13

「今まで女からは嫌われるばかりだったのというのに。好かれてよかったな。――だが相沢との友達ごっこもこれでお終いだ」

 テーブルの横に立った悪魔が、低く笑った。

(お終い? あたしと相沢さんの関係が?)

 なにがお終いだというのだ。あたしはまだ相沢さんのことが大好きだ。何も変わらないはずだ。

「おまえが抱く好意が相沢と同じものだと? 馬鹿な。あの娘はおまえに欲情しているのだ。そんなおのれを恥じ、嫌悪感さえ抱いているのだぞ」

 性別などたいした問題でもなかろうに――と悪魔は冷ややかな目をして言った。

 そんな。相沢さんはあたしのはじめての友達だった。向けられた感情がどういった種類のものであれ、嬉しかったのだ。

 だが。

(この悪魔の言うとおり、きっと、もう相沢さんと今まで通りには戻れない――)

 かけがえのないものを失ったことに、あたしは呆然とした。

 その耳元に悪魔が囁く。

「おまえにともなどできようはずもない。おまえは人間なのだ。憎まれるか欲しがられるかその両方か――。だが誰がどんなにおまえを求めようと、もうお前は俺のものだ。だれも悪魔から横取りなどできないのだからな」

 いたわるように肩に触れてきた手を避けるように椅子から立ち上がった。隣の座席に置いた鞄をひっつかむ。

「――どこに行く?」

「西森くんのところよ」

 悪魔はわらう。

「……友を失った穴を男で埋めるのか?」

「そうよ」

 あたしはきっぱりと言い切った。悪魔はかすかに目を見開き、あからさまに苛立った表情を見せた。そんな悪魔を無視し、踵を返す。

 もうあたしは子供の頃のようにひとりぼっちなわけではない。この悪魔しかいなかった頃のあたしではない。義父や義兄、大学の先輩たち――あたしを取り巻く人達が敵ばかりでないことをもう知っているのだ。

「よせ」

 悪魔が腕をつかんだ。あたしはそれを振り払い、悪魔を睨み上げた。

「あたしが死ぬまで干渉しないって約束でしょうが。あたしが誰とどうなろうが、とめる権利はないはずよ」

「そうだ。お前が死ぬまではおまえが誰と何をしようと自由だ。――だがあの男はやめておけ」

 あたしは怒りに任せてテラスを横切り、テーブルをくっつけて笑いあっている男子の集団の前に立ちはだかった。

 数人が気づいてこっちを見た。西森くんもつられたように振り向き、あたしの殺気立った形相を見てぎょっと目を見開いた。

「……どうしたの? 相沢さんは?」

 あたしはごくりと唾を飲みこんだ。そして顔を上げ、「西森くん」とその名を呼んだ。

「いいよ。つきあおう」

 まわりの男子が、総じてあんぐりと口を開けた。その内の一人が――まじかよ、と呟く。

 西森くんも唖然と目を見開いていたが、ふいに我に返ると、銀縁眼鏡を押し上げながら頷いた。眼鏡と手で隠してはいたが、その顔は真っ赤だった。

「ふざけんな、西森ぃ」

「なんの奇跡だよこのやろう」

 男子たちにどつき回される西森くんを、悪魔が暗い眼差しで見おろしている。その内面のうかがい知れない顔をあたしは横目で見やった。

(三つ目の願いをかなえるまで好きに付きまとうがいいわ。それならあたしは、幸せにすごす姿を見せつけてやるだけよ)

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