第3話 初戦闘

 オレとミラベルは、街の外へ向かった。


 その前に。

 


「では、戦闘準備を」


「はい」

 

 ミラベルが棍棒を取り出し、ネコミミフードをかぶる。

 おお、かわいい。天使。


 目的は、薬草採取だ。冒険者として、初歩的な訓練をする。


「薬草取りだって、ギルドや商人たちがどのような働きをしているかを知る、重要な仕事だ。バカにできないんだよ」

 

 オレの説明を聞きながら、ミラベルがメモを取った。

 素直! 天使。


「おっ」


 草原に、モンスターが現れる。 

 街の外に出て、いきなりモンスターと出くわすか。



 半透明の球体が、ポヨンポヨンと跳ねている。

 点々と口といった、簡素な顔が表面には描かれていた。


「かわいいー」

 

「スライムだ」

 

 飛んで遊んでいるだけで、危険なモンスターではない。

 普段スライムは、そのへんの雑草を食べている。いわば、草食系モンスターだ。

 が、馬車の荷台を溶かして、食べ物を吸収してしまうことも。


「間近で見ると、大きいな」


「顔はかわいいけど、ちょっと怖いね」


 三体いるうち、二体は大型犬くらいのサイズだ。

 親玉は、ゆるキャラのきぐるみくらいの、大きさはあるか。


 スライムは悪意をもって、人を襲っているわけじゃない。モンスターの本能が、そうさせるのだ。

 魔王の瘴気に当てられている、といえばいいか。


「軽く小突いてやれ。そうしたら改心して消えていく」


「はい。このー」


 ミラベルが、棍棒を振り回してスライムに突進した。


「おわ!?」


 ずっこけた拍子に、スライムに重い一発を与える。

 

 スライムの頭上に、星のエフェクトが走った。

 そのままスライムが、目を回しながら消えていく。


 エンドコンテンツに出てくる魔物は、基本的にファンシーな造形になっている。


 実際のスライムは、もっと凶暴な姿をしていた。

 ミラベルの性格に合わせて、形を変えたみたいだな。


「そっか、ははーん。なるほど」


 こんな優しい世界観になると、魔王討伐といったシビアさを表現しづらい。


 だからミラベルは、攻略対象から外されたのだろう。


『勇☆恋』だって、それなりにファンシーなのである。

 とはいえ、シナリオ自体はシリアスだ。


 ミラベルが活躍するには、このゲームの世界はハードすぎる。


 だが、ミラベルと旅をするモードだと、世界観がマイルドになるようだな。

 これなら、ミラベルのかわいさに一層集中できる。

 いい塩梅な、世界観じゃないか。

 リアルなファンタジー世界だと、ギスギスしちゃったりするからな。

 心が荒んでしまう。

 

「なにを、一人で納得しているの、ベップおじさん?」


 おっと、またメタな妄想をしてしまったか。

 

「別になんでもない。なんとなくメタ視点で、運営側の事情を察しているだけだよ」


「ん?」


「続けて」


「は、はいっ。とあー」


 レベル一だからか、やっぱりミラベルは動きが鈍い。戦闘がたどたどしかった。


 だが、オレは手伝わない。

 そうしないと、ミラベルが何も覚えられないから。


 戦闘の大変さや、少しずつ強くなっていく楽しさや痛み。


 勇者である兄に憧れているなら、この感覚を覚えてから冒険に出たほうがいいよな。


「終わった」


 三体のスライムを、どうにか倒す。


「レベルが上がった!」


 ミラベルのレベルが、二に増えている。


 ステータスが、さっきの割り振りで上がっていた。


「なるほど。こうやって強くなるんだね」


「ああ。ついでに、魔法も使えるようになったな」


 レベルが上がると、スキルポイントというポイントを得られる。

 ポイントを割り振って、スキルを覚えられるのだ。

 魔法使いとして、魔法スキルは大切である。


「うん。【ファイアボール】を取るね」


 まあ、読んで字のごとくなので、説明はしない。


 スライムの消えたポイントに、アイテムが落ちている。


「この石ころ、キレイだね。【魔石】だっけ?」


 ミラベルが、小石サイズの石ころを拾った。

 

「おう。魔物討伐の証拠品になるから、拾っておこう」


 大小様々な大きさの魔石を、三粒手に入れる。

 他のドロップアイテムは、薬草だ。オレたちが現れたから、消化しきれなかったのだろう。


「じゃあ、本命の薬草取りに向かおう」


「はい」


 薬草を取りつつ、レベルを上げていく。


「こっちは、ちょっと怖いね」


 集団で現れたのは、ゴブリンである。

 弱いとはいえ、コイツらはほぼ必ず集団で向かってくる。

 囲まれると厄介だ。


 とはいえ、ファイアーボールを撃つ機会でもある。


「やっちまえ」


「いくよ。【ファイアボール】!」


 ミラベルが、火球を放った。

 ファイアがピンクでハート型とか、狙ってんのかって思うが。

 

 だが、そんな熱いハートに、ゴブリンが昇天する。

 同じように、ゴブリンを蹴散らしていった。

 

「またレベルが上がった!」


 ミラベルは、またポイントを割り振る。

 覚えられる魔法の中から、今度は【キュア】を取った。


 スライムとゴブリンを退治しつつ、薬草採取を再開する。


 思ったが、ミラベルはアイテムの引き運が強い。

 薬草といっても、割とレアな草を集めている。

 上質なポーションが、作れそうだ。


 

「おっと。ボスのお出ましだな」

 

 

 空をフヨフヨ浮いている、二体の魔物が。

 

「チョウチョかな?」

 

「いや。毒蛾だな」


 こちらも、かなり大きい。

 現実世界の蛾なんて、デカくてもせいぜいホームベースくらいのサイズだろう。

 しかしこの世界の蛾は、幼稚園児くらいデカい。赤ん坊くらいなら、さらってこられるんじゃ?


「近づこうとしないで、魔法で倒そう」


 攻撃魔法の【ファイアボール】を撃つように、ミラベルへ指示を送る。


「大丈夫? ここ、森の中だよ?」


 草に引火して火災になるのを、ミラベルは警戒しているのか。


「心配はない。思い切り撃ってごらん」


 あとは、オレが魔法で鎮火する。

 

 オレは丸い宝石を、ミラベルに投げ渡した。


 宝石の周りには、金属製の輪っかがついている。


「これはなに? 棍棒にスッポリと、フィットしそうだけど?」

 

「棍棒につける、アタッチメントだ。これを棍棒の先に装着してみな」


「うん」


 ミラべルが、棍棒の先端に宝石付きのアクセサリを取り付けた。


 物理武器としてしか使えない木剣と違い、棍棒はこういった使い方ができる。

 杖としても、棍棒は役に立つのだ。

ドワーフが勧めてくれた理由が、それである。


「ヤバイよ。早くやっつけよう」


 あの毒蛾ヤロウ、鱗粉を撒いて地面をダメにしようとしてやがるじゃん。

 巣作りに、薬草のキツイ匂いが邪魔なんだろう。


「撃つよ。ファイアボール!」


 野球ボールくらいの火球が、毒蛾に飛んでいく。

 火球は、あさっての方向に飛んでいった。ミラベルがためらったせいだろう。

 が、ちゃんと毒蛾に軌道を変えてヒットする。

 魔物を敵とみなせば、多少のブレなら魔法のほうが修正してくれるのだ。

 それが、【攻撃魔法】の特色である。


 この世界には、単なる生活用魔法としてのファイアボールも、存在するわけ。暗いダンジョンに、明かりをつけるとか。

 それを攻撃用にアレンジしたのが、攻撃魔法なのだ。


 

 一体は、ミラベルがやっつけた。


 もう一体のほうが、こちらに気づく。


 攻撃対象が、こっちに移った。


「手伝おうか?」


 オレは、魔法の準備を行う。


「いや。自分でやる」


「わかった。でも危険だから、バフを掛けておく」


「ばふ?」


「今は覚えなくて、いいから」


 オレは、攻撃力と敏捷性が上昇する肉体強化魔法を、ミラベルに施した。


「なんか、強くなった気がする」


「実際に強くなっているよ。それで殴ってごらん」


「よし。【ファイア・フィスト】!」


 ミラベルは拳を固めて、炎属性魔法を付与する。

 ファイアボールだと引火を恐れたのか、近接攻撃に移行したらしい。


 敵が接近戦に持ち込んできたから、ちょうどいいだろう。


 ミラベルの職業は、【バトルメイジ】だし。


 毒蛾が迫ってきたのを、ミラベルが炎の拳で殴り飛ばす。


 一発殴られた毒蛾が、目を回して消滅した。


 毒に汚染されていた薬草たちが、一気に元気になっていく。


 依頼達成のようだ。

 

「やったぁ」


 魔力を使い果たしたのか、ミラベルがへたりこむ。


「大丈夫か?」


「立てないよ」


「よし。おぶってやろう」


「いいよ。そういうのは、『にぃに』にだってやってもらわないから」


 すっかり、子どもじみた口調になってきたな。緊張がほぐれてきた証拠だろう。

 

 ミラベルは勇者と二人きりのとき、兄のことを「にぃに」と呼ぶ。


「いいから。今はオレに甘えておきなさい」


 オレは、ミラベルをおぶった。


「慣れているね?」


「田舎に弟がいてな。子どもの頃は、よくおぶっていた」


「ベップおじさんの、きょうだいって?」


「兄貴が一人と、弟が一人」


 オレは、三兄弟の真ん中だ。

 学校こそ共学だったが、男子校みたいなノリの家だった。

 

 だからこそ、女きょうだいに憧れている。


 今、その念願が叶ったのだ。

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