新しい婚約

第9話:変わる関係




 婚約破棄が成立し、慰謝料の話し合いは大人達だけで行われる事になりました。

 元婚約者の「私が結婚を望んだ」との嘘が原因で婚約が結ばれた事、更に彼の嘘が原因で王太子妃候補を外れた事が問題視されたからです。


 そのまま婚姻までいけば笑い話で済んだのでしょうが、関係悪化の原因も殆どが元婚約者ですから、慰謝料は想定より高くなりそうです。

 元婚約者と婚約しなければ、私は王太子妃候補のままでしたからね。おそらく、ここが揉めている原因です。


 ただ子供の話を鵜呑みにした大人達にも原因があるので、一概には決められないようです。

 乳母の言葉で「結婚したい」ではなく、「結婚してやるを拒否しなかった」という事実は確認出来ていましたから。


 そういえば、その時に居たのは侍女ではなく、乳母でした。

 だから今は屋敷に居ないのですね。

 他の屋敷に勤めているのを探し出し、当時の話を確認したら、やはり私は一言も「好き」や「結婚したい」とは言っていなかった、と証言したそうです。

 事細かに日記を書いている几帳面な方で良かったです。




 婚約破棄の話し合いの後、王太子殿下との交流の頻度が上がりました。

 今、殿下の婚約者候補は公爵令嬢と他国の王女だけになりました。

 そう。まだ婚約していないのです。


 実は公爵令嬢は、私の一つ上で同じ聖女です。

 ここだけの話ですが、神殿の聖騎士と恋仲で、結婚出来なければ一生聖女を続ける覚悟だそうです。

 殿下には話しているそうで、候補のままなのは新しい婚約を決められると困るからで、利害が一致しているのだと教えてくれました。


 利害が何かまでは教えてくれませんでしたが、彼女は年の近い聖女仲間で、良き理解者です。

 私が聖女である事も、彼女が聖女である事も、殿下には無論言っておりません。



 他国の王女は、実はあまり良い噂を聞きません。

 私の一つ下なのですが、かなり奔放な方のようです。

 結婚前の教会での判定で、王家への輿入れ不可、と出るだろうというのが、皆の見解です。


 おかしいですね。

 殿下の婚約者候補が実質居なくなりました。




「婚約者候補の話ですか」

 その言葉と共に、優しい笑顔が返ってきました。

 私の不躾な、なぜ今の二人が残ったのか、という質問にも、怒ってはいないようです。

「誠実であろうと自分の事を正直に説明し、残ったのが今の二人ですね」

 公爵令嬢の言っていた「利害の一致」というものの事でしょうか。

 何となく上手くかわされた気がしますが、それ以上は聞けずに、私は紅茶を口に含みました。


 応接室で私の前に座り、優雅に紅茶を飲んでいるのは、王太子殿下その人です。

 あれから手紙は変わらず届くのですが、御本人が屋敷に訪れる事も有るのです。

 面会を無理強いする事は無く、私が学園に行けた日に、一緒に屋敷まで来るのです。


 殿下のその行動で、尚更元婚約者がいかに酷かったのか実感します。

 私に負担の無い交流方法も有るのだと気付きました。

 そういえば、元婚約者は学園での交流を望まない人でした。昼食に誘っても、友人と約束が有るからと断られてましたし。


 その婚約者ですが、婚約破棄決定後からおかしな事が起こっております。

 今まで学園で見掛ける事など無かったのに、事ある毎に視界に元婚約者が居るのです。

 当然、こちらから声を掛ける事は有りませんが。



「接近禁止命令まで入れれば良かった」

 学園を出る時、馬車の中で殿下がポツリと呟いた言葉です。

 何の事か判らない……と、いうほど残念な頭はしておりませんので、元婚約者の事だと気付きました。

 おそらく、私と殿下が同じ馬車に乗り込むのを、どこかから見ていたのでしょう。


 その視線が殿下を睨むものだったか、私をあざけるものだったか、とにかく不快なものだったに違いありません。

 馬車には殿下の護衛も私の侍女も一緒に乗っているというのに、

 肝心なところは見ていないというのは、とても元婚約者らしいと変に感心してしまいました。



 そして、殿下の「接近禁止命令」発言に、自分が激しく同意する事になるとは、思ってもいませんでした。

 さすがにうちの両親に会う度胸は無いようですが、タピオラ侯爵及びラウタサロ家に楯突く無謀さは持ち合わせていたようです。


「よう、ひ、久しぶりだな」

 聖女活動も落ち着き、学園にも午前か午後のどちらかだけならば、毎日通えるようになった頃。

 元婚約者が笑顔で私に声を掛けて来たのです。



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