第4話 文化祭の書類運び①

 文化祭の出し物決めは、各々が一通り黄条の説明を聞きながらプリントの内容に目を通した後、ホームルームの最後に投票用紙へ自分の希望する出し物を書いて提出する、といった形で終了となった。

 俺らにとっては楽で、特に不満も出ないという非常に有り難いやり方だった。

 そして、それは黄条にとっても有益な結末を迎えるはずだったのだろうが……お目当ての槍坂が退学になって、暗がり計画は実質、全部パー。

 ざまぁねえな。


 放課後、掃除当番としてゴミ捨てをしながらそんなことを考えていた俺だったが、ふと学年共用のゴミ置き場を前にして、思考が止まる。

 そして、それと同時に想起される、一ヶ月前の思い出。


「ここがゴミ置き場ね。掃除のときはここに捨てに来るのよ」


 転校したてで何も知らなかった俺のために、親切にも一緒に校内を回って説明してくれたのは、黄条だった。

 しっかり者で、ちょっと世話焼きなところがあって、だけどみんなとは少しだけ距離があって、真面目だけど優等生として一目置かれている、そんな完璧だけど少し不器用な、優しい女の子だと、そう思っていた。


 思っていたのに……


 あのときの優しさは、全て噓だったのだろうか。

 俺はもう、女の子のことを信じるのは難しそうだ。

 女は皆役者。表の顔があれば、裏の顔もあるってわけ。

 ……本当にそうなのだろうか?

 いや、そうに違いない。何と言っても、証拠の動画があるのだから。




「槍坂、好きっ、好きっ……!」




 ―――はあ、何を考えているんだ、俺は。

 アイツは何度もそう言っていたじゃないか。




「……槍坂以外の男子なんて、どうでも良いからっ!」




 ―――槍坂みたいに顔立ちが整ってなくて、悪かったな。


 色褪せた思い出とともに中身を捨てて空っぽになったゴミ箱は、まるで自分の心のようだった。

 俺はそれをそっと教室の元あった場所に戻すと、それから何となく窓の外を眺める。


 少し、風にでも当たりたい気分だった。

 窓を開けると、グラウンドでトレーニングする運動部員たちの声がはっきりと聞こえてきた。


 俺は転入生という理由で、既に完成されたコミュニティへ途中から参加することに対し、怖気づいてしまった。だが、今になって、何か運動部にでも入っていれば良かったかなと、少しだけ後悔する。

 身体を動かしていた方が、きっと余計なことを考えずに済んだことだろう。

 グラウンドを駆ける生徒達の姿が、俺にはひどく眩しく映った。


「……羨ましいな」


 気づけばそう、口にしていた。


 何の気なしに言葉にしたそれは、きっと俺の心の奥底に潜んでいた本心で。

 そんな青春を夢見てしまう自分の心に蓋をするように、俺はそっと窓を閉じた……つもりだったが、その時、少し強めの風が吹いた。

 教卓に積み重ねられていたプリントの山から、上の1、2枚が風に吹かれて飛んでいく。


(……っと、いけね)


 俺は慌ててそれらを拾おうと、後ろを振り返る。

 と、そこには……




 よりにもよって、ツーサイドアップの髪を風に揺らした、アイツが立っていた。


 夕日が差し込む教室で黄条のサラサラなロングヘアは光を反射し、彼女の事情を知らない者が見れば、それは何とも幻想的な光景だっただろう。

 普段はその整った表情を崩すことはあまりないが、このときの黄条は少し切なそうな表情をしていた。

 スタイルの良さは間違いないが、すらりと伸びる手足は案外細く、こうして見ると思ったより華奢で……優等生として振る舞う彼女も1人の女の子であると感じさせられそうになる。


 黄条はいつからそこにいたのか分からないが、俺と目が合うと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「……私も少し、羨ましいわ。好きなものを見つけて、仲間と一緒に何かに打ち込むってことが」


 黄条はそう呟くと、俺より先に、飛んで行ったプリントを拾い上げる。

 それから踵を返し、教卓のプリントの山の上に戻すと、重そうなそれらを一人で抱えようとする。

 その振る舞いはまさに、責任感の強い黄条らしい行動だった。


 ……いや、違う。

 黄条は、表面上だけそう見せかけているだけの、ただのクズ女だ。


 だけど、そうと分かっていても、この場で1人、重いプリントを抱え込む女の子のことを、ただ黙って見過ごすのは流石にどうかと思った。


「半分くれよ」


 ―――もし、黄条のことを女の子として意識していたら、さらっとは言えなかったかもしれない。

 だが、恋愛対象外の、無関心な相手ともなれば話は別だ。


 手伝うよ、とか、そういう親切心や下心を見せるような言い方をすれば、遠慮して冷たい言い方で断ってしまうのが黄条だ。だから、わざと多少強引な言い回しを選ぶ。

 そんな俺に黄条は少し驚き、それから少し申し訳なさそうな表情を見せたものの、やがて小さくこくりと頷いた。


「……ありがと」


 黄条はプリントの山から上の方を持ち上げると、俺に手渡す。

 だがその束は、黄条が持つであろう残りの束よりも若干少ないように見えた。


(変なところで気を遣うやつだよな)


 だが、ここで言っても聞いてくれるとは到底思えないので、俺は教室の出入り口へと先に向かい、扉を開ける。

 ……こんなに沢山の量を1人で全て抱えた状態で、どうやって一人で教室から出るつもりだったのだろう。男の俺でも中々に厳しいことは容易に想像できる。


 両手の埋まった彼女を先に通した後、俺はプリントを持ち直して片手で扉を閉める。それから少し早歩きをして、先に廊下をゆっくりと歩く彼女を追い、隣に並んだ。


 黄条は一瞬、そんな俺の表情を確認したようだが、すぐに顔を逸らし、目的地である職員室へと歩き始めた。

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