第2話 まさかの……?
「着いてきてって、どこに行くつもりなんだ?」
「……それはヒミツだよ」
うわ、なんだそれ。やっぱり着いていくのやめようかな。
空川は東門から続く並木道を進むにつれ、コンクリートでできた校舎の景色が視界の端へと移っていく。周りの綺麗な森の景色に見惚れながら歩いていると、周りの生徒の姿が視界に飛び込んでくる。
……なんか、めっちゃ見られてないか。
辺りには俺と空川を横目で見ながら小声で話し合っている生徒が何人もいた。なんで、俺に視線が集まっているのかがわからず、ちらちらと周りを見回していると、空川の端麗な横顔が視界に入ってくる。
すごい今更なんだが、こいつは結構モテるやつなんだよな。天然なところだったり、あどけなくて可愛い顔とか、誰にでも隔たりなく話しかけてくれるところとか、男受けする要素詰まっているよな。
それはさておき、俺らはどこまで行くんだ。
気づけば、並木道からは外れ、校舎と真逆の方向へと歩いていた。向かっていくのは特定の授業のみで使う教育工学棟。その階段裏の物置部屋の前で空川は立ち止まった。
「なんで俺をここに?」
「みんなの前では恥ずかしくて言えなかったから、ここで柊くんに大事な話をしようと思って」
……恥ずかしくて言えない大事な話? いきなり何のことだ。
俺は戸惑いながら空川を見ると、顔を紅潮させて、透き通った魅惑的な瞳で俯いていた。手を組んでは組みなおし、組んでは組みなおし、何かを伝えたそうに何度も口を開きかけていた。
人気の少ない校舎、赤らめた頬、女子と男子が二人っきり。こんなシーンはどこかのラブコメで見たことがある。
──これは……告白だ。
今置かれている状況に気付いた俺は、変に空川を異性として意識してしまう。なせか鼓動が速くなっていくのを感じる。俺は空川から目線を逸らすように俯く。
告白されたところで俺が断ることは決まっている。告白されて二つ返事で返す生徒は数えきれないほどいるだろう。しかし、告白を受けるのは全く恋愛に興味がない俺だ。ラブコメ読むのは好きだとはいえ、自分が恋愛したいとは思っていない。
「ねえ、柊くん──」
空川は恥ずかしそうにしながらも、覚悟を決めて拳をぎゅっと握る。俺は空川と向き合い、大きく深呼吸をする。
「山岳部に入ってくれない?」「俺にはまだ早いと思うんだ」
……あれ?
時が止まったように、お互い見つめ合ったまましばらく固まる。
「言う言葉間違えてないかな」
「え、なんて言うと思ってたの?」
「それは──」
いや、絶対に言えない。
空川は全く見当もつかなさそうに首を傾げると、再び口を開く。
「それでさっきのはどういうこと?」
何か言ったかと記憶が曖昧になりながらも、先ほど交わした会話を思い出す。
「運動できない人が山岳部に入るのはまだ早いかなって」
ぶっちゃけ俺は山岳部にも興味がない。山の頂上から絶景を見るよりも、ラノベの扉絵に描かれた美少女を眺めている方がいいって思ってしまう。
「アセビで一番緩い運動部だから運動できなくても入っていいんだよ?」
「……え、えーっと」
「まだ入る部活決めてないって言ってたよね。このままだと廃部になっちゃうんだけど、入ってくれない?」
俺がどう断ろうか悩んでいると、空川は執拗に畳みかけてくる。俺の脳裏に他の部活を見学したときの記憶がよぎる。
自分に合うと思っていた文学部に行ったもののしっくり来なかった。もし、ここで断ってしまったら俺はどの部活に入るんだろう。どこに入ったとしても「あの部活に入ればよかった」みたいな後悔はしないだろう。
「……それで入るの?」
空川は俺の顔色を慎重に窺いながら答えを求める。
「山岳部、入るよ」
「……え、えっ⁉」
俺が頷きながら返事をすると、空川はぽかんとした表情で固まり、遅延がかかったように遅れて反応する。空川の目から涙がドバドバと溢れ出す。
「ちょっと、空川さん大丈夫⁉」
俺はポケットから慌ててハンカチを差し出すと、空川はそれを目に当ててすすり泣きながら涙を拭う。
「……あ、ありがとう」
空川はお礼を言うと、涙でべちゃべちゃに濡れたハンカチを押し付けるように返してくる。
この人、どんだけ涙出してるの……?
俺は戸惑って、ハンカチと空川に交互に視線を送っていると、空川がいつもの調子を取り戻したように俺の肩をポンと叩く。
「柊くんが入ってきてくれてほんとにありがとう。今までずっとひとりぼっちだったんだよ」
「……え、他の部員は?」
「いないけど」
空川はふっと自嘲気味に答える。
山岳部に人がいなさそうなのはわかるけど、悲しい現実を見せるのはやめてくれ。というかちょっと待て、この部活って俺と空川しかいないってことだよな。俺が入ったところでどっちみち廃部になるのでは……?
「……あの、部員が最低何人いないと廃部になるんだっけ?」
「えーと、確か四人だね」
なるほど、あと二人ってことか。今日が入部締め切り日であと二人集めるのはかなり……うん、非現実的だ。それはさておき、廃部になったら俺はどうなるんだ。もしかして、別の部活に入らないといけないとかないよな。
頭の中でBL本を何冊も抱えて、口角をぐっと上げる文学部の眼鏡女子の顔が鮮明に浮かぶ。その女子は一人、二人と数を増やしていき、俺が腐女子に囲まれるのがイメージされる。
……絶対に嫌だ。
山岳部が絶望的な存続の危機に陥っていることについて、頭を抱えて悩んでいると、俺とは対照的に、空川はにっと笑って拳を突き出す。
「これから山岳部でよろしくね」
ぐっと差し出された拳に、俺は溜め息を吐きながら弱弱しく拳を当てる。
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