第10話:勢揃いです




 聖女活動で教会での治癒作業をしてから学園に向かいました。

 今日は珍しく、殿下の婚約者候補であり公爵令嬢であるレベッカ・ヘルレヴィ・ピエティカイネン様とご一緒でした。

 活動内容は違ったのですが、丁度同じ時間に終わったので、一緒に午後から学園へと来たのです。


「学園でご一緒するのは初めてですわね」

 レベッカ様が艶やかな亜麻色の髪をなびかせながら、颯爽と歩いています。

 彼女は妖艶な体つきのせいで病弱とは思われず、我儘で学園を休みがちな高慢な令嬢だと思われています。意志の強い緑の瞳も、通常ならば魅力なのに、逆に作用してしまっています。

 殿下の婚約者候補なのも、その嫌な噂を後押ししているのでしょう。

 彼女は「私には好都合」と噂を否定しません。


 対して私は、ほんのりと金色が混じった白金の髪に、淡い藤色の瞳です。

 残念ながら彼女のような豊満な体つきはしていません。

 同じ女性でも思わず視線が奪われるほどのたわわな果実は、将来は聖騎士様のものになるのか、神のものになるのか。

 私としては、聖騎士様のものになって欲しいです。



「一緒にお昼を食べてから行きましょう」

 レベッカ様に誘われて、食堂へと向かいました。

 その時です。元婚約者が私に声を掛けて来たのは。

「よう、ひ、久しぶりだな」

 食堂内へと足を踏み入れた瞬間に親しげに声を掛けられて、思わず立ち止まってしまったのが失敗でした。

 あまりの無神経で不躾な行動に驚いてしまい、思わず止まってしまったのです。


 当たり前ですが返事をする気にもなれず、そしてその義理も無いので無視してしまおうと歩き出した時です。

 私に向かって彼が手を伸ばしてきました。

 拒否する気満々だったのですが、私よりも先にレベッカ様が行動を起こしました。

 その手を叩き落としたのです。



 バチンと凄い音が食堂へ響きました。

 その瞬間に、「何すんだ!」と叫ぶ元婚約者。

「あなたこそ、何をしているのですか? 軽々しく異性に触ろうとするなど、どのような教育を受けてきたのです!?」

 レベッカ様の正論に、元婚約者は一瞬ひるみましたが、すぐに表情が変わりました。


「は! そんなだから王太子といつまで経っても婚約出来ないんだよ」

 私は真相を知っているから元婚約者が道化にしか見えませんが、普通に考えたらとてつもなく失礼な侮辱の言葉です。

 レベッカ様が噂通り我儘で高慢だから婚約者になれないのだと言っているのですから。



「そのような根も葉もない噂を裏取りもしないで平気で声高こわだかに言う人間だから、婚約破棄などとおおやけの場で叫んだ挙句に、撤回も認められずに簡単に成立してしまったのでしょうね」

 入り口を塞ぐようにして叫んでいた元婚約者の後ろから、内容とは相反する爽やかな声が聞こえてきました。

 まるで、「今日は天気が良くて子鳥のさえずりが美しいですね」とでも言っているような、本当に静かでありながら明るい、人のもくを集める声です。


「王太子殿下」

 レベッカ様が即座に頭を下げました。

 それにならい、私も頭を下げます。

「あぁ、学園内では基本的に身分のせんは問わないのだから、頭を上げてくれ」

 私達も、毎回殿下に頭を下げるわけではありません。

 しかし今回は、元婚約者の暴挙を止めてくださったので、礼を尽くしているのです。



 言われた通りに顔を上げると、元婚約者と殿下が睨み合っていました。

 この様子では、元婚約者は頭を下げてはいなかったようです。まぁ、学園内なので不敬には問われませんが。

 そういえばこの二人も、今では交流が有りませんが、幼馴染になるのですよね。


「婚約破棄は俺達の問題だ。口出しすんな」

 元婚約者が殿下に言いましたが、どの口が言う、という感じです。

「それならば、私とピエティカイネン公爵令嬢の件を君が言うのもどうかと思うが?」

 ほら、正論で返されましたよ。


「まぁ! 婚約破棄の相手に掴み掛かろうとしましたの?!」

 レベッカ様が大袈裟に驚き、大きな声でその驚きを口にします。

 殿下とは良い関係が築けそうですよね。但し、恋愛では無いところで……ですが。

 根本が似ているのでしょうか。


 レベッカ様の声を台詞を聞いて、食堂内や、食堂に入ろうと廊下に居た生徒達がサワサワと話しだしました。

 当然、元婚約者に好意的な話では有りません。

 周りの空気を感じたのか、元婚約者が私の方へと救いを求めるような視線を向けてきました。



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