第14話 非情なるジャドウの思惑!美琴の怒り!

普通の敵ならば肉片になった時点で勝負は決しているが、流動人間は液体である。

斬られた破片からもう一体の自分の分身を生み出すことなど簡単だ。

力は半減してしまうが、数の強みを出すことができる。

胸を貫かれ血の湖に倒れ伏す川村を二体で滅多蹴りにして先ほどの返礼を行っていると、不意に彼らは何者かの衝撃で吹き飛ばされてしまう。

壁にめり込んでから分身を取り込みひとりに戻ると相手を認識する。

それは、倒したはずの星野天使だった。

無類のタフネスを誇る彼は気絶から回復していたのだ。

川村に肩を貸してどうにか立ち上がらせて、敵の攻撃が来る前に瞬間移動でその場を逃れた。

流動人間は獲物を逃がした悔しさで床を殴りつけて八つ当たりをしてから、水たまりのような液状型でそのまま留まった。

星野を追いかけることも移動もしない。

何かの気まぐれか他の意図があるのか――真相を知るものは少ない。



闇野美琴はスターコンツェルンビル内部にあるレストランで自分専用のおにぎりを作っていた。ここは基本的に流派のものしか使用しないので、美琴はいつでも好きなときに訪れては好物を作って食べている。

大きな窓からは夜になると絶景が見え腹も心も満たすので美琴にとってお気に入りの場所となっている。大量の米を使用して作った特製おにぎりをぱくぱくと頬張って一瞬、幸せな気分になるも、脳裏にはジャドウの言葉が蘇る。

ふたりに任せれば問題はないとジャドウさんは言っていましたが、本当にだいじょうぶなのでしょうか?

たくあんと一緒におにぎりを水で流しこんでぼんやりと景色を眺めていると、ジャドウの念が飛んできた。


『美琴よ。医務室に至急来るように』


やはり懸念が当たったのだ。美琴は席を立ってレストランを飛び出した。



スター流の医務室には肉体治癒装置と呼ばれる機械があり、水槽の中にベッドと呼吸器が備え付けられており、中は緑色の液体で満たされている。

この装置の中に入ると傷を癒してくれるのだ。

美琴が駆けつけたときには星野と川村のふたりは治癒装置の中に入れられ呼吸器を装着されていた。瞼は閉じられまるで眠っているかのようだ。


「まさか星野が倒されるとは、信じられん……」


普段は仲の悪い兄弟だが、不動は弟の戦闘力を確信していた。

自分と同等以上の弟が不覚を取るなどまずあり得ないだけに、今回の敵――流動人間の厄介さに苛立っていた。

不動は目を血走らせ、しぼりだすような声で言った。


「星野が本気を出せば負けるはずがない」

「左様。奴が天使のアッパーさえ放てば今頃流動人間は宇宙の塵でしたな」

「なぜ、出さなかったのだ」

「否、出せなかったようですな」

「弟の――星野の『天使のアッパー』は不可避の必殺技だ。

アレを受けて無事な奴はいない」


不動の言葉にジャドウが頷き先を続ける。


「怒りによって放たれる全エネルギーを込めたアッパーは、吾輩だけでなくスター様も一撃で宇宙まで吹き飛ばされるほどの代物。しかし、発動には条件がある」

「条件ってなんですか?」

「星野は『堕天使』と言われることで激高し、己の力を覚醒させることができるが、この様子を見るに川村も言わず、流動人間のガキからも言われなかったんだろう」

「流動人間は喋れないようですからな。

では、美琴も揃ったところで流動人間の戦闘法の分析に取り掛かるとしよう。

テレビの中継よりも正確な吾輩の水晶玉で鑑賞といきますかな」


ジャドウが指を鳴らすと水色の水晶玉が出現し、玉から発せられた光が壁にプロジェクターのように星野と川村の激闘を映し出していく。

それを見終わった美琴は涙が止まらなかった。

わたしがレストランでおにぎりを食べている間にふたりはこんなに懸命に戦ってくれていたのですね。わたしが参戦していれば彼らがこれほど負傷することもなかったはずなのに……

そのように思って胸が痛くなり、大粒の涙がこぼれる。


「ジャドウさん、どうしてわたしに念で教えてくれなかったのですか!?」


感情が爆発し普段よりも大きく、悲しみの混じった声でたずねるがジャドウは眉ひとつ動かさず平然と答えた。


「吾輩の作戦遂行にはふたりの犠牲が必要でしたからな。お前に邪魔されては困る」

「それでも……それでもあなたはスター流のメンバーなんですかっ! 仲間を使い捨てみたいにしてなんとも思わないんですか!?」

「スター流のメンバーが必ず仲間想いでなければならぬという掟はなかろう。吾輩はただ、スター様のために動けばいい」

「そんなことあっていいはずがありませんっ!あなたには人の心がないんですかっ」


涙で頬を濡らしながらもジャドウを睨む。

しかしジャドウはニヤニヤと笑って。


「吾輩は冥府王ですからなあ。人に堕落した覚えはありませんぞ」


美琴は強く唇を噛みしめ、怒りで全身を震わせる。

ジャドウは一切気にせず言葉を続けた。


「だがな美琴よ。彼らは立派に役目を果たした。

流動人間をあの場に留めたではないか」

「でも、彼はまた動き出すはずです」

「スター様に誓ってそれはない」

「ジャドウ。そこまで言い切る根拠はなんだ」

「奴が出現した場所は夜の街中にデパートの中、どれも日光を避けている。

奴は液体型生命体。長時間日光に照らされると蒸発してしまう。

だから日が落ちるまであそこからは動くことはない! さらに言えば、奴は不動、吾輩、川村、星野との戦闘で自らの戦闘力に酔い始めている。

そろそろ大々的に強さを誇示したくなるであろう……

そこで奴はまだ戦ったことがない流派のメンバーに狙いをつける。奴が知る中で、一度も拳を交えていない人物がいるとすれば」


ジャドウは顔中に狂気の笑みを浮かべてスウッと骨ばった指を差した。

その指の先にいたのは。


「闇野美琴よ。今こそお前の天賦の才を見せつけるときですぞ」

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