第4話 山岳用品店、『モンタニア』!

「「最初はグー! じゃんけんぽい!」」


 教育工学棟からの声が廊下にも響き渡る。

 この声……もしかしてあいつらか。


「「あいこでしょ!」」


 部室前にはへたりこむ空川と笑顔で拳を突き上げる白波の姿があった。空川は顔を上げて俺を見つけると、拳を差し出してきた。


「柊くんじゃんけんしようよ」

「え、じゃんけん?」

「最初はグー! じゃんけんぽい!」


 俺は慌ててグーを出す。対して空川は――

 チョキ。空川、撃沈。

 空川は再びへたりこむ。


「あの……これってなんのじゃんけん?」

「誰が部室の鍵持ってくるのかじゃんけんだよ」


 さっき聞こえてきたのも鍵を懸けたじゃんけんか……二回とも負ける空川弱いな。

 俺は地面に座り込む無様な姿を見下ろしながら、昨日の未来との会話を思い出す。


「そういえば山岳部の用具って何買えばいいんだ? 俺何も持ってないんだけど」

「今日は練習じゃなくて山岳ショップに用具行かない?」


 空川はポンと手を打ち、何かを思いついたように言う。特に反論は出ず、山岳用品店に行くことが決まる。


「じゃあアセ高前にレッツゴー!」


 空川は軽快な足取りで先陣を切る。


「めんじょ、めんじょ、かぎめんじょ~」


 一年生棟と二年生棟の間の道で、空川は歩くリズムに合わせて口ずさむ。

 明日は部室の鍵持って来てもらうからな。


     ◇


 スマホのナビゲーション機能に従い、シャクナゲ駅前の広場から路面電車の線路が走る大通りをしばらく歩いたのち、狭い路地へと入っていく。仕事上がりで賑やかになり始めた飲食店をいくつも通り越していく。


「空ちゃん、この道でほんとにあってる?」

「あってるあってる」


 さらに路地の奥へと進んでいく。やがて、居酒屋街の面影はなくなり、シャッターが閉じた店が並ぶ街並みへと変わる。


「ここだよ」


 空川が指をさした先にあったのは、薄暗い道をほのかに照らす『モンタニア』という名前の店だった。俺らは揃って店の中へと入っていく。店内には壁にかかった大きなリュックや、ステンレス製の調理器具、人工芝が敷かれた床の上に大型のテントなどが置いてあった。


