<KAC2024お題作品>最後の夜
口羽龍
最後の夜
タエは病室の廊下を歩いている。もう何回、この廊下を歩いたんだろう。そして、何回この廊下を歩くんだろう。歩くたびに考えている。
タエには龍一(りゅういち)という夫がいる。半世紀以上寄り添ってきた夫だ。子供ができ、独立し、定年を迎えて、ここまで一緒に歩んできた。だが、龍一は病床にいる。タエはその病室までの廊下を歩いている。
龍一が病に倒れたのは、半年前の事だった。突然倒れ、病院に運ばれた。結果はがんで、告げられた余命は半年だ。タエは呆然となった。あと半年しか会えないと思うと、涙が出てきた。だが、残りの半年を精一杯生きよう、そして愛し合おうと誓った。
タエは病室にやって来た。そこには龍一がいる。龍一のがんは進行し、すでに歩く事ができず、病院のベッドに横になっている。
「龍一さん」
「タエか」
だが、龍一の声は弱々しい。まるで死期が迫っているかのようだ。
「大丈夫?」
「うん」
龍一はいつものように大丈夫だと言う。だが、本当は大丈夫じゃない。死期が迫っているのだから。そして何より、がんに体を蝕まれているのだから。
「いつまで君といられるのかな?」
「そんなこと考えないの。今日を生きるの」
タエは励ましている。今日も生きているという事を感じながら、必死に生きてほしい。そして、別れの時が来たら、その時が来たんだと素直に認めてほしい。
「わかったよ」
と、龍一は外を見た。生まれ育った東京の風景は見えず、空しか見えない。そして、龍一はこれまで2人で過ごした日々を思い出した。
「今日まで色々あったよね」
「ああ」
すると、タエもこれまでの日々を思い出した。
それは、半世紀以上前の事だった。大学で知り合ったタエと龍一は、互いに愛し合っていた。そして、交際を始めた。交際を互いの両親も認め合い、順調に愛は進んでいった。
そして、数年の交際を経て、ようやく龍一はタエにプロポーズをした。龍一は結婚指輪を持っている。
「結婚しよう」
「いいわよ」
そして、龍一とタエは結婚した。そして翌年、タエは妊娠した。それを龍一は喜び、互いの両親も喜んだという。
「私、妊娠したの」
「本当か? おめでとう」
「ありがとう」
みんな喜んでくれた。その時はとても嬉しかったな。いよいよ親になるんだと思うと、気持ちが晴れやかになり、生まれてくる子供たちの未来に期待したものだ。
「嬉しいな。いよいよパパになるのか」
「私も楽しみだわ」
翌年、タエは出産した。龍一も、互いの両親も喜んだという。タエは生まれたばかりの子供をかわいがり、龍一とともに喜びを分かち合った。互いの両親は、孫の誕生をとても喜んでいた。
タエと龍一は3人の子供に恵まれた。彼らは順調に成長し、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と進んでいった。そして、3人とも就職して、独り立ちをしたという。彼らは実家を後にして、独り暮らしを始めた。
「ここまで大きくなって」
「本当に嬉しいわ」
2人は喜んだ、よくここまで育ってくれた。そして、独り立ちしてくれた。本当に嬉しいな。
「今日から社会人だね」
「頑張ってね」
「うん」
それから10年ぐらい経った時、一番上の子がパパになったと聞いた。それを2人は喜んだ。いよいよ自分も両親のように孫になるんだなと。
「ま、孫が?」
「うん」
2人は笑みを浮かべた。孫に早く会いたいと思った。
「いよいよおじいちゃんになるんだね」
「うん」
その翌年、孫が生まれた時には、とても喜び、孫の未来にも期待した。
「これが孫か」
「可愛いわね」
タエは孫を抱っこした。とても重たいけど、可愛いからしょうがない。
「おーおー、いい子いい子」
「嬉しい?」
「うん」
龍一はタエの嬉しそうな顔を見て、喜んだ。
だが、結婚から半世紀を過ぎたある日、龍一は突然倒れた。救急車で病院に運ばれ、一命はとりとめた。だがその後、医者は龍一の侵されている病気を話した。がんだ。
「が、がん?」
「はい。余命半年です」
そのタエは、茫然となった。まさか、龍一ががんに侵されているとは。そして、あと半年しか生きられないとは。そう思うと、涙が止まらなかった。
「そんな・・・」
「すでになすすべがありません」
もうなすすべがないなんて。医者なのに、どうして命が救えないんだ。だが、受け止めないと。
タエはいつの間にか、泣いていた。そして、龍一も泣いていた。
「色々あったけど、忘れないよ」
「うん」
と、龍一は何かを考えた。何だろう。タエは龍一をじっと見た。
「最後にお願いがあるんだけど」
「何?」
「手を握って」
タエは驚いた。どうして手を握るんだろう。まさか、もうすぐ死ぬんだろうか?
「いいけど」
「離さないでね」
「わかってるよ」
タエは龍一の右手を両手で握った。龍一の手は温かい。まだ生きている証拠だ。だがその手は、いつまで温かいんだろう。
「今までありがとうね」
「うん」
程なくして、タエは龍一の手を握りしめたまま寝入った。寝たのを見て、龍一も目を閉じた。明日も生きていられますように。
朝、タエは目を覚ました。快晴の日だ。今日も龍一は生きているんだろうか? タエは龍一を見た。だが、龍一の鼻息が聞こえない。
「あれ?」
タエは龍一のおでこを触った。だが、冷たい。手をゆすっても、全く起きない。その時、タエは知った。龍一は死んだんだと。
「死んでる・・・」
龍一は死んだのを知って、タエは涙を流した。結婚して色んな事があったけど、昨日で2人の日々は終わった。これから私は、どうすればいいんだろう。その答えが見つからない。だが、いつの日かわかるだろう。そして、龍一のいる天国に向かう時が来るだろう。
<KAC2024お題作品>最後の夜 口羽龍 @ryo_kuchiba
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