1-5 入国審査官
「……で、しがないの旅人ねェ……?」
偽造された照合写真に合うように、スペードは不器用にもほどがある引き
(ガロンのやろー、手抜きしやがったな……)
「そうなんですよぉ、ほんと、チルドレンに追いかけられて、ようやくこの都市にたどり着いたんですよぉ……、……ねぇ? お願いしますよぉ……」
泣きつくようにして、スペードはいかにも情けない声を出す。幸いにもスペードの他に都市へと入ろうと検問所に並ぶ者はおらず、どうやらスペードは都市の情勢悪化が本当らしいことを感じ取る。
金髪女性のビキニ写真が貼られたブースのなかで、検問官らしき肥満体型の男はエロ本片手に鼻をほじりながら、スペードにちらりと目を向ける。
「ダメだな。怪しすぎる。
そう言って、検問官は放り投げるようにしてパスポート代わりのカードを返してくる。汚職、賄賂バンザイがこの街の行政の
「そんなぁ、いま、ここで燃料補給しないと死んじゃいますってぇ!」
「……知らん。そのバイクを引きずってでも他の都市に行くんだな。今じゃ第三地区あたりが労働者を集めてたはずだ。ここから百キロ以上あるが……ま、頑張れ」
いかにも情けないような声を出しながら、スペードは検問官に再度泣きついた。
「じゃあ、あれを見てもそう言えるんすかー」
「……あれ? あれってなんだ……」
そのとき、検問官も違和感に気がついたのだろう。
遠くから徐々に近づいてくる地響きと、すさまじい砂ぼこりがこちらへと向かってきている。検問官はその正体に気がつくや否や、口をあんぐりと開けながら震える手でマイクへと怒鳴り散らす。
「サンドワームじゃねえか⁉ 緊急事態だ‼ 迎撃準備をしろ‼ 充填を完了させた門から撃てー‼ 」
どうやら空き缶の効果は絶大だったらしく、本当にとんでもない大物を釣りあげてしまったらしい。スペードは荷台からぶら下がる空き缶をそっと布でくるみながら隠すと、明後日の方向を向きながら口笛を吹き始める。
「待機中の迎撃部隊も全ユニット出せー! この都市に侵入されたら終わりだぞ‼ 」
いっきに慌ただしくなる都市内部の様子に、チャンスと目を光らせたスペードは、最後のお願いとばかりに検問官に泣きついた。
「あのー、それで、ぼくはこの都市に入れさせてもらえるのでしょうか……」
「ああ、いい! はやく入ってろ‼ 」
検問所のゲートが開くのを見て、スペードはやったとばかりに満面の笑みを向けると、まったく余裕がないとばかりに焦る検問官に、気持ちの籠っていない棒読みの謝礼を述べる。
「どうもー」
ホバーバイクを手で押しながらゲートへと進むスペードと入れ違いに、完全武装した警備隊がゲートの重厚な扉から走りながら出てくる。彼らはみなよく訓練された者たちらしく、サンドワームを視認するや否や、各々が持っていた銃を発砲し始める。
だが、スペードが後ろを振り返ったとき、ちょうど立ち昇る砂ぼこりが警備兵たちを呑み込んだところだった。
普段は地中に潜むことから視覚が退化し、音や振動を頼りに獲物を探す、巨大なミミズもどき。それはシルエットでしか分からなかったが、サンドワームはその巨体を徐々に
直後、背後で「ぎゃあああ――」と聞こえてくる悲鳴を、スペードはあっさりと意識の外へと放り捨てるのだった。
「……にしても、まさか本当に空き缶で釣れるとは思わなかったな。ミミズもどきのサンドワームは、梅雨明けが発情期って話は本当だったのか」
自分が蒔いた種にも関わらず、スペードは他人ごとのようにリトル・チャイナの繁華街エリアへと足を進めていく。その頭にはすでに「昼飯は何を食べようかな」という雑念しか残っていなかった。
背後では迎撃に出た都市の警備部隊の悲鳴と、轟き続ける迎撃砲の爆音がいつまでも鳴り響いている。警備兵たちは耐衝撃用防護鎧を着込んでいたことから、滅多なことでは死なないはず。
だが、それでもスペードがしれっと涼しい顔をしたことに、事情を知る者がいれば如何なものかと思ったことであろう。
義体者「スペード」もまた、異常者であった。
そのことに彼はまだ気づいていない。
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