第16話

 昼休み。教室で俺と杏音、久能と上地のいつもの四人で昼食を摂っていた。


「へぇ。レーナさん角煮なんて作るんだ?」


 杏音が物珍しそうに俺の弁当を覗き込んでくる。


「食べてみる? マジやべーよ」


 そう言って俺は自分の弁当から角煮を取り出し、杏音の口へ運ぶ。


「うまっ! 口の中で溶ける!!」


 杏音は口の中でとろける角煮の旨味を噛みしめる。


「じゃあ、私はお返しに唐揚げどーぞ」


 杏音に差し出された唐揚げを頬張った。


「んー……やっぱり母さんの唐揚げは最高だなー」


 昔から食べ慣れた唐揚げを味わう。

 そんな俺たちの様子を、ジトっとした目つきで上地が見ていた。


「ん? どうした?」

「べっつにぃー。なーんでもないですけどぉー」


 上地はそう言いながら不機嫌そうにそっぽを向く。

 ああ、そういうことか。そうならそうと言ってくれれば良かったのに。


「ホラ。上地も食べたかったんだろ。角煮」


 俺は杏音にしたように、角煮を箸で摘まんで上地の目の前に差し出す。上地は少し引き気味に差し出された角煮を見つめていた。


「くっ、く……食えるかーーーー!!!」


 上地は叫びながら俺の差し出した角煮を押し返す。


「なんだ? 角煮が食いたかったわけじゃないのか?」

「違うわ!!」

「じゃあなんで?」


 俺が首を傾げると上地はさらに不機嫌そうにそっぽを向いた。隣では久能が声を殺しながら腹を抱えて笑っている。


「美羽ちゃんはキミたちがおかずの分け合いっこしてる姿に苛立っていただけだよ」

「おい、久能。てめえストレートに言うんじゃねえよ」


 腹を抱えながらサラっという久能に対し、上地が喧嘩腰で胸倉を掴む。


「俺と杏音がおかず分け合うのって、別にいつものことじゃね?」


 俺がそういうと杏音も唐揚げをもぐもぐしながら頷いた。


「いやあ、確かに見慣れた光景ではあるんだけどね。教室内に同じ光景が二つになると、やっぱり君たちの行動には多少の違和感を覚えてしまうものなんだよね」


 久能はそう言いながらチラリと教室の端を見る。そこには木村坂巻カップルが弁当を互いに食べさせ合っていた。


「いや、あっちはおかずどころか弁当全部じゃねえか。同じじゃねえだろ」

「まあ、そうなんだけどね」


 久能はサラリとした笑顔で答える。


「別に問題なくね?」

「うん。問題ないね」


 俺と久能が上地を見る。しかし上地はどこか納得のいっていないような表情をしていた。


「う~~~……。問題ないよ。確かに問題ないんだけど、それを問題ないものとしてみている私がなんか釈然としないというかなんというか……」


 上地はそんなことを言いながら購買で買ってきたパンにかぶりついていた。


「僕は美羽ちゃんの言いたいことは何となく分かるけどね」


 二人が結局何を言いたいのかわからず、俺と杏音は頭の上に疑問符浮かべていた。


 

「すみませ~ん。このクラスのいんちょーさん、いますか~?」


 昼食が終わり談笑していると、間延びするような緩い声が教室中に通った。


「ホラ、伊月。お呼びだよ」


 久能に言われて自分に声が掛かったことに気付く。未だにクラス委員長になった自覚がない。

 俺は声の主のいる入り口へ向かった。


「俺がクラス委員長ですけど?」

「キミがいんちょーさん? あ、私は生徒会庶務、三年の斎川詩織っていいます。よろしくね~」


 斎川さんは声と同じ緩い雰囲気を身にまとっていた。全体的にふわふわした感じ。


「生徒会が何の用ですか?」

「えーっとねぇ。キミのクラス、先週のクラス委員長会議に来なかったでしょ? だからその会議の内容を伝えに来たんだよね~」

「え!? 会議なんてあったんですか!!?」


 そんな話聞いていない。忘れていただけか? いや、やっぱり聞いた覚えないぞ。


「このクラスの担任のせんせぇはだぁれ?」

「担任は物理の片倉先生ですけど」

「ああ~、片倉せんせぇなら仕方ないね~。絶対、会議の話、伝えるの忘れてるから」

「え……? そんな適当な先生なんですか?」

「うん。片倉せんせぇのクラスのいんちょーさん、最初の委員長会議来ないのは毎年の恒例みたいだよ~」


 割と見た目しっかりした先生だと思っていたけど、人は見た目で判断してはいけないということか。


「ここじゃなんだから、ちょっと中に入れてもらってもいいかなぁ?」


 俺と斎川さんは教壇の位置へ移動する。

 そして斎川さんは教壇の上に数枚のプリントを広げた。


「これは生徒会行事の年間スケジュールと、そのおおまかな概要を示したものだよ」


 俺は並べられたプリントをざっと眺める。


「去年、クラス委員長や生徒会行事の実行委員をやったことはある?」

「いや、ないですね」


「そっかぁ。まず、簡単に説明しておくとウチの学校は生徒の自主性を重んじてるから、生徒会行事に先生の介入はほとんどないんだよねぇ。それで大事なのは生徒会と各行事の実行委員との連携が大事になってくるんだけど、クラスいんちょーさんはその橋渡し役なんだ」


「えーっと、その生徒会行事って何を指すんですか?」


 斎川さんは並べられたプリントをめくって指さす。


「生徒会行事は大きく三つだよ。6月の体育祭。9月の球技大会。11月の文化祭だね」

「なるほど。それで橋渡し役というのは具体的には?」

「各実行委員の選出とそのスケジュール管理、ってかんじかな? 細かいことはこのプリントに書いてあるからよーく読んでおいてね」


 俺はプリントを手に取り目を通す。


 そこには実行委員選出期間とその人数、第一回実行委員会議の日取りなどが記載されていた。その間にクラス委員長会議もあるようで、しっかり把握しておかないと一大事を起こしそうなほど責任重大だった。


 つくづく面倒な役割を押し付けられたものだと肩を落とす。


 俺がプリントに目を通していると、斎川さんがじーっと俺の顔を見ているのに気付いた。


「え……? なんですか?」


 すると斎川さんはにぃっと笑って言った。


「キミ、伊月理人くんでしょ?」

「そう、ですけど……それが何か?」

「ふふっ。キミはいっつも話題の中心にいるねぇ」


 いつも……とは心当たりがないわけではないが、今の話題というのは彩莉との関係のことだろう。俺は思わず苦笑いで返す。


「そーいえば、かいちょ~がキミのこと、生徒会に欲しいって言ってたなぁ」

「はあ……生徒会、ですか……」


 去年の学園祭が終わってから、生徒会長から直接誘いを受けたことがある。もちろん丁重にお断りさせて頂いたが、まだ諦めていないのだろうか。こんな俺を生徒会に入れるメリットなんてさほどないだろう。


「やっぱり乗り気じゃないみたいだねぇ」

「そりゃあ、まあ」


 俺はやる気のない返事の中にやる気のなさを込める。


「まあいっか。今度【緑ヶ丘中の金夜叉】のはなし、聞かせてね」


 斎川さんはそう言って踵を返すと、手をひらひらさせながら教室を出ていった。


【緑ヶ丘中の金夜叉】とはかつて俺についていた二つ名であり、俺の最大の黒歴史だった。


 今は俺の記憶からも消去されているので、語られることはない。と思いたかった。

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