後ろに振り向くと、彼女は珍しく寝起きの目で俺を見つめてくる。


 本当に寝ていたのか、それともこのタイミングを計って話しかけてきたのか、俺にはわからない……が、半年間の旅行で、今までこんな姿で話しかけてきたことは一度もない。少なくとも、真面目な話をしようとする時に一度も。


「……ええ、行くよ。行くつもり。」


「しかし、この時間で出発するには、まだ早いでしょう?」彼女は荷物をまとめながらこう言った。


 その動きを止めるために、俺は言った。


「俺が言いたい意味はそれじゃないということくらい、君もわかっているでしょう?」それに、先に話しかけてきたのは君のほうだし……


 彼女は動きを止めて、少し半目になって、視線が下に向く。その様子は若干落ち込み気味だった。でも、その視線の先は、ちゃんと彼女自身の記録に向いている。


「……そう。見ていましたね。」彼女は微妙な表情でそう語る。独り言なのか、俺に語りかけているのか、これだけに関して俺は何もわからない。


 でも、彼女の話に乗るつもりがないから、俺は無言でやり過ごした。


 そして、少し沈黙のままだった。


 先に静寂を破ったのは彼女である。


 「バルードさん。」


 「何ですか?」


 「君に、告げたいことがあります。」


 「……それは?」何のことだろうと予想しつつ、次に返ってくる返事が予想外のことだった。


 「君に会わせたい人がいます。」


 「合わせたい……人?」困惑。困惑だった。


 「……俺の娘として騙るとかじゃなくて?」


 「バルードさんが見ていましたなら、それについてのことはもう話す必要がないでしょう。」


 「それは……そうだが。」


 「……それに、初めての時も言いましたが、私、話すのが苦手です。」彼女は今にも消えそうな微笑みをしてこう言った。


 初めて俺に向かってきた表情に俺は困惑で何を言うべきかわからなかった。彼女はこの隙に更に語りかけてきた。


 「だから、バルードさんにもう少しの間に私に付き合ってほしい。」


 その真面目な様子に、俺は断れなかった。


 何故か行くべきだと俺は感じた。


 ****


 三日後。


 「ここは……」


 「バルードさんの故郷の村。」


 彼女の言う通り、この三日彼女に付き合って、最終的にたどり着いたのは俺の故郷であった村だ……いや、村だったところというべきだろう。


 記憶に残っている村の風貌はすでになくなり、遺跡でもなったかくらいに残骸の建物、何もかもが廃墟と化している。


 黄色い砂と茶色の塵が積み重ね、一歩踏み出しれば、足跡が残るくらい雪のような地面に形成している。


 長い年月が経っていたということが簡単に一目でわかる。


 元々寂れた村だったが、今はもう……何も残ってはいない。人の姿も……


 「バルードさん。こっちです。」寂しい気持ちに浸っているのが許されていないだろうか、それとも気遣っているからこそ話しかけてきただろうか、悲しい気持ちに陥りかけた瞬間、彼女はすでにある方向に進んでいる。


 「ちょっと……」俺は慌てて彼女の後ろについた後、すぐどこに向かっているのかわかってしまった。


 風貌が昔の様子でなくても、ある程度原型に留めた家がある。それのおかげで、彼女はどこに向かっているのか俺はすぐわかった。


 この方向は……俺の家。でも、なぜ……


 静かに後ろに歩いて、一緒に足を止めた際、俺たちが着いたのは本当に俺の家だった。


 「君に会わせたい人は、この中に待っています。」彼女は扉の前に立ってこう言った。


 俺は戸惑いながら、ドアの前に近づいた。彼女はドアノブに手を添えて、俺の方に「準備はいいか」というように動きを止めている。相変わらずの無表情だが、どこか関心を向けてくるのを感じていた。


 ここまで来て、さすがに俺は鈍感ではない。自分の家に一体誰が待っているのか、何となく想像がつくものだ。


 でも、もし俺が想像したのと全然違ったら?本当はこの子は何かの算段で、罠で俺をはめようとしたら?言葉で謂われない恐怖心が心の中から湧き上がった瞬間、彼女は、扉を開けた。


 小さな家に、小さな客間、一目で奥まで直視できるほどの狭さ、そして、その客間の中に、木製の円卓の周りに、二つの骸骨が座っていた……いいや、頭蓋骨が動いていて、もう間違いないだろう。


