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「ねぇ、翼はどうしたの」
「なくした」
悪魔はそっけなく言った。
落としたとでも言うのか。唖然とするあたしを、悪魔は不機嫌そうに見やった。
「なにやら誤解をしているようだが、無い状態にしただけだ。俺たちはどんな姿にも形を変えられる。蝙蝠や犬、蝿にだとてな。翼を消すくらいなんてことはない」
「そんなに触られたのが嫌だったの?」
悪魔は軽蔑したような眼で、あたしを見下ろした。
「おまえには関係ない」
いかにも見下した物言いに、かっと顔に朱が昇るのを感じた。その一方で、いつの間にか自分がこの悪魔にわずかにでも心を許してたことに気づき、愕然とした。
(こいつは人間じゃない。でもやっぱり大人の男なんだ。――なら、あたしの敵だ)
悪魔はあたしが隣で怒りをたぎらせていることになんかまったく気づいた様子なく、前を見て悠々と歩いている。あたしを傷つけたことなど、気にもとめていないようだった。悪魔だから当たり前なのかもしれないが。
その時、ふいに前から自転車が走ってきて、あたしはとっさに顔を伏せた。
自転車に乗ったおじさんは、この風変わりな格好をした男に見向きもしなかった。
「……本当に見えないんだ」
「勘のいい者なら気付く。ただ悪寒を感じる者もいれば体調を崩したりする者もいる。力のある者なら、俺の姿がはっきりと見えたりもするのだろうが」
「通学路にこんな変な格好の人が歩いているのが見えたら、お巡りさん呼ばれてもおかしくないね」
「見る力のある者は俺を人でないものとわかっているだろうから、通報されることはないだろう」
思いっきり皮肉を込めて言ってやったのに、悪魔はまるで意に介さないようすだった。
学校が近づき、しだいにまわりに学生が増えはじめた。
あたしはだんだん不安になってきた。今のところ、誰も悪魔の存在に気づいた様子はなさそうである。だが、悪魔の言う見える力のある者――そういった連中がもし校内にいたとしたら。
「ねえ、本当に学校までついてくる気なの?」
あたしは声をひそませて尋ねた。
「お前が通う学校とやらがどんなものかと思ってな。いけないのか?」
「学校にはあんたを見える人がいるかもしれないよ。たくさん人がいるんだから」
「それが何だというんだ?」
どうでもいいと言わんばかりの態度である。あたしはむっとなった。
「困るって言ってんの。変な噂を立てられたりしたらどうするの」
「ただでさえ目をつけられやすいのに、か?」
ぎくりとした。何で知っているのだ。
「
悪魔は嘲るように言い捨てた。込み上げた怒りを、必死で落ち着かせる。
――勝手にするがいい。ただ、ついて来れるのなら。
この悪魔が余裕ぶっていられるのも、きっとせいぜい今の内だけだ。
あたしはものすごく意地悪な気持ちになって、横目で悪魔を睨みあげた。
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