試される母の愛?
藤瀬京祥
試される母の愛?
「いーやー!」
「え? じゃあこっち?」
「そっちもいーやー!」
「嫌と言われましてもですね、選択肢は二つしか無いわけで、どちらかを選んでいただかなければママは困るわけですよ」
大絶賛イヤイヤ期の娘ミヤを相手に、母親のアキコはほとほと困り果てていた。
どれほど困り果てていたかと言えば、二歳の娘を相手にですます調で話し掛けるほどに困り果てていた。
「ママ、いーやー!」
「ママが嫌ならお母さんにする?」
「おか、いーやー!」
「お母さん、言えてませんよ。
ほら、お母さん、ちゃんと言ってご覧」
「いーのー!」
「それはいいんですか。
でもママもお母さんも嫌となると、他になんて呼ぶ?」
「いーやー!」
「申し訳ございません。
嫌と呼ばれるのはママもちょっと……いえ、凄く嫌です。
というわけでママはママと呼んでください」
他に選択肢はありませんなどと返すと、やはりミヤは 「いーやー!」 と返してくる。
こどもの成長過程とはいえ、思春期、反抗期に並ぶ大変手間の掛かる時期。
毎日のように繰り返されるこのやり取りはいつまで続くのだろうか?
いつか終わるとわかっていても、その 「いつ」 がわからないことに、イヤイヤが始まっただけでどっと疲れてしまう。
(せめていつ終わるかわかれば少しは楽になれそうな気がする)
そんなことを考えるアキコだが、あくまでも 「気がする」 だけである。
実際にイヤイヤ期が終わらなければ楽にはならないだろうし、イヤイヤ期が終わっただけで子育てが終わるわけでもないのだ。
ましてこれからミヤがどんどん大きくなるにつれ、経済的な問題も出てくる。
(やっぱこのまま専業主婦になるわけにはいかないよな)
そんなことを考えつつもミヤをなだめすかし、時に実力行使で支度を整えたアキコはミヤの手を引いて家を出る。
「お家で遊ぶ」 か 「お外で遊ぶ」 か。
この二択をいつものように 「いーやー!」 でミヤが選択拒否をしたため、母であるアキコが、こんな天気のいい日に家にいるのはもったいないと 「お外で遊ぶ」 を選択。
連れ出したのだが、またすぐにミヤのイヤイヤが発動する。
「ママ、はなして!」
「公園に着くまではお手々を繋ぎましょう」
「いーやー!
ひとりであるく!」
「駄目でーす」
どうやらアキコから 「実力行使」 を学んだらしいミヤは、言葉だけでなく、なんとかして母親の手を振りほどこうと足掻く。
だが向かった先は本当に近所の公園だったため、すぐに到着。
アキコはミヤの望みどおり、パッと手を放す。
「は~い、到着。
今日はなにして遊ぶ?」
「ママ、はなさないで!」
「ん? 手を繋ぐの?」
はいはいと言いながら放したばかりのミヤの手を再び繋ごうとするアキコだが、握った瞬間にミヤはまたしてもイヤイヤを発動する。
「ママ、はなして!」
「はなさないでと言ったのはミヤでしょう」
「ママ、はなさないで!」
「うん、だからはなしてませんよ?」
「はなしてる!
ママ、はなさないで!」
繋いだ手をブンブンと振ってアキコの手を全力で振りほどこうとするミヤだが、決まって次は 「はなさないで」 というから困ったもの。
そればかりか放していないのに 「はなさないで」 とまで言い出した。
(イヤイヤ期も極まれり?)
そんなことを考えながらもアキコはミヤに話し掛ける。
「手、放していいのね?」
「はなさないで!」
「放しちゃ駄目なの?」
「はなして!」
しばらくこの奇妙な押し問答を繰り返していたが、ある瞬間にアキコの脳裏に閃くものがあった。
「あのですね、ミヤ?
ひょっとして手は放して欲しいけれど、ママはお喋りしてはいけませんということでしょうか?」
「放す」 と 「話す」。
今のミヤとのやりとりでこれを聞き分けるのは難しい。
まさかと思いつつ尋ねてみれば、癇癪を起こす寸前のミヤは
「ママ、はなさないで!」
と返してきた。
まさか二歳の娘に日本語力を試されると思わなかったアキコは呆気にとられる。
あるいは多くの母親は、今のやりとりを瞬時に理解出来るものなのだろうか?
そんなことを考えて言葉を失うアキコは 「ママ、はなさないで」 が 「ママ、うるさい」 に通じることには気づかなかった。
ー了ー
試される母の愛? 藤瀬京祥 @syo-getu
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