 あれはアンデッド。


 アンデッドである存在が、聞き覚えのある女性の声で話しかけてくる。


 「父さん……」


 「バルード……」


 ああ……紛れもない俺の家族の声だ。


 ****


 家族とは、何なんでしょう。


 その形は歪であっても、変わらないことがあるでしょうか。


 私はそんな疑問を自分の心の中にしまって、目の前の家族の団らんを見ていた。


 傍らに見れば、それはただの骸骨たちが喋っているのが目に見えている。冒険者二人とその家族の一人、三人とも全員アンデッドになっていて、自分の家に話し合っている。


 「メリア、メーヤ……」男のスケルトン――バルードが二つの名前を口にした。二つの名前はそれぞれ彼の家族――妻の名前と娘の名前だ。


 三人はしばらくそのまま話し合って、一段落した後、一人の女性のスケルトンは私に近づいて、話しかけてきた。


 「ありがとう……モルーナさん。」彼女はまず私にお礼を申してから、続いて言った。


「ずっと、彼に会いたかったです。自分の子に、そして……自分の夫に。」


 メリア。彼女は、「未練」が残っている。自分の子に会いたいこと、自分の夫に申し訳ない気持ちを述べたいこと。


 人は、心残りがあると、「未練」が残される。死んでいたらなおさら増幅される。だから、未練は「一つ」だけに限っていない。人によって、二つ以上の可能性がある。


 「……良かったですね。」と私が返事した。


 私が返事した後、続いてもう一人が来た。


 「私も……モルーナさんに感謝の気持ちを伝えたい……あの時、喧嘩のまま父さんと別れて、謝りたかったんだ。でも――」


 メーヤ、この子も「未練」が残っている。父への罪悪感、そして、母に関する風景……それはただの「話」では得られないもの。彼女の「未練」に少し苦労したが、一緒に乗り越えてきた。


 「……ありがとう。モルーナさん。」メーヤは話を終えて、私に礼を伝えた。


 「うん。どういたしまして。」私がそう返事すると、最後は――


「あの……俺……俺にも、伝わせてくれ。」――バルード。


 私の前の二人のスケルトンはバルードの方に向いていく。


 「モルーナさん……だっけ。」彼は初めて私の名前を口にした。


 「ああ!信じらんない!父さんはずっと名前を聞かずに、モルーナさんと旅行してきたの?!」


 「いや、だって……ネクロマンサーだぞ。碌なことはしない奴らだ……それに、旅行じゃなくて冒険だ。」


 「……昔から、父さんのそういうところが嫌い。偏見がすごい!」


 「まあまあ、そう言わずに。先にパパが言いたいことを言わせてあげて?」


 「母さん……私、子どもじゃないんですよ?」


「あら、ごめんね。記憶はまだ子どもの頃の記憶だから、つい……」


「もー」


 家族の団らん……本当にこれでいいでしょうか?わかりません。


 わからないから、私は自分の視線をバルードに移した。


 「二人とも、そろそろ言わせて……」


 「はーい」「どうぞ。」


 「……それで、モルーナさん。俺は二人に会ってたら、気付いたんだ。」


 バルード。彼の未練は、ただ冒険がしたいわけではい。


 「俺は……本当は自分を変えたかったです。」


 妻を失って、娘も失って、大切なものが一つも残されていない彼は、屍みたいな生活を送っていた。故に、彼は冒険の「価値」が知りたかった。その上に、自分の「価値」も……知りたかった。


 人は、大切なものが失われていけばいくほど、自分は何のために生きているすら自分の価値を見失う。恋人、友人、ペット、あるいは……家族。


 彼の心境は、私にとって想像すら必要ない。何せ、私も彼と似たような境遇だった。


 一瞬、脳裏に兄の顔がよぎって、私は自分の顔を見せないよう下に伏せていた。


 「そうですか……」 


 「ええ。だから、モルーナさんはそのチャンスをくれました……ありがとう。」


 彼にもお礼を言われて、私は少し頭を上げた。


 「まさか、バルードさんまで礼を言ってくれるとは……」


 「それは……いいことをしてくれましたから、言うに決まってるだろう。」


 「たとえこんな歪な形でも?」


 「歪……?」


 彼が戸惑う様子に、私はただ見つめている。彼だけでない、他の二人も。このことだけについて、私は説明するつもりはない。


 だから、私は話題を変えた。


 「でも、良かったですね……これで、みんなの『未練』が解消されます。『未練』が解消されたアンデッドは、アンデッドでなくなります。たぶんそのうち、皆さんは死後の世界に行くでしょう。」


 「死後の世界……それは怖いところ、なのか?」


 「わかりません。でも、話によると、死後の世界は意識がなくなるほど、素晴らしい世界だと聞いています……現にあなたたちが死んでも、あそこのことを覚えていないでしょう?」


 「……確かに。」


 「では、私はそろそろここから離れます。ここの用事は、もう済みましたので。」


 「あ!待って!」メーヤは私に近づいて、バルードとメリアのほうに一回ずつ話しかける。


 「父さん、母さん。アレをやろう?」


 「アレ?ああ……アレか。」


 何をやるつもりなのだろう。バルードは近づき、その次にメリアも近づいた。


 「モルーナさん。これはこの村の風習、です。」メーヤが言いながら、抱擁するように手を横に開く。そして、一段の踊りを披露した。


 「旅人や冒険者たちに身の安全を守ってほしいと、神に伝えるために、祈りをささげるダンス、です……」三人が踊り終えたら、彼女は流暢な感じに私の手を握った。


 「君の安全に、祈りを捧げる……それと、あまり思い詰めないでほしい。」


 彼女の真摯な気持ちに、私はただ一言だけ言い返せる。


 「……ありがとう。」


 こうして、私は再び旅に出た。


 「未練」を探すために。


 大切な人の「未練」を……見つけるために。


============分割線です================


前のと比べて、終話がかなり長くなりましたね。すみません~



でも、話はこれにて終了です。



まだ終わっていないでしょう!とかいう人がいるかもしれません。



でも、終わりです。



はい。終わりです。



とにかく、終わりです!

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死霊術師にお祈りを ヨガ @yogadesu

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