「なにこれ……すごい……!」


 白波は周囲を取り囲む登山用具の迫力に見惚れていた。


「あ、おじいちゃん!」


 空川は店の物置から出てきた白髭を生やしたおじいさんに手を振る。そのおじいさんは杖を突きながらこっちへと寄ってくる。


「君たちが噂の山岳部員かね?」

「は、はいそうです」


 おじいさんは俺と白波の顔をしばらく見る。


「澄、いいパーティが組めそうだな」

「パーティ? 空ちゃんの誕生日パーティ開くんですか?」

「君もいずれわかるよ」


 白波の言葉を聞いておじいさんは微笑む。


「この人は私のおじいちゃんの東雲正晴だよ」


 俺らは軽く挨拶を済ませる。話によると、東雲さんはこの『モンタニア』の店長らしい。


「登山靴の紹介をするから着いてきたまえ」


 東雲さんはゆっくりと登山靴が展示されたコーナーへ進んでいく。


「この登山靴履いてみろ」


 東雲さんは水色の登山靴を白波に渡す。白波はその登山靴を履いて、その場で足踏みする。


「山でずっと歩くから歩きやすいのかと思ってたけど違うんだ」

「登山靴は長時間歩くことで効果が出てくるかのう。ここだと効果を感じないかもしれないが、山では役に立つ」

「それだけじゃなくて、足首が固定されるから捻挫になりにくいよ!」


 俺は登山靴以外にスニーカーが登山靴コーナーに置かれているのを見つける。


「東雲さん、これってなんですか?」

「ああ、これはトレイルランニングシューズっていうやつでな、山を走る人が履くのだよ」


 山を走る人なんかいるのか。でっかいリュック背負って登る人だけだと思ってた。


「あたしはこの靴買おうかな。空ちゃんは何買うか決めたの?」

「ふふーん、実は私、自慢の登山靴持ってるんだよね」


 空川は胸を張って言う。


「じゃあ俺もこれにしようかな」


 白波が選んだものと色違いの登山靴を選ぶ。


「次はザックを見に行こうかね」


 東雲さんは三人をリュックの売り場へと誘導する。


「ザックは泊まりで登山をする時に使うメインザックと軽い登山をする時に使うサブザックの二種類がある」

「ザックは部費で買う予定だからみんなは買わなくていいよ! ちなみにみんな同じザックにして統一感出そうって考えてるんだけど、それでいい?」

「あたしは賛成だよ」

「俺も」

「じゃあ決まりね。それで、どのザックにする?」


 白波は顎に手を当てて悩む。 

 俺らがザックのある棚をじっと見ていると、目の前に背中を隠しきるほど大きなザックを背負った小柄な少女がふらふらとした足取りで歩いていた。


「あの子、おっきい荷物持ってるね」

「あたしたちよりちっちゃいのにすごいね」


 空川と白波はひそひそと話す。その少女は数歩進むと、足を絡ませてしりもちをついた。


「大丈夫⁉」


 空川はその少女のもとへと駆け寄る。


「だ、だ、大丈夫です……」

「あれ、もしかしてあたしと同じクラスの雨宮しずくちゃん?」

「そ、そうです」


 黒髪でおとなしそうな雰囲気の少女はぼそっと答えると立ち上がる。


「そのザック最近出た新しいやつだよね! 登山に興味あるの?」


 空川は雨宮に詰め寄って質問する。雨宮は怯えたまま固まってしまう。


「ちょ、ちょっと、あります」

「じゃあ山岳部入らない?」

「さんがくぶ……?」

「やったー! じゃあこれ明日職員室に提出してね」


 空川はポケットから入部届を取り出して、雨宮に渡す。

 入るなんか一言も言ってなかったぞ。


「そのリュックかっこいいね」

「か、かっこいいで、ですよね」

「空ちゃん、しずちゃんのザックにしない?」


 空川は首肯する。


「じゃあ次はコッヘル見に行くよー!」


 二人は雨宮から離れて別のコーナーに向かうと、雨宮は解放されてほっとしたのか、小さく溜息を吐いた。


「雨宮さん山岳部入っちゃってよかったの?」

「……」

「……」

「……たぶん大丈夫です」


 結構間があったけど……ほんとに大丈夫かな……。


「えーと……今日は『モンタニア』に何しに来たの?」

「キャンプ道具買いに来ました」

「え、雨宮さんキャンプするんだ」

「まだ初心者ですけどね」

「二人とも遅いよ! 早くこっち来て!」


 空川は遠くから声を張り上げ、手招きをする。


「早く買うもの決めないと真っ暗になっちゃうよ!」


 空川はそう言うと、食器類を選び始める。


「しずちゃんも一緒に選ばない?」

「こ、これ……今話題のコッヘルじゃないですか!」


 隣を見ると、雨宮さんが目を輝かせて早口で語り始めていた。


「このコッヘル軽量でかさばらないし中に目盛りもついてるんですよ使いやすいと思いますけどみなさんどうですか」

「……雨宮さんどうした?」

「しずくちゃんすご! よし、今日からしずくちゃんを山岳部の荷物係に任命します!」

「は、はい……」


 空川は雨宮と肩を組む。

 空川さん、雨宮さんが困ってるからやめてあげて。

 あと、荷物係って用具を選んだりする係だと思うんだけど……もっと違う言い方あったでしょ……。

 その後もコンパス、テントなど色々な商品を見終え、俺らは店の外へ出る。


「「ありがとうございました!」」


 俺らは東雲さんに一礼すると、シャクナゲ駅へ向かい出した。何の会話もなく日が落ちた街並みを歩いていると、空川はいきなり口を開く。


「あ、言うの忘れてた。ザックを部費で買おうと思ってたんだけど……テントだけで部費なくなっちゃうからやっぱりザックは自費でお願いね」


 唐突にとんでもないことを言いやがる。


「ちょっと待て。結局自費で何円必要なんだ?」

「……十万円くらいかな」


 ……家族会議だな。

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そこに山があったから! @aizawa_138

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