第6話 もう一人の、攻略不可キャラ

「ベップさんに、ミラベルさんね。助けてくださって、ありがとう。お茶をご用意するわ。ついてらして。ゼイビアック!」


「はっ」


 サクラーティが年老いた執事に、馬車の扉を開けさせる。


「ではどうぞ。お二方」


「ありがとう」 

 

 老執事に促され、オレたちは馬車に乗り込む。


「改めて。あたしはサクラーティ。みんなからは、サクラと呼ばれているわ。そう読んでちょうだい」

 

「ムーアクロフト王国の第二王女なんて、ホントにいたんだな」


 てっきり、設定だけだと思っていたぜ。


 彼女は、ゲーム内で攻略対象ではない。攻略できるのは、姉の方だ。

 ていうか第二王女なんて、ゲームには名前すら出てこない。姉が、「妹が」と、雑談の中で出てくるのみだ。


 サクラーティ姫は、ピンク髪を六つの縦ロールに結ぶという、独特の髪型をしている。

 まだ幼いらしく、背は小さい。

 歳を教えてくれたが、まだ一〇歳にも満たないとか。

 そりゃあ、攻略できんて。


「どういったご用件で、お城から出てきたの?」


 ミラベルが、臆せずサクラ姫に尋ねる。


「これから、果樹園に向かうの。ペイルの実は、我がムーアクロフトの名産なのよ。あたしは、ペイルの木の管理をしているの」


 たしか果樹園の世話に夢中で、ゲーム世界には顔を出さない。

 果樹園も、ゲームでは立入禁止になっていたし。


「つまり、まだ実装されていなかったのか」


 ゲームが販売された当初は、開発中だったか。

 その可能性が、あるな。

 

「どうしたの、ベップおじさん?」


「ああいや。なんでもない」


 メタ推理は、よそう。


 あくまでも、ここにいるのは第二王女だ。

 

 ミラベルと一緒に過ごすだけで、充分じゃないか。


「着いたわ。どうぞ」


 スタッと、サクラ姫が馬車から飛び出す。


 森をちょっと行った先に、果樹園はあった。


 スイカくらいデカい梨のような物体が、木になっている。

 

 なんて大きな大木なんだ。

 リンゴや桃とか、柿の木とかを連想していたが。

 こういう木を、世界樹と呼ぶのだろう。

 

 梨の周りを、ハチが回り込んでいた。これまた、カラスくらいデカい。


  

「あーまた。やっぱり、モンスターが湧いているわ」


 サクラ姫が、王笏を両手に持って振り回す。


「ふん!」


 ドレス姿だというのに、モンクばりの格闘術でハチたちを追い払う。

 巨大ハチに刺されそうになるが、機敏な動きで回避してカウンターを打ち込む。

 

 随分と、こなれているな。


「新手だ」


 鳥型モンスターも、湧いているし。

 カラスまで、やってきやがった。あちらもでかいな。


「あっちは、オレたちで倒そう」


「うん!」


 世界樹に、炎魔法が燃え移ってはいけない。


 氷属性の攻撃で、倒すか。

 とはいえ、範囲攻撃だと土にダメージが行く。


 だったら。


「【アイスアロー】!」


 ミラベルは、氷の矢を杖に形成した。

 飛んでいる魔物に向けて、氷の矢を打ち込む。


 翼を凍らされて、鳥型の魔物が墜落した。


 そこへ、ミラベルがとどめを刺す。


 氷魔法だけで倒せないなら、これでいい。 

 

「【アイスジャベリン】!」


 氷でヤリを形成し、三匹まとめて串刺しにした。


「すごいね、ベップおじさん」

 

「これくらい、どうってことない」


 その後も、アローとジャベリンの氷魔法で、鳥形も撃退した。


「どうもありがとう。助かったわ」


 すべての魔物を蹴散らし、サクラヒメが王笏をしまう。


「いやいや。それにしても、あんた強いな」

 

「そうでもないわ。あの野盗に集団で襲われたら、ゼイビアックがいたとしてもどうなっていたか」


 あまり、自分の強さを過信していない。

 サクラ姫は、いい戦士だ。


「どっちかっていうと、こういう役割のほうがいいの」



 サクラ姫が、世界樹に手を添える。


 ハチに潰された果実が、みるみる元に戻っていく。


「あんた、ヒーラーか」


「そうなの。一応、プリーストよ」


 とはいえ、あまりに傷んだ果実は、治癒できないという。


 

