第9話 対人戦闘2
獣耳の少女が怯えていた理由が分かり1人で納得していると、また森の中から魔法弾が飛んできて魔力障壁が弾いていた。
いかん、今は戦闘中だ。
俺はテクニカルショーツにスリングショットを収めると、今度は水の魔法を刻んだ杖を取り出し、先程から魔法弾や矢が飛んで来る方向に先端を向けた。
相手の姿は木々の枝や白煙がまだ消えていないので全く見えないが、攻撃が飛んで来る方向は分かるのでそこに向けて反撃を試みた。
俺が魔法弾を速射すると、命中弾があったようで森の向こう側から苦悶のうめき声が聞こえてきた。
俺の水弾を見た2人の男達はこちらに武器を構えたまま、後ろに居る仲間に情報を伝えていた。
「気を付けろ、奴は無詠唱で魔法を連発するぞ」
無詠唱。
そう日記にも書いてあったが、この世界で魔法を発動するためのエネルギーである魔力を何処から調達してくるかで、詠唱が必要かそうでないかに別れるようだ。
自身の内なる魔力を使うか魔力結晶かそれを加工した魔宝石の魔力を使う場合は詠唱は不要となり、大気中から魔素を集める場合は詠唱が必要なのだ。
その点この保護外装は高密度で魔素を集めるので、無詠唱で連発することが可能となっていた。
そのおかげで俺の体は物凄く重たくなるのだが。
森の中の敵は諦めず俺に向けて矢や魔法弾が撃ち込んでくるが、まだ煙が周囲を覆っているので狙いが甘かった。
それはこちらも同じで敵の弓兵と魔法使いの居場所が分からなかったが、攻撃が飛んで来る大体の位置に向けて魔法弾を撃ち返していると、数発は当たっているようだ。
これが下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという事だろう。
目の前にいて何もできない2人の男達は、その光景を信じられないといった顔で見ていたが、そのうちの一人が俺を指さしながら怒鳴ってきた。
「おかしいだろう。何故無詠唱でそれだけの魔法を撃てるんだ?」
無詠唱で魔法を放つなんて、この世界では当たり前なのではないのか?
だが、それを考えるのは後だ。
火炎弾が飛んで来る方向に水弾を撃ち返しているのだが、どうも俺の水弾は敵の火炎弾によって無効化されているようなのだ。
単純に考えると敵の火炎弾の方が強いという事なのだろう。
だが、俺にはこれしか使えないので、後は高速で連射するしかないのだ。
敵の火炎弾にこちらに水弾が消滅しているようだが、何発も水弾を受けている内に次第に炎の勢いが弱くなり、やがて消滅した。
どうやら威力の高い魔法でも数で圧倒すれば勝てるようだ。
やがて火炎魔法が飛んで来る方向から悲鳴が聞えて来ると、魔法による攻撃や止んでいた。
遠距離からの攻撃が止んでいたのでやっと諦めたかと思ったが、目の前の2人はまだ武器を構えたまま、臨戦態勢を解いていなかった。
まだ、何かあるのだろうかと訝っていると、その答えは後ろから聞こえていた。
「杖を捨てろ、さもないとこの雌犬の首を掻き切るぞ」
俺はそう言われて振り向くとそこには、獣耳の少女の首にナイフを当てて勝ち誇る男の姿があった。
その男は動きやすい革鎧を纏い武器も短剣だけなので、盗賊系の職業なのだろうと推測できた。
恐らくは隠密系のスキルか何かで、こっそり近づいてきたのだろう。
遠距離攻撃からこの娘を守っていたので、人質としての価値があると判断されてしまったようだ。
だから俺は、態と小首を傾げて人差し指で自分の頬に指の腹を当てて困ったような表情で言ってやった。
「それが何故、私の行動の妨げになると思うのです?」
「え?」
「えっ?」
俺がそう言うと盗賊の男と獣耳の少女から同時に声が漏れ、盗賊の顔には猜疑、少女の顔には絶望の表情が現れた。
その一瞬の隙を突いて水弾でナイフを持った男の腕を弾き、怯んだところで回し蹴りを食らわしてやった。
軽く蹴ったつもりだったのだが、盗賊の男はそのまま吹っ飛んでいった。
俺の体は魔法で軽くしているので忘れてしまいがちだが、実際はかなり重いのだ。
蹴られた盗賊は、ハンマーででも殴られたような衝撃を受けたようだ。
俺は助けてあげた少女の顔を見たが、少女は自分の頬に手を当てて睨みつけてきた。
どうやら俺が放った水弾が少女の頬を掠めてしまったようだ。
怯えから恨みに変わったのは、改善なのか改悪なのか判断が難しかった。
そして少女に気を取られていた俺は、突然背中に何かが当たったような衝撃を受けて顔面から地面に倒れ込んだ。
「仕留めたぞ」
頭上で男達が勝ち誇る声が聞えてきたが、俺はまだ殺られてはいないぞ。
男達が何故接近で来たのかと男達が居た場所を見ると、そこには地面が抉れたような跡が俺の方まで伸びていて、安全な通路が出来上がっていた。
どうやら蹴り飛ばした男が、周りの罠を吹き飛ばしていったようだ。
だが、恐らくは槍の穂先で背中を一突きされたはずなので、保護外装がどうなっているのか心配だった。
もし穴が開いていたら俺は長くないだろう。
一瞬死を予感してしまうと、今までの事が走馬灯のように浮かび上がり、最後の映像はシェリー・オルコットが俺を見下して笑う姿だった。
「だから貴方は私に勝てないのよ。いつも肝心な所でヘマをしてお宝を取りこぼすの」
畜生。慎重に行動していたのに結局最後はこれかよ。
俺は地面にうつ伏せで倒れ、背中を踏まれた情けない姿に腹が立っていた。
男達は俺を倒したと思って勝利の雄たけびを上げていた。
明らかに油断しているので両腕を突っ張り上体を起こすと、突然動いた俺に体のバランスを崩して尻餅をついていた。
その驚いた顔に鉄拳を打ち込んでやった。
槍士がもんどりうって吹き飛ぶと、その後ろからすかさず剣士が躍り出てきた。
俺が杖を向けると、剣士が両刃の剣を一閃していて杖が真ん中あたりでスパッと断ち切られていた。
こいつ、俺がせっかく作った杖を駄目にしやがった。
俺は近接戦用の武器はサバイバルナイフしか持っていなかったので、流石に不利だった。
敵の2撃目が来る前に上空に上がると、木々という遮蔽物が無くなったので俺の姿が丸見えになっていた。
するとまた火炎弾が飛んできて炸裂した。
敵の火炎弾は今までの物と比べると威力が強かった。
それが顔面に直撃して一瞬何も見えなくなったが、魔力障壁が何とか防いでくれたようだ。
だが、俺は顔面への火炎弾攻撃にいい加減頭にきていた。
眼下には剣士の男が、俺が落ちて来たら仕留めようと待ち構えている姿が見えていた。
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