第3話 文化祭の出し物決め

 槍坂が消えてから、一週間が経った。


 教室の左斜め後ろにできた空席の違和感については、決して消えることはない。

 しかし、重たい空気に関しては、ある程度は時間が解決してくれた。


 今日のホームルームでは、文化祭におけるクラスの出し物を決めるらしい。

 一時はどうなることかと思ったが、ホームルーム前のクラスメイト達がどこかソワソワしているあたり、1人のクラスメイトがいなくなったというショックから、少しずつではあるが、皆、立ち直りつつあるのだろう。


 そして、俺の心もまた、次第に現実を受け入れつつあった。


 青春ラブコメが終わりを告げたあの日以降、俺は灰色の日々を過ごしてきた。

 心のどこかで、アレを現実として受け入れたくなかったのだろう。

 正直、夢であってほしいと願っている自分がいなかったかと言えば、嘘になる。


 しかし、あの光景が何度も脳裏に焼き付けられた今の俺には、アレを現実ではないと否定する方が難しい。

 決して、安直な気持ちで目を背けられるものではない。

 たとえ、彼女たちが教室でどれだけ魅力的な女の子に映っていたとしても、所詮は槍坂のようなクズ男と関係を持つような奴らなのだ。

 そのことが、この期間を経てようやく、はっきりと理解することができるようになった。


 ―――俺は絶対に騙されない。


 今の俺なら、自信をもってそう答えることができる。




 チャイムが鳴り、いよいよ今日の最後の授業時間を使ったホームルームが始まる。

 まだざわめきが静まりきらない中、1人の女子生徒が席を立った。


 学級委員として、ツーサイドアップの髪と制服のスカートを揺らしながら、クラスメイト達の座る机の間を颯爽と歩き、そして教壇に立つ、黄条の姿。

 以前の俺ならば、「綺麗だ……」と、思わず見惚れていたかもしれない。


 整った顔立ちと抜群のスタイルの持ち主でありながら、どこかツンとした態度に、凛々しい表情。

 だが、そんな彼女の表情も、男の前では簡単に乱れてしまうということを、俺は知っている。

 ニーソックスの合間から覗く絶対領域もまた、一見誰も踏み込めないように思えるが、実際のところはといえば、槍坂が介入済みなのである。


 ……想像しただけで、どうしようもない無力感に苛まれる。

 しかし、下らない幻想に心を躍らせることがないというのは、逆に冷静さを保つには良い要因ともなっていた。


「今日の議題だってー!」


 黄条が配布し、前の席から渡ってきたプリントを手渡すために振り返った桜咲は、俺に対してそう言うと、可愛らしく微笑んだ。

 そんな彼女を前にして、以前の俺ならば、きっと簡単に、心臓がとくんと跳ねていたことだろう。


 だが、今の俺ならばそうはならない。

 騙されない。

 ―――俺は強くなったといえるだろう。


 桜咲から無表情でプリントを受け取った俺は、淡々とそれに記載された内容を読み込んでいく。

 そこには今年度の文化祭のテーマと、それに関わる内容でクラスの出し物として相応しいと思われるアイデアがいくつか、そして予算や当日必要になるであろう物、更には各アイデアの長所短所、といったことが分かりやすくまとまっていた。


 ―――これらは全て、黄条が考えて書いたのだろうか。

 黄条は学級委員という立場なだけでなく、成績も優秀で、校内では才色兼備の優等生として知られている。

 そんな彼女にとっては、このような書類作成くらい、大した労力ではないのかもしれない。

 しかし、それでもこんな大役を黄条1人に押し付けるような形になっているのは、如何なものかと思った。




 ……思っていただろう、以前の俺ならば。

 だが、今の俺は知っている。黄条が優等生の皮を被った、ただのビ〇チであるということを。


 どうせ槍坂とのことを思い出しながら、出し物の案を考えていたんだろう。

 そう考えれば、プラネタリウムやお化け屋敷といった風に、暗がりや密室を連想しそうなアイデアが多いことにも合点がいく。


(ハハ……この淫乱女が)


 俺は心の中でそう呟くと、記載されたアイデア一覧にメイド喫茶がないことを恨んだ。

 せめてその整った見た目を生かして、俺らのことを楽しませろよ。

 ……金にならないようなアイデアばっか挙げやがって。


 そんなにご奉仕して欲しければ、そっちの意味で魅力的になれってか。


 笑えるな、まったく。

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