第15話
大きな欠伸をしながら自転車をこぐ。
起きたときは目が冴えていたのだが、いつもよりも早く起きてしまったせいか今になって眠気が襲ってきた。閉じかけようとする目を擦りながらいつものように杏音の家に向かう。
杏音の家の近くに差し掛かると、杏音はすでに家の前で待っていた。
「あ、理人。おはよー」
俺に気付いた杏音が笑顔で手を振る。それに対して挨拶を返し、そのまま自転車を杏音の家の駐輪場へ止めた。
結局昨日は杏音の自転車を借りて帰宅した。いつもは徒歩で杏音の家へ向かうのだが、今日は自転車を返しがてら乗ってきたというわけだ。
そして俺たちは並んで学校へ向かって歩き出す。一応俺たちは自転車通学が認められているのだが、行きの登り坂があまりにもキツイため多少時間はかかるが徒歩で通学していた。
並んで歩く杏音の横顔をチラリとみる。
昨日の夜、送っているときの杏音の様子は少し変だった。あの時のノリでまた腕を組まれるかと思ったが、今の杏音はいつも通りのようだ。なら余計な詮索はしないほうがいいかもしれない。そう思ったらまた大きな欠伸が出た。
「なんか眠そうだね」
「ああ、今日はいつもより早く目が覚めちゃって」
杏音の質問に答えながら目を擦る。
「へえ、理人が早起きなんて珍しいね」
「いや……目を覚ましたら彩莉が俺のベッドで寝てたんだよ」
「は? アンタ……彩莉になんてことをしてくれてんの?」
杏音はまるで犯罪者を見るような侮蔑的な視線で俺を見る。
「手ぇ出すわけないだろ。気付いたらベッドの中にいたんだよ。まあ、ネコが夜中に忍び込んでそのまま寝てしまったってとこだろうけど」
「ああ……そういうことね」
杏音はそう言うと口元に手を当て、なにやら考え事をしているようだった。
そのまましばらく無言のまま歩く。
何か話を切り出そうとして彩莉が寝ぼけてとった一連の行動を思いついたが、コレはわざわざ言う必要もないだろう。彩莉もあまり覚えていないだろうし、早く忘れたい内容だったと思う。
「ねえ。ネコの彩莉がベッドに入ってくるところ、見たの?」
何か思いついたように杏音が急に切り出した。
「いや、見てねえけど」
「じゃあ、普段の彩莉が自分で理人のベッドの中に入ってきた可能性もあるわけだ?」
そう言われて、どういうことか少し考える。
「その可能性はないだろ。あり得ない。選択肢にすら上がってこない」
俺は全力で否定する。あまりにもありえなさ過ぎて最初言っている意味が理解できなかったほどだ。
「まあ……そうだよね」
「ホントにな。急に変なこと言い出すんじゃねえよ」
杏音ってこんなに発想力が豊かだったか? 非現実的を超えて軽くファンタジーかと思ったぞ。しかし杏音の表情は、どこか納得いっていない様子だった。
気付くと学校に続く長坂に差し掛かっていた。ここら辺からは他の生徒たちの姿も散見され、朝の通学の風景になる。
そして、周りの生徒たちからの視線をチラチラ感じていた。
俺はこういったことには割と慣れっこなので、今更特に何も感じないが彩莉の方は大丈夫なのだろうか。いや、彩莉も最初から周りの目など気にしてないだろう。そう信じるしかない。
いま、俺が周りから注視される理由はそう、俺が彩莉と一緒に下校した件だ。あの日からまだ一週間も経っていない。ある程度噂になることは覚悟していたが、どうやらその内容が俺の思っていたものと多少毛色が違った。
「なあ、杏音。あの噂についてどう思う?」
「最初は意味わからなかったけど、昨日納得したわ」
俺と彩莉が仲良く腕を組んで下校している姿はある程度の生徒に目撃されていた。これは俺も視線を感じていたし、若干諦めていたところはある。
さてこの行動がどういう噂に繋がるか。一年前も杏音とよく誤解されたが、一般的に男女が仲良く二人で下校することは恋人同士だという認識になるらしい。
つまり俺は彩莉と恋人同士だと噂される、という彩莉にとってあまりにも不名誉な噂が流れることを予想していたのだが、実際そういうことにはならなかった。
翌日より流れた噂は直接俺たちの関係に言及するものではなく、その目撃者たちに関するものだったのだ。
「一年のクールな首席美少女と二年生の男子が腕組んで帰る、っていう幻覚を見たんだけど」
などという人が続出したのだ。
いやいや、幻覚ってなんだよ。間違いなく一緒に帰ってたわ。
まあ、あれだけ目撃されて下手な噂が流れないだけでもまだマシか、なんて軽く捉えていたけどその謎が解けた。
目撃情報はあるが、その証拠となる映像が何も残らなかったのだろう。
あの時の見た目は彩莉だが、実際はネコが取り憑いた状態だった。つまり、スマホやカメラなどの機械に映らない状態だった。
まだ入学して日が浅く、その中でも彩莉の注目度はまだ高い雰囲気がある。その中で男子と二人で帰ってる姿を目撃しようものなら、その証拠を取って拡散したくなるのが今の流れだろう。
しかし決定的証拠が拡散されることはなかった。
実際見てない者からしたら眉唾物の話を聞いても「それって幻覚だったんじゃない?」と笑い飛ばしたくもなる。そして俺たちの姿を見た物たちも「あれって幻覚だったのかも?」と納得させられてしまった、ということだろう。
そんなへんてこな噂が長続きするわけもなく、ほぼ一日で消え去った。
しかしその弊害というかなんというか。
俺と彩莉が兄妹だということが今回の一件で広まったらしい。
だから今、俺が浴びている視線は彩莉の兄としての値踏みの視線、ということになるんだろうか。正直、今の俺には荷が重い視線だった。
俺はまだ――――彩莉の兄として、胸を張れるような人間じゃないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます