第6話 カルメ冒険者ギルド

 ここはバルギット帝国最北のブルレック伯爵領の領都カルメにある冒険者ギルドだ。


 冒険者ギルドの歴史は古く、7百年前に存在していたバンダールシア大帝国の時代まで遡る。


 その時制定された冒険者のランクは、大陸北部に広がる広大なヴァルツホルム大森林地帯の魔物の強さを元に7つに分類され、分かりやすいようにこの世界の魔法である虹色魔法の色と冒険者プレートの色と合わせてあった。


 最上級の赤色プレートは、天災級と言われる魔物「最悪の魔女」を討伐できるレベルとなっており、同じように橙色は災害級と言われる古竜を討伐できるレベル、黄色は上級と言われる各種族のキングクラスを討伐できるレベル、緑色はベテラン冒険者で魔物の巣窟であるヴァルツホルム大森林地帯で危険な魔物を避けて活動できるレベル、青色は大森林地帯で少し奥まで入って活動できるレベル、藍色は大森林地帯の縁でなら活動できるレベル、そして紫色は初期登録者で見習いとなっていた。


 ただ、最上級の赤色冒険者は、7百年前に人類の宿敵であった最悪の魔女を討伐した4人の聖騎士に授与された名誉職で、以降授与された者は居ない。


 そして橙色冒険者は、古竜がヴァルツホルム大森林地帯北部のアマル山脈から出て来ないので討伐した実績は無かった。


 このため実質最上級の冒険者は黄色冒険者になっていた。


 カルメの冒険者ギルドでは、ヴァルツホルム大森林地帯から得られる魔物の素材や魔力結晶が良い値段で取引されるため、優秀な冒険者が一攫千金を求めて集まって来るので帝国一活気があった。


 そんな冒険者が集めてきた素材を求めて商人達も集まってくるので、ここカルメという町は帝国内でも有数の大都市に成長していた。


 そのおかげでここカルメを領都として保有するブルレック伯爵も、経済的な恩恵を受け帝国内での発言力も高かった。


 ちなみに冒険者を虹の七色で表すのは、旧バンダールシア大帝国の国章が虹の七色をかたどった虹色アゲハだったことが由来だと噂する者もいた。


 今そのカルメ冒険者ギルドの建物内では、裏のスタッフルームで受付嬢クレールが同僚とお茶を飲みながら休憩していた。


「ねえクレール聞いた。この間、ヴァルツホルム大森林地帯に素材集めに入った冒険者が、大森林の上空を低空で飛行する人型の化け物を見たんだって」


 虹色魔法には飛行魔法も存在している。


 魔法使いの冒険者の中にも飛行魔法が使える者はいるので、それほど珍しい魔法とは思えないが、同僚が何でそんな事を言うのか意図が読めなかった。


「人型なら、どこかの冒険者と見間違ったんじゃないの?」


 クレールはお茶のお供である焼き菓子を一つ頬張ると、熱いお茶で胃の中に流し込みながらそう切り返していた。


「それがね、どうも冒険者じゃないらしいのよ。聞いた話ではただ飛ぶだけで、魔物を狩ったりしないんだって」


 駄目だ。この娘の言いたい事がさっぱり分からない。


 別に冒険者は自由なのだから、たまには仕事をせずに空を飛んでみたい時だってあるのではないの?


 それを一々話題にする理由が分からなかった。


「それが何か問題でも?」

「だからね。それが現れると必ず魔物の暴走が起こるんだって」


 冒険者が大森林に入ったからと言って、魔物がパニックを起こすほど慌てるという話等聞いた事が無かった。

 

「まさか、それって魔族・・・」

「いや、金髪の女の子なんだって」

「え?」


 クレールは頭を抱えた。全く意味が分からなかった。


 女性冒険者も登録しているが数は多くはない、その上危険なヴァルツホルム大森林地帯を単独行動するような実力者は聞いた事が無かった。


「他国の冒険者か何かなの?」

「その化け物は西から飛んでくるらしいわよ」

「西って言うとロヴァル公国かルフラント王国って事?」

「う~ん、でもルフラントだと大陸を横断してくることになるから、現実的じゃないわね」

「じゃあ、ロヴァルの女狐が空中散歩でもしてるんじゃないの」


 この世界の人間種の寿命は60程度なのに、西隣のロヴァル公国の前大公は齢百を超えて未だ若々しい姿をしているそうだ。


 そのためアンデットか吸血鬼ではないかと噂されていて、この国でも「ロヴァルの女狐」と揶揄していた。

 

「ぶふっ、そ、それ面白い。はい焼き菓子1枚」


 クレール達がそんな馬鹿話をしていると、依頼を受けてヴァルツホルム大森林に入って行った冒険者が、そろそろ戻ってくる時間になっていた。


 慌てて受付カウンターに戻ると、暫くして帰ってきた冒険者が皆ボロボロな姿になっていた。


 そんな中でも緑色冒険者であるギャエルさんはなかなかの腕前のはずなのに、そんな彼もボロボロな酷い有様だった。


 あまりの驚きのため、思わず声を掛けてしまっていた。


「ギャエルさん、そんな大変な依頼だったのですか?」


 私が声を掛けた冒険者は、ガックリと肩を落としうつむいた状態からこちらに顔だけ向けると、無理に顔に笑顔を張り付けていた。


「いやあ、魔物の暴走に遭遇してね。命からがら逃げてきたんだよ」

「それって、上空に女の子は居ましたか?」

「う~ん、逃げるのに必死だったからなあ。でも、上空に大きな蝶がいたような気がしたよ」


 え、蝶、どっちが正しいの?


 だが、森林地帯に何かが居て、そのせいで魔物が騒いでいるというのは事実のようだ。


 クレールはギルドマスターに報告すべきか悩んだが、常々ギルドマスターからは正確な報告をするよう言われていた事を思い出した。


 まだ報告するには情報が足りていないと判断して、保留にしたのだ。


 だが、それは翌日には現実となって目の前に現れることになった。


 次の日、それがカルメの町を襲撃したのだ。


 上空に現れた大きな蝶は人間の女性のような姿をしていて、その背中からは本体の3倍はありそうな大きな2枚翅が美しい紋様を現していた。


 襲撃のあった翌日、カルメの町は誰が流したのか「最悪の魔女」が現れたといって大騒ぎになっていた。


 その名前は、この国に伝わる御伽噺で、7百年前バルギット帝国の前身であるバンダールシア大帝国を滅ぼした魔女の名前だ。


 バルギット帝国は、その魔女を討伐し生き残った4人の聖騎士のうちの1人、大剣のバルギットが興した国なのだ。


 そしてギルドマスターは、翌日カルメの領主であるブルレック伯爵に呼び出しを受けた。

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