第16話 散歩をした美琴はスターとメープルに会う

「おばあさん。わたしが持ちますよ。いっしょにわたりましょう」

「ありがとうねえ」


ビルの外へ出た美琴は重そうに買い物袋をもっているおばあさんを助けたり、ガス欠になって立ち往生している車を修理場まで運んで持ち主に感謝されたりと、スーパーヒーローとしての性分もこなしながら楽しく散歩をしていた。

のんびりと歩いていると、前方に長い行列があった。何事かと思って行列の先に視線を向けるとアイスワゴンでアイスを買っている客が見える。


「少し暑いですから、アイスを食べるのもいいかもしれませんね」


美琴は考えてから自分も列に並ぼうとすると、備え付けられた円型のテーブル席でおいしそうにアイスを食べているひとりの男に目がいった。

金髪碧眼で茶色の三つ揃えのスーツを着こなしたその大男に美琴は見覚えがあった。

否、よく知っている人物である。


「スターさん!?」

「おや、美琴ちゃん! こんなところで会えるとは嬉しいね! さあ、一緒にアイスを食べよう! 並ばずとも、君のぶんはあるから心配しなくてもいいよ! 仕事? スターコンツェルンは堅実に運営しているから問題はない! だからこそわたしはこうやって暮らすことができるのだよ!」


いつものように快活に笑って向かいの席をすすめるスターに苦笑しつつも美琴は応じることにした。

彼からワッフルコーンに入ったストロベリーアイスを渡され、舐めてみる。

ひんやりとした感触と苺の甘酸っぱさが舌に伝わって、暑さもあってかより美味しく感じることができる。

美琴は夢中で舐めてパリパリとコーンも食べ終わってスターに向き合う。

相変わらずニコニコと笑いながらスターが切り出した。


「きみはわたしがどうしてジャドウ君を重宝するか気になっているようだねえ。

なら、教えよう! ジャドウ君は悪だよ。実際、これほどの悪人は宇宙中探してもいないと思えるほどに。

だからこそ冥府王にまで上り詰めたとも言えるけれど――それだけに大切なんだ。

宇宙の平和を守るためには正義の力だけでやっていくことは難しい。正義と悪が戦えば、時として正義が悪に飲み込まれてしまうこともあるだろう? 

そのときのために毒をもって毒を制す、つまり悪にはより強い悪をもって対抗する必要があるかもしれない。

その点、悪人の心を知り尽くしているジャドウ君は適任なんだよ。彼が進んで泥をかぶったり憎まれ役を買ってくれるからこそ、助かっていることが非常に多い。

むしろ、彼がいないとスター流はダメになる。

武力は優れているけど、みんな頭を使いたがらないというか単純な性格の子が多いからね。正義は大事だけど、悪からも学んで大局的に物事を見ることが大切なんだ。

わたしの流派に限らず人間も表面だけみて叩いて本質を見ることを忘れているから、困ったところではあるけれどね。ジャドウ君を判断するなら表面の言動や行動ではなく、本質を見るようにするといいだろうね。えっと……他に質問はあるかな?」


スターがよく回る舌で一気に喋ったことから美琴は口をはさむことはできなかったが、質問をする必要がないほど彼女の疑問に答えていた。

美琴がふるふると首を振るとスターは笑顔のままで勢いよく立ち上がり。


「美琴ちゃんが満足してくれたならわたしも嬉しいよ! それではわたしは次のお店にアイスを食べに行くからね。あ、そうそう。たまにはムースちゃんのところに様子を見に行くように! じゃあ、散歩を楽しんでね! 流動人間との闘い、がんばるんだよ!」


高らかに笑ってスタスタとその場を離れていく。まるで暴風のようにまくし立てて去っていったスターの勢いに呆気にとられ、しばらくの間次の行動に移ることができなかった美琴だが、ひと息ついてようやく腰を上げた。


「スーパーに行ってジャドウさんのためにお酒を買ってくるのもいいかもしれませんね」


なんとなくそのように考えスーパーで洋酒を買って店を出たところ、今度はメープル=ラシックに会った。長い金髪ツインテールに碧眼、透けるように白い肌のメープルは白い半袖のシャツに臙脂(えんじ)色のキュロットスカートという動きやすくボーイッシュな服装をして、口には好物の棒付きキャンディーを咥えている。

美琴が挨拶をするとメープルも笑って。



「最近は暑くなってきたから半袖にしてみたのよ。似合うかしら?

そうだわ、これから三時のおやつを作るところだったのだけれど、よかったらあなたも一緒にどうかしら?

念で話すのもいいけれど、直接顔を合わせて会話するのも大切よ。

距離を置くのも大事だけど、あんまり置きすぎると見捨てられちゃうわよ」


澄んだ声で言ってからメープルは完璧なウィンクをひとつ。

それから踵を返して颯爽とした足取りで歩き出すと、後ろから慌てて美琴が追いかけてくるのでメープルはクスクスと笑って悪戯(いたずら)っぽい口調でたずねる。


「あら? ジャドウにお酒を届けなくてもいいのかしら?」

「今はムースさんの方が大切ですから」

「彼女が聞いたら大喜びするわね。そうと決まれば急ぎましょう。ムースが首を長くして待っているでしょうから」

「はいっ」


ふたりはアパートを目指して歩き出した。

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