14

 かくしてあたしは西森くんと付き合うこととなった。

 なのに悪魔はやっぱりどこにでもついてくる。不機嫌そうに腕を組んで、あたしの頭越しに西森くんを睨みつけているのだ。

 あたしはだんだんと悪魔を見えないものとして扱うようになった。西森くんの手前というのもあるが、それ以上にあたしはもうこの悪魔にうんざりしていた。

「ただいま」

 あたしは家に帰るやいなや、鞄も下ろさずキッチンに向かった。

 母が食器の水気をふき取りながら「おかえり」と笑みを向けてくれる。

「今日も西森くんと一緒だったの?」

「うん。図書館でレポートやってた」

 はあ疲れた、とあたしはダイニングテーブルに突っ伏した。母は苦笑する。

「そんなデートじゃ、男の子はつまんないでしょうに」

「うん……」

 あたしは小さく溜め息をつく。男性とつきあうというのはこんなにも気力体力が削られるものなのか。ただ面と座ってそれぞれの課題に向かっているだけなのに、どっしりとした疲れが体の底に澱のように溜まっているのを感じた。

 それに対して西森くんは、あたしといるときはいつも幸せそうだ。何をしていても楽しそうで、目がきらきらしている。そのことに、罪悪感にかられるのだ。

(今日のお昼も、相沢さん、テラスに来なかったな……)

 相沢さんとは表面上は普通に接していたが、以前のように一緒に行動したり、無駄話をすることはなくなった。入れかわりにあたしに彼氏ができたことで周りからは仲たがいをしたなどと勘繰られることなく済んでおり、西森くんの存在はありがたかった。

だが、男女交際はものすごく疲れる。

 隣にいるのが西森くんでなくて相沢さんだったらどんなにいいだろう。そう思う一方で、今一緒に過ごしても以前のように屈託なく楽しむことなどできないことはわかっていた。

 鬱々とした気持ちが湧いてきて、あたしは小さく息を吐いた。

「ご飯は? 食べるの?」

「うーん……。食欲なくて。でもお茶漬けなら食べられるかも……」

「しょうがないわねぇ」

 母は微笑むと、キッチンカウンターの奥に消えた。

 あたしは母が湯を沸かす音を聞きながら目をつむった。母のたてる音はどれも心地いい。家事をする音も、その声も。乾いた心がじんわりと潤ってゆくようだった。

 母が小ぶりの丼が乗ったお盆をあたしの目の前に置いた。

「お母さんはもう寝るから。お茶碗洗っといてね」

「はぁい」

 おやすみ、と言ってダイニングを出て行く母を見送り、テーブルに視線を戻す。

 塩昆布に梅干し、そしてたっぷりと白ごまの乗ったお茶漬けだった。美味しそうなにおいにやっと食欲が頭をもたげはじめ、あたしは木匙きさじを手にとった。

 熱い湯と共にふやけた米粒が喉を通ってゆく。温かいものが体の奥底に溜まり、身体がほかほかとしてしみじみと幸せを感じた。

(お母さん、ありがとう……)

 嫌なことも不安なことも、今だけは忘れられるようだった。

 その時。目の前に暗い影が落ちた。

 視線を上げる。悪魔がダイニングテーブルの椅子を引いて、あたしの真ん前の席に掛けた。

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