第19話:婚約者を取り戻す




 アイツがオレを愛していないなど、嘘だ。

 有り得ない。

 今までずっと、ずっと! ずっと!! 俺だけを見てきたんだぞ、アイツは。


 アイツは定期的に俺に手紙を送って来てたんだ。

 兄さんに言われて、渋々何度か返事を書いたが……いや、書こうとして失敗して、結局出さなかったんだったな。

 返事を書かなくても、手紙が送られて来ていた。

 そうだよ。好きじゃない相手に、一方的に手紙など書かないだろう?


 婚約破棄も、親に言われて泣く泣く承諾したに決まってる。

 婚約破棄の話し合いでは、王家の顔を立ててあんな事を言ったんだ。

 侯爵家の俺よりも婿に迎えるのに相応しい相手などいないのに。

 色々と間違ってる。




 アイツが俺との婚約破棄の報復として、俺の親戚の教師をクビにした。

 正確には学園側に苦情を入れて、それが受理されたらしい。それがいわれの無い内容だったと教師が泣きついてきたのだ。

 母方の親戚の男で殆ど交流が無かったのだが、学園に入園したら教師として働いていた。


 そんな遠い親戚に報復するほど、俺の事が好きなのか! 「婚約破棄された腹いせに俺をクビにしたんだ!」と、クビにされた本人が言っているのだから、間違い無い。


 それなのに、あの女は頑なにそれを認めようとしない。

 何を意地になっているんだ!




 昔から一緒に居る事が多い友人達にあの女との関係を相談したら、女は物語のような展開が好きだと言う。


「喧嘩した翌日から、毎日花を持って家まで迎えに行って、鞄を持ったりとにかくしたに出たよ」

 そう言ったのは、伯爵家に婿入りが決まっている伯爵家次男だ。

「同じ伯爵家だろう? そこまで気を使うのか?」

 そう聞いたら、相手の家の方が規模が大きいらしく、同じ伯爵家でも違うらしい。


 まぁ、伯爵位は数が多いからな。

 俺は侯爵家なので、相手の家との格差は無い。


「でも、婚約破棄になったんだろう? 今更無駄じゃないのか?」

 コイツも伯爵家だが嫡男だ。

「あの女は俺に未練タラタラなのに、家族が反対しているからよりを戻せないんだよ」

 何か言いたそうな顔をしているが、それきりコイツは口をつぐんだ。



「それならさ、学園内に二人を応援しよう! って空気を作れば良いんじゃないか?」

 子爵家の三男だ。コイツの婚約者は商家の娘で平民だ。

 学園卒業後にも俺達と縁を繋げておきたいのか必死で、計算高いみっともない男だ。

 まぁ、俺は優しいから、たまになら屋敷に呼んでやろうと思っている。


「物語でも献身的な男主人公が人気らしいよ」

 はぁ?! それは物語の中だけの話だろう?

 女は、意思の強い、自分を引っ張ってくれるような男が好きだろうが。

「あぁ確かに。うちの婚約者も最近そういう物語ばかり読んでるな」

 先程の情けない伯爵家次男が同意する。

「そういえば俺も優しさが足りないって、最近怒られたばかりだ」

 もう一人の伯爵家の男が言う。こいつも三男だったな。


 友人の四人中三人の意見があの女に優しくするフリをしろって事だった。

 反対した一人は、伯爵家嫡男で立場が違うから無視してたら、いつの間にか居なくなっていた。




 作戦は大成功だ。

 アイツが来ても来なくても、毎朝人目に付く所でアイツを待つ。皆から見えなくては意味が無い。

 来たら「鞄を持つよ」と優しく声を掛けてやる。

 本当に渡して来たら、人目の無い所できちんと躾けるつもりだったが、アイツは渡して来なかった。


 食堂でも、皆の注目を集めるように行動する。

 後で友人達に周りの反応を報告させる。揶揄からかわれるのが難点だがしょうがない。

 段々と俺に対する評価が変わってきているらしい。

 これならば、あの女も素直になりやすいだろう。


 周りの雰囲気を「やはりあなたしかいない」と言いやすいようにしてやったんだから、いい加減に素直になれよ。

 もうそろそろ面倒なんだよな。




 執務室の前を通ると、中から怒鳴り合う声が聞こえてきた。

 思わず足を止め、聞き耳にたてる。

「別に婚約者候補なのだから、少しくらい後押ししても良いだろう?」

「父上は、本当にあの王女が王妃になっても良いと?」

「はははっ! あんな身持ちの悪い王女がなれるわけないだろう」


 何の話だ?

「前回の結婚するかもしれない、程度の噂ならばまだ良いが!」

 兄さんがこんなに怒るなんて珍しい。

「しょうがないだろう。うちに有利な契約を提案されたら」

 対する父上はいつも通り飄々としている。


「しょうがない? 殿下の子供を身ごもっていると言う悪意ある話をしょうがないと!?」

 何? そんな噂があるのか!

「向こうの王家からの依頼だ。仕方ない」

「托卵を許せというのか!」

「いや。成人したら、向こうの国が引き取る約束だ。その子供の父親が王太子殿下かも? と、誤解させ冷遇されなければ良いと言うんだ。うちには何の不利益も無いだろう」


 室内ではまだ何か言い争っていたが、俺はその場を離れた。

 いやぁ、良い話を聞いた。



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