第10話 大切に思っているからこそ

任務が終わった美琴はアパートには帰宅せずにスターコンツェルンビルに宿泊することにした。広大な高層ビル内は飲食店やブティックなど設備も充実しており、当然ながら弟子が身体を休めるようにと医務室や宿泊施設などもある。

広い部屋にベッド、備え付けられた豪華な家具のある部屋に入った美琴は本日何度目かのため息を吐き出した。

やはりムースの存在が気になるのだ。彼女をひとりにしてアパートを出たのはダメだっただろうかという後悔の念がよぎる。しかしながら、そうでもしないとムースの愛情は深まり、強くなっていく。

美琴はムースに友情を抱いているが、決して恋愛感情があるわけではない。

告白され愛される気持ちが嬉しいが、彼女の想いに応えることはできない。

明確にひかれた線が存在するのだ。

今頃ムースはどうしているのか、ひとりで泣いてはいないかと様々な感情がふきだす。

スター流メンバーは不老長寿であり、美琴もムースも例外ではない。

ずっと依存していれば万が一、自分が死亡したときに彼女は深すぎる悲しみに襲われ、再び悪の道に進んでしまうかもしれない。それだけはなんとしても避けたかった。

ベッドに腰かけ好物のおにぎりを口にするも、味が感じられない。

普段は大好物であったとしても自分の冷たい決断に自己嫌悪し、味覚が鈍り心から味わうことができなくなっていた。


『美琴様……美琴様、聞こえていますか』


脳裏に響くはムースの声だ。彼女はテレパシーで話しかけている。

スター流のメンバーは文明の利器を好まない。携帯電話はテレパシーで、車やバス、飛行機などの移動手段は使わず移動は基本的にテレポートで行っている。

現在の人間より遥かに上の手段を流派は獲得しているのだ。

ムースの問いに迷いを見せた美琴だったが、やはり生来の優しさ故か最低限の連絡はしようと考え、彼女の念を受け取り、返す。


『聞こえています。流動人間さんは逃がしてしまいましたが、わたしにケガはありません。

ムースさんの方は大丈夫ですか? ごはん、三回食べていますか?』

『はい。一応は……それにメープルお姉さまもいますし』

『メープルさんと一緒なんですね』


メープルは美琴やムースの先輩にあたる存在で彼女たちの姉のような存在だ。

非常に優れた頭脳と戦闘センスを持つが滅多に出撃することはなく、流派とは基本距離をおいて悠々自適な生活をしている。が、美琴たちとは親しいため、過度にムースが寂しさを感じ思いつめないよう、しばらく一緒に生活をすることに決めたのだ。


『それなら、安心ですね』

『お姉さまはとても親切でとても頼りになりますわ。でも、やはり美琴様がいないと』

『今はお互い我慢の時期です。会えない時間は増えますが、わたしはムースさんのことをいつでも思っています』

『美琴様。わたくし、がんばりますわ。美琴様のことが大好きですもの』

『ムースさんはえらいです。別々の生活を共に乗り越えましょう』

『はい』


ムースの明るく決意に満ちた、それでも寂しさが残る返事を聞いてテレパシーは終了した。

お互いにベタベタと依存しあうだけの関係ではなく、思いあっているからこそ距離があっても耐えられる。少しずつ変わってきていることを願いながら、ムースに祈り、美琴は戦闘の疲れを落とすべくシャワーを浴びるのだった。

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