「こんな感じで、自然に任せて管理しているから、どうしてもモンスターも寄り付いてしまうの。かといって王国が兵隊を集めると、実の育ちが悪くなるみたいなのよね」


 世界樹は人間が手をかけすぎると、自己治癒能力が下がって苦くなるらしいのだ。

 多少のストレスを与える要因として、魔物がいる環境においているらしい。


 地球の果物とは、逆の発想だな。

 あちらでは人の手をかけたものをクマなどが食べないように、離れた場所に広葉樹を植えるというし。


 サクラ姫いわく、そういう処置もしているが、やはりうまいものを嗅ぎつけられるそうだ。

 どれだけやっても、魔物のほうが賢いわけか。

 

「確かに、少々食われてる実があるな」

 

 モンスターとある程度共存したほうが、おいしい実になるのだという。

 ある程度被害が出るのは、仕方ないのだとか。

 

「ハチは、実まで食うんだな」


「実を食べるんじゃなくて、花の蜜を吸いに来ているのよ」


 ペイルの花とは違う種類の花も、世界樹には生えていた。


「蜜を吸いにくる際に、邪魔な実を落としちゃうのよ」


 それは、迷惑な。


 で、落ちた実をカラスが食っちまうと。

 

「ヘタに生態系を乱すことになるのよ。だから必要最低限の駆除だけやって、売り物にする分だけを収穫するのよ」


 サクラ姫が、実のなっている枝までジャンプした。ペイルの実を一つ、両手でもぎ取る。


 老執事は、組み立て式のテーブルを用意する。

 

「どうぞ。ゼイビアック、切って差し上げて」


「はっ」


 テーブルにペイルの実を置いて、包丁でカットしていく。


「さあ、召し上がってちょうだい。お茶もご用意するわ」

 

 ホントに、スイカみたいな食い方だな。


「いただきます」


「いただきまーす」


 オレとミラベルは、両手で梨を掴み、実にかじりついた。


 シャク、と梨の瑞々しさが、口の中に拡がっていく。


「おいしい!」


「でしょ? こんなに大きいのに、スイスイ食べられるのよ」


 確かに、あっという間になくなってしまった。


 スイカまるまる一個分が、胃に入っている。

 なのに、全然重くない。

 満足感だけが、拡がっている。

 これは、人気商品になるわけだ。


「そういえば、魔物に襲われていたみたいだが?」


 お茶をもらいながら、オレは質問をする。

 

「あの連中はペイルの実じゃなくて、あたしを狙っているのよ」

 

 どうも魔王の手先らしく、サクラ姫を連れ去ってムーアクロフトの影響力を弱めようとしているそうだ。


「そこでお願いなんだけど、護衛をしつつ、ヤツラの討伐をお願いできないかしら?」

 

「護衛って。サクラ姫は、自分で戦うつもりか?」


「ええ。お父様を心配させるわけには、いきませんもの」


「つっても、一応話し合ったほうが」


「それだと、魔王軍を抑え込んでいる兵を、こちらに向けてしまいますわ」


 ただでさえ戦局が逼迫しているのに、これ以上兵を分散できないと。


「でも、お話しておいたほうがいいよ。隠しごとなんてしていたら、余計に王様が心配しちゃう」


「そうね。とはいえこちらとしては、お父様に負担はかけたくないのよね」

 

 そうだ、と、サクラ姫が手を叩く。


「あなたたちを、お父様に紹介するわ。護衛をお願いしているって。それでいいかしら?」


 いいんだろうか?


「ホントに、わたしたちでいいの?」


「あなたたち以外に、適任者はいないわ。あなたたちは、充分に強いもの」


 というわけで、再び馬車の中へ。


 おお、ムーアクロフトの王城に足を踏み入れることになるとは。


 かつては「勇者のアバター」で入ったことはある。

 だが、こんなナリで王様は納得してくれるのか?

 今から、心配になってきた。


「ベップおじさん、緊張するね」


「だよな」


「わたしも、さっきからドキドキしっぱなしだよ。王様に会うんだから。自分の国の王様にだって、会ったことがないのに」


「うんうん」


 オレは、別の意味で心配しているけどな。

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