第12話 星野天使と川村猫衛門
星野天使は目覚まし時計よりも早く起床した。
今日は彼にとって何よりも楽しみの日だ。
変身ヒーローもののショーがデパートで行われるのだ。アニメや特撮が大好きな彼には見逃せないイベントで、半開きの瞳にも輝きがあらわれている。
白いシャツに灰色のズボン、首には愛用のヘッドフォンを装着し、アパートを出た。
待ち合わせ場所にやってくると彼の友人である川村猫衛門が立っていた。
雪のように白い肌に大きな瞳、黒髪をポニーテールに束ねているので美少女と間違われるがれっきとした少年である。黒の袴姿に足袋をはいて、腰には愛刀『斬心刀(ざんしんとう)』を差している。スター流は国から武器の所持が認められ警察にも共通の認識なのだが、猫衛門の姿を見かけても子供が侍のコスプレをしているようにしか見えないだろう。
「川村くん。おはようございます」
「星野殿、おはようでござる」
「すみません。遅くなって」
「いや。拙者の方が早く到着しただけのことでござるよ。それより星野殿は朝ごはんは食べたでござるか?」
「僕にはカレーパンがありますから。川村くんも食べていないのでしたら、どうぞ」
星野は無表情でカレーパンを半分にちぎって川村に差し出す。
「ありがたくいただくでござる。はむっ」
ぽいと口に放り込んで噛むと熱々のカレーが喉の奥に流れていく。
あまりの熱さに悶絶すると、星野はペットボトルの水を渡した。
川村はごくごくとやって落ち着きを取り戻すとニコッっと笑って言った。
「それでは参ろうか」
「はい」
川村は両側頭部に生えた猫耳をピクピクと動かし、さらりと袴の腰から伸びた尾を揺らす。
彼は猫獣人であり、幕末の世では『白猫侍』の名の人斬りで恐れられたがスター流に入門することで改心し現在に至る。普段は温厚なのだがひとたび戦闘になれば禍々しい殺気を放ち敵を一刀両断することにも僅かな躊躇いもない。
星野と川村は仲良く手をつないでデパートへと行き、ショーが始まるまで本屋などを散策して時間を潰してから後ろの方で始まるのを待っていた。
「宇宙ヒーロー、コスモマン参上!」
お目当てのヒーローが現れると星野の瞳に輝きが宿る。
悪漢を倒すヒーローにくぎ付けになりながらも、袋からカレーパンを取り出して頬張ることを忘れない。その様を微笑ましく思った川村は少しだけ目を細めて笑った。
ヒーローショーが終盤に差し掛かった時、川村は強い殺気を覚えた。気の流れを感知して見上げるとデパートの天井から黄金の水滴がポタリポタリと落ちていく。
人目にはわからぬほどの細かい粒だ。黄金の雨など見たこともない川村は少しずつ警戒の色を強め、刀の柄に触れた。いざというときは抜刀する構えである。
ショーが終わると同時に水がステージに結集し筋肉質の黄金怪人に化けた。
怪人は筋肉質の腕を四本生やすとステージにいたヒーローを腕で振り払って飛ばし、子供たちめがけて腕を伸ばして襲い掛かってきた。
すぐさま川村が跳躍し、斬撃を一閃。
四本を一太刀で切り落とすが、怪人は瞬時に再生する。
「皆の衆! これはショーではござらん! 逃げるでござる!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、子供も大人も一斉にデパートの出口へ駆けていく。
星野は倒れているヒーローの役者を攻撃が届かぬところへ運んで、川村と並び立つ。
星野は常に無表情だが、その瞳には怒りの色が宿っていた。
ボクシングの構えを取り、名乗りを上げる。
「僕は星野天使。その名の通り天使です。それ以外の何者でもありません……
天使として人々に悪を働くあなたを倒します」
背中に収納されている白い天使の翼を解放させ、軽く羽ばたかせると爽やかな風が吹く。
星野と川村のふたりはジャドウの作戦に無意識に巻き込まれていることなど、知る由もなかった。
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