堕ちた者(胸クソ注意)

第18話:婚約破棄




 婚約が破棄された。

 確かに婚約破棄を宣言したのは俺だったが、本来ならばあそこであの女が「嫌! 貴方を愛しているの!」と縋ってくるはずだったんだ。



 小さい頃から病弱で、教会に行ってばかりいた女で、触れたら壊れるんじゃないかと心配になる見た目をしている。

 貴族教育が始まり、家を継ぐという意味を理解したので「そんなに病弱で、お前は俺の子を産めるのか?」と心配してやったら、案の定「無理かもしれませんね」と答えていた。


 悲しそうに言うって事は、やはり俺の子供が欲しいのだろうと、子供ながらに思った。

 病弱なのは貴族女性としては欠陥品だと、母上も言っていた。

 俺が居なかったら、アイツは誰にも選ばれない、欠陥品で可哀想な女なのだ。



 だから子供の頃は茶会には誘わずに俺一人で行っていたのに、アイツは勝手に参加をしていた。それも何度も、だ。

 俺が一緒に居たら会場内で友人達に挨拶して回るからと、態々別行動してやっていたのに、それに対する礼も無い。


 アイツが一人で行動するから、婚約者がいないと誤解されて色々な男に声を掛けられる。何で笑顔で話してんだよ!


「あれ、お前の婚約者じゃん。モテモテだな」

 友人の一人が俺をからかった。

「え? 婚約者なのですか? それなのにエスコートされないのですか?」

 友人の最近出来た婚約者に驚かれ、怪訝な顔をされたので、次からはエスコートしてやる事にした。


 それなのに! アイツは! まるで俺が悪いみたいな手紙を送って来やがったんだ!

 俺の気使いを全然理解してなかったんだ!

 結局アイツは、俺の許可無く勝手に茶会に一人で参加していた。



 学園に入園してからしばらく経つと、アイツが噂になっていた。

 儚い見た目と滅多に登園しない事から「妖精姫」と密かに呼ばれていた。

 侯爵令嬢で後継者だと判ると、婚約を狙う馬鹿が発生した。

 しかし俺が既に婚約を結んでいる。

 残念だったな。しかもアイツが俺を好きだから結ばれた婚約なんだよ。


「本当に婚約者なのか?」

「その割に、妖精姫は全然近寄らないぞ」

「婚約者だとしても、本当は婚約が嫌なのでは?」

 残念な頭の男達が妬みから、変な話をしているのがムカついた。


 だから、奴等に見せつけてやる為に!

 俺がどれほどアイツに愛されているか解らせる為に!

 人の多く集まる食堂で婚約破棄を宣言したのだ。

 泣いて縋るアイツを、皆に見せつけてやる為に!!




 婚約が破棄された。

 しかも俺の有責で、だ。

 何でだよ! 婚約者同士の、ちょっとしたすれ違いで、痴話喧嘩みたいなものだろう?

 病弱で欠陥品なアイツは、俺が好きだから泣いて結婚すると言ったのだ。

 いや、泣きすぎて「結婚する」とは言えなかったか。



 婚約破棄の話し合いが、まさかの王宮だったのもおかしいだろう。

 確かに王太子は幼馴染だが、俺達が婚約したら途端に会わなくなった嫌な奴だぞ。


 婚約破棄、の、慰謝料? 婚約破棄は決定だと? おかしいだろう!

「メルディ! 貴様は俺と結婚したいだろう?」

 おい! 何でそんな目で俺を見るんだ。

「食堂で何も言わなかったのが証拠だ! 本当は、あの時に貴様が泣いて縋れば終わった話だったんだ!」

 そうだ。お前が皆の前で俺への愛を見せつければ、それで良かったんだ。



 婚約していた約10年の間の事を、アイツが文句を言い始めた。

 なぜ俺が責められる立場なんだ? おかしいだろう。

 婚約者を優先しなかったのはアイツなのに、おかしいだろう。


「私に、死ねと?」

 思ったりより馬鹿だったのか、この女は。誰もそんな事言っていないのに。

 教会なんかに行くより、婚約者を優先しろと言っているだけだ。

 侯爵家の人間を婿に迎える意味が解ってないのか? 友人の婚約者など、絶対に逆らわないぞ。


「お前が懇願した婚約なのだからな」

 俺は切り札、伝家の宝刀を出した。

 そうだ、この婚約はアイツが俺を好きだから、成立したんだ!

 照れからか、結婚したいとは言っていない、と「幼い頃に、家を出たくないと泣いた事が元で、この婚約は成ったはずです」などと言い出した。


 今更何を照れる必要がある。

 未だに母上も「顔を真っ赤にして泣いて、あなたとの結婚を受け入れたメルちゃんは可愛かったわ」とよく言っているくらい、俺の事が好きなくせに。



「貴族として、家同士の契約である婚姻の為に黙っておりましたが」

 いつもより真剣な表情で大きく息を吸い込むアイツは、見蕩れるほど美しかった。

 そしてその凛とした顔で、信じられない言葉を吐き出す。


「私は、貴方の事好きだった事など、一度も、欠片も、微塵も有りません」


 この女は、誰だ。

 こんな女を、俺は知らない。



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