っている事を教えてあげるため、テクニカルショーツの中から適当に1本の杖を取り出すと、杖の先端を眼下の剣士に向けてやった。


 剣士は自分の愚かさに気が付いたようで逃げようとしていたが、残念ながらその時間的余裕は無いのだ。


 杖の先から現れた石礫が真っ直ぐ剣士に襲い掛かると、殆どは剣や鎧で受け止めたようだが、数発は腕や足の防具が無い部分に命中していた。


 その場に倒れ込んだ剣士に近寄るとそれを見ていた仲間達が剣士に危険を知らせる声を上げたが、剣士に避ける余裕は無く、俺がその背中を踏みつけるとカエルが潰れたような声を上げた。


 俺は直ぐに剣と荷物を掴むと、誰も居ない方向に放り投げてやった。


 これで攻撃も治癒も出来ないので暫くは戦闘不能だろう。


 すると槍士と盗賊の傍に、初めて見るローブを着た緑目の男が現れた。


 そのローブには幾つか穴が開いていてそこから赤いシミが見えたことから、どうやら俺の水弾は効果があったのが分かった。


 男は怒りに打ち震えていたが、俺と目が合うと何故か目を大きく見開いて口をあんぐりと開けていた。


 戦意が無くなったのかと思って男の次の行動を注視していると、男は顔を真っ赤にして俺を指さしながら怒鳴ってきた。


「ふざけるな。水弾粒のようなショボい魔法しか使えない変態蜥蜴野郎に、俺が負けるわけが無いだろう」


 うん、水弾粒?


 もしかしてそれが俺が使っている魔法のバンダールシア語なのか。


 俺がそう認識すると、頭の中で水弾粒という言葉がぴたりと嵌ったような感覚があった。


 そして何となくだが、杖無しでもこの魔法が使えるような気がしたのだ。


「魔力障壁で俺の攻撃を防いでいるようだが、所詮は緑色魔法、俺は黄色魔法が使えるのだ。今のうちに降伏したらどうだ?」


 うん、魔力障壁?


 言葉から想像するに、俺が霊木の葉に書き込んだこの防御結界で間違いないようだ。


 それというのもこの魔法も先程の水弾粒と同じで、そのまま使えそうな気がしたからだ。


 ふふふっ、よく喋る男だ。


 おかげで魔力障壁というバンダールシア語の発音も知る事が出来た。


 どうやらバンダールシア語の魔法名とその発動するイメージが分かれば、触媒が無くても使えるようだ。


 この調子で色々な魔法の名前を教えてくれるよう、上手くおだててみる事にした。


「まあ黄色魔法が使えるなんてすごいんですね。もしかして黄色魔法の対抗するための防御魔法もあるのですか?」


 俺がそう尋ねてみると、自尊心を擽られたのか、男は勝ち誇ったような顔で胸をそらすと笑いながら教えてくれた。


「わーっはっはっ、黄色魔法を防ぐには橙色魔法の空間障壁じゃなければ無理だな。これは空間に魔力の防御壁を作る魔法だから、お前の後ろに居る犬っころも助かるだろう。だが、橙色魔法なんて消費魔力量が多すぎて使える奴は誰もおらん。それよりもいい加減人化を解除して、本当の姿を見せたらどうなんだ?」


 男が説明口調で喋ってくれるおかげで、どうやら空間障壁という魔法も使えるようになったようだ。


 俺は思わず口元が緩みそうになるのを、必死に堪えていた。


 この男はおだてると何でも喋ってくれそうだ。


 そして俺は初歩的な事を聞いてみる事にした。


 ちょっと気持ち悪いが、おだてるにはこれは一番有効だろう。


「まあ、素敵なオジサマ、先程から黄色とか橙色とか言っていますが、それがこの魔法の名前なのですか?」


 声が裏返ってて自分でも気持ち悪いのだが、目の前の男には何故か効果があったようだ。


「ば、馬鹿かお前、この世界の虹色魔法に決まっているだろう。魔法の強度で魔法陣の色が虹の7色に別れるからそう呼ばれるんだ。最弱は紫色でこれは生活魔法だ。次が藍色で先程からお前が使っている初歩的な魔法だ。それから青色、緑色と続き、黄色魔法は俺が使える最大魔法だ。黄色魔法ならお前の魔力障壁を突破できるんだぜ。そしてその上が橙色、最上級が赤色魔法だ。人間じゃ橙色も赤色も魔力が足りなくて使えん。まあ、使えるとしたらロヴァルの女狐くらいだな」


 ほう、霊木の杖を触媒にすると低級の魔法しか使えないという事か、道理で魔法の撃ち合いで負ける訳だ。


 だが、男は急に真顔になると、ニヤリと口角を上げた。


「馬鹿め、お前が俺の時間稼ぎに付き合ってくれたおかげで、仲間を回収することが出来たわ。これで俺の最大魔法である黄色魔法を放つことができる。黄色魔法は範囲攻撃魔法でな、仲間を回収してからでないと仲間を巻き込みかねんのだ。これで心置きなく攻撃出来るわ。お前も本当に運のない奴だ。まあ、古竜の死体は色々使えるからお前の死は無駄にならないぞ」


 そう言われて男の周りを見ると、先程無力化したはずの剣士の男が居なくなっていた。


「お喋りは終わりだ。今度は俺の最大魔法で片付けてやる」


 そう言うとなにやらもごもごと口元で口ずさんでいたが、それが詠唱だったようでローブの男の前には詠唱者よりも大きな黄色の魔法陣が現れていた。


 そして男が持っていた杖を突きつけてきた。


「大瀑布」


 男がそう叫ぶと、目の前に津波のような大量の水が現れこちらに押し寄せてきた。


 流石にあれをまともに食らうと危険そうだったが、俺の後ろには獣耳の少女が居るので逃げられなかった。


 だが、俺には先程あの男が教えてくれた魔法がある。


 俺は目の前のお喋りな男が言った魔法の発動イメージを思い浮かべながら、魔法名を口にした。


「空間障壁」


 すると俺を中心とした地面に橙色の魔法陣が現れると、透明な魔法結界が俺を中心に後ろの獣耳の少女を含めて展開された。


 それは濃密な空気の壁でその中に包み込まれていると、何物もこの壁を破壊することは出来ないだろうという強い安心感を与えてくれるものだった。


 だが、それを感じるのは俺だけのようで、獣耳の少女は目の前に現れた大瀑布を見て、目の玉が飛び出るのではないかと言う位大きく目を見開いたまま震えていた。


 そして、俺と目が合うと一人で死ぬのは嫌だと思ったのか無言で抱き付いてきた。


 少女の体はとても柔らかく温かかった。


 その温もりを堪能しながら、俺は魔法使いの魔法が収まるのを待つ事にした。


 水の暴力は周囲の木々を薙ぎ払い押し流しながら空間障壁にぶち当たると、まるで最初からルートが決まっていたかのように左右に分かれて流れていった。


 魔法の効果が切れて視界が元に戻ると、そこには驚愕の表情で固まる男達の姿があった。


「ば、ばばば馬鹿な。なんでお前みたいな蜥蜴が橙色魔法を使えるんだ」

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