第8話 対人戦闘1

 俺がこの世界に来てから、既に2ヶ月が過ぎていた。


 その間俺がやったことは、影島あおいの日記と辞書でこの世界の知識を得る事と文字を勉強することだった。


 この世界では、有機物無機物関係なく全ての物質に魔素が含まれている。


 俺のような異世界人は魔素を取り込めず逆に毒となるので、この保護外装が無いと生存できないのだ。


 だが、これは誰が何の目的で用意したんだ?


 影島あおいの日記にも、その答えは記載されていなかった。


 分からない事を考えても結論は出ないので、今日も使える物を探すため森林地帯の上空を飛行していた。


 そう言えば最近大森林の東側では、誰かが魔物と戦っているらしく偶に流れ弾が飛んで来るようになっていた。


 頻発するようなら、ルートを変更してみるのもいいかもしれないと考えていた。


「金銀財宝ざっくざく~♪ 持って帰って店を出す~。ついでに他の資源も見つけ出すぅ~とぉ」


 今日は天気も良く飛行日和であり、何処となる平和な空気に気も緩んでいた。


 影島あおいはあの遺跡をビルスキルニルと命名していたので、俺もその名前を流用することにした。


 ビルスキルニルの遺跡の周辺には人は居ないが、大森林も遥かに東側にまで来ると、時折森の中で家のような人工物を見かけるようになった。


 だがそこに動く気配は無く既に放棄されたか、隠れて姿を見せないのかのどちらかだろう。


 人が居るとしても自分は歓迎されないだろうから、近寄る事はしないけどね。


 そもそも俺の目的は金銀財宝を見つけて元の世界に帰ることなので、面倒事に首を突っ込むつもりはないのだ。


 大森林地帯を東に進みそろそろ北に進路を変えようかという時に突然開けた場所が現れ、そこに何かが倒れているのを目の隅に捕らえた。


 その場所を通り過ぎてしまい慌てて止まると、先ほどの空けた場所の上空に戻ってみた。


 そして改めてその開けた場所を見ると、そこには確かに人が横たわっていた。


 そして頭の上には獣耳と腰のあたりには尻尾が伸びていて、俺の姿に気が付くと怯えたように震えだした。


 最初に思ったのはコスプレだったが、流石にこんな森の中で、たった一人でそんな事をする人はいないとその考えを振り払うと、もう少ししっかり観察してみることにした。


 すると足首から鎖が伸びており、近くに打ち込まれていた杭に繋がっているのが見えた。


 同じ様な杭は獣耳の女性を中心に円を描くように打ち込まれており、その周りにはわざとらしく落ち葉を盛ってある怪しい場所が複数あった。


 俺はトレジャー・ハンターという職業柄、良く観察するという癖がついていた。


 それで周囲を目視してみると、森のあちこちに怪しそうな場所があった。


 それに獣耳の少女の向こう側には、馬鹿にしているのかというように盛大に落ち葉を盛ってある場所まであった。


 どうやらここには少女を生餌にした罠が張り巡らされているようだ。


 それ程までの仕掛けをして捕獲する獲物とは何だろうと、直ぐに周囲の状況を確かめてみた。


 だが、周りは樹木しか見えず一体何を狙っているのかさっぱり分からなかった。


 そして俺は人間にしか見えない娘を生餌にする事を見逃すほど、人でなしではないのだ。


 俺は生餌にされた娘が、助けが必要か聞いてみる事にした。


 地面には明らかに罠があるので、重力制御魔法で地上10cm程に浮いた状態にしていた。


 俺が上空から降下してくると、生餌の少女は目を見開いてブルブル震えていた。


 話を聞こうにもこう怯えられたら話など出来そうも無ないので、何とかなだめようととりあえず手のひらを見せて害意が無い事を示しながら微笑んで見せた。


「何もしないですよ。それよりも貴女は供物にでもされたのですか?」


 俺は出来るだけ優しい声音になるよう注意しながらそう尋ねたのだが、少女は体を震わせながらこちらを見るだけで何も答えてはくれなかった。


 だが、その他からは反応があった。


 森のあちこちから俺に向けて矢が飛んで来て魔力障壁に弾かれたのだ。


 そのうちの1本が俺の目を狙って飛んできたので反射的に腕を前に出して庇ってしまったが、魔力障壁があるのでその必要は無かったようだ。


 それでも自分を狙う矢が真っすぐ飛んで来るのは嫌な気分だった。


 文句の一つでも言ってやりたいのだが、敵の姿は森の中に隠れていて何処に居るのか分からなかった。


 上空に退避しようかとも思ったが、俺の後ろには先程の獣人の少女が居るのだ。


 俺という盾が無くなったら、流れ弾が当たってしまう危険があった。


 俺が躊躇していると、今度は矢と共に火炎弾も飛んできたので、もはやこのまま受けるしか他の選択肢は無かった。


 今の所、魔力障壁が全て弾いてくれているが、この魔法の耐久度が分からないのが問題だった。


 俺はシェリー・オルコットのせいで破産間際まで追い詰められたというのに、この世界でもまた女に絡んで拙い事態に陥っていた。


 俺には女難の相でも出ているのかと毒づいたが、それでも関わってしまった以上見捨てる事も出来ないでいた。


 そして一言「畜生」と叫ぶとテクニカルショーツの中からスリングショットと茶色の玉を取り出すと、攻撃が来る方向に向けてスモーク弾を撃ち込んだ。


 スモーク弾から白い煙がもうもうと広がっていくと、あちこちから人間のくぐもった声が聞えてきた。


 敵との間に目隠しが出来上がったので、後ろの生餌ちゃんを捕まえて上空に退避しようと足枷の鎖に風魔法で切断を試みたのだが、威力不足なのかなかなか切れなかった。


 俺が鎖と格闘している隙をついて煙の中から2人の男が現れると、暗器か短剣のような物を投げつけてきた。


 これが不幸な遭遇の可能性もあるので、反撃する前にまず話してみる事にした。


「待って、貴方達と敵対する意思はないわ」


 咄嗟の言葉だったが、何とか女言葉を喋る事が出来た。


 これなら分かってもらえるだろうと期待したのだが、目の前の男達は目を見開いて驚いたようだが警戒を解くことはなかった。


「こいつ喋るぞ」

「大森林の悪魔はやはり古竜だったのか」

「騙されるな。俺達を油断させる気だ。気を付けろ」


 おお、日本語を喋ったのだが、ちゃんと伝わっているようだ。


 この前のオークもそうだが、この保護外装から出る言葉は、この世界の言葉に変換されているようだ。


 だが、今はそれを喜んでいる場合ではない。


 2人の男は武器を構えたまま、後ろに居る誰かに向けて大声で俺の居場所を教えていた。


 これは明らかに俺が標的で間違いないようだ。


 だが、何故だ? 俺の方から敵対行動をした覚えはないはずだ。


「あ」


 短い言葉が口から洩れてしまったが、どうやらあれが原因で間違いなさそうだ。


 そうすると俺は、獣人の少女を食べる魔物だと思われていたってことか?


 道理であの少女が俺の事を見て怯えていた訳だ。


 俺は妙に納得してしまっていた。

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