第20話 流動人間の最期

度重なる変形と再生を繰り返したことにより、流動人間の身体に少しずつ負荷がかかっていた。短時間で急激に再生と変形を行うことはリスクが高い。

しかし、ここで逃げるのは自分の負けを認めるようで嫌だった。

美琴の腕がまっすぐに伸びてくる。ストレートパンチだ。

顎を狙っていることは軌道でわかる。

星野のときと同様に顔を揺らして軌道を変えれば。

しかし目論見は儚く崩れた。美琴のストレートパンチは彼の顎を消し飛ばした。

恐るべき速度と破壊力だ。華奢で清楚な見た目からは想像することはできない。

美琴は再生した彼の顎と頭頂部を掴んでグラグラと揺らしていく。顔面固めだ。凄まじい速度で頭部をシェイクされ、破裂。

どうにか再生すると今度はヘッドロックに極められる。

頭を腕で封じられたままでダッシュされ、フェイスクラッシャー。また、頭である。

この試合が開始してから何度頭を破壊されたか、流動人間は忘れてしまった。

これ以上狙われると面倒臭いと拳が飛んでくると同時に亀のように頭を胴体に引っ込めて回避。

すると美琴はにっこりと笑って彼の両足を掴んで両腋の下に挟んで軽々とジャイアントスィングを発動してしまう。美琴の身体を軸に猛烈な回転をみせる流動人間ゴマ。

ようやく離されたところでコーナーの鉄柱が迫ったので身を翻して両足で鉄柱を蹴ってミサイルのように舞い戻る。

同じ攻撃を繰り返されたことで彼も学習したのである。

タックルにより美琴はこの試合初のダウンを喫するもすぐに立ち上がって、流動人間を足払いで宙に浮かせると顔面を鷲掴みにしてキャンバスに叩きつけ、アイアンクローを完成。

白く細くしなやかな指が流動人間の顔面に食い込んでいく。グニュグニュとゼリーをつぶしている音が試合場に響いた末に彼の顔は破裂。

再び再生された顔にはウニのような棘が生えていた。執拗な顔面攻撃に怒り心頭していたのだ。彼の表情で美琴は察し、ぺこりと一礼した。


「すみませんっ」


しかし頭を下げた程度で彼の怒りは収まらず突進してくる。

頭を下げている美琴を幸いと彼女の身体を捉えパワーボムで叩きつけようと試みるが、美琴は踏ん張りを利かせて阻止。

そのままリバーススープレックスで投げ返してしまう。

仰向けになった流動人間を反転させて逆エビに捉えるが、彼は両足をちぎり捨て脱出。

足を再生させるが、動きが止まってしまった。

足が鉛のように重くなっている。

これ以上再生できないと実感した流動人間は最後の勝負に打って出た。

体力も精神も全て使うつもりの全力のパンチの雨。

美琴はノーガードで応えた。彼の打撃を全て受けきることにしたのだ。

彼女は彼に悔いなく全力で戦ってほしかったのだ。

星野の時よりも加速した打撃はジャドウもムースも目視できず。

無防備で食らい続け全身を傷だらけにして吐血する美琴の姿が見えるだけだ。

流動人間は口元に笑みを見せて最後の一撃を放つ。美琴の頬に食い込んだ途端、彼女の全身が黄金色に発光したのだ。流動人間と同じ色に。

彼がひるむと美琴は涙を流した。


「流動人間さん、本当に、ごめんなさい」


上空から光のエネルギーで生成された巨大な拳が流動人間に降り注がれる。

一発ではなく豪雨のように撃ち込まれ続け、リングが衝撃で揺れている。

絶え間なく続いた打撃は朝方になりようやく終わりを迎えた。

全身に穴が開き、もはや最期を待つばかりとなった流動人間に美琴は歩み寄ると、彼を優しく抱き寄せて。


「流動人間さん。わたしはあなたと戦ってよかったです。本当に強かったです。

素敵な試合を、ありがとうございました」


流動人間も彼女の背に手を回して不器用にハグをすると、彼の身体が薄くなる。

雲の合間から差し込まれた太陽光を浴びて身体が透けてきているのだ。

そして彼は粒子となって天へと舞い上がっていく。

その姿は黄金にキラキラと輝いて美しいものがあった。

ジャドウは空を見上げて言った。


「終わりましたな」

「はい。終わりました……」


疲労感からその場に倒れこむ美琴にムースが慌てて駆け寄り。


「美琴様っ、だいじょうぶですか?」

「お腹が空いて疲れただけです。ムースさん、今回はあなたの力添えがあったから彼を倒すことができました。本当にありがとうございます。それで、もしよかったら、招集がない日は泊りに来てもいいですか?」

「もちろんですわ。

毎日ではないのは悲しいですけれど、でも、それでも嬉しいですわ!」


ジャドウは女子同士のイチャつきが耐えられず瞬間移動でその場から離れた。

こうして美琴によって恐るべき人工生命体は倒され、地球は平和を迎えたのだった